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伊吹さんの実家で庭仕事をした日から、早三ヶ月。気付けば、俺は頻繁に伊吹さんと会うようになっていた。
定休日には、伊吹さんと待ち合わせをして、彼の実家へ行って庭仕事。三月に土壌改良をした西側の植栽スペースには、五月まで待って、トマトやキュウリなど、夏野菜を植えた。シフトが被った仕事の帰りには、一緒にラーメン屋へ。会っていないときにも、マメに連絡を取り合うようになった。
伊吹さんと過ごす時間を重ねれば重ねていくほど、俺は彼との距離を急速に縮めていた。思えばこんなにも密に、他人と付き合ったことはなかったのだが、伊吹さんが優しいせいだろうか。俺は彼との時間をとても自然に過ごし、心地よく感じていた。
そうして季節は流れ、初夏を過ぎ、梅雨を過ぎた。今は夏。七月の中旬だ。園芸店の夏は過酷で、春に入社してきた新人の中には、夏を超えられずに辞めていく人もちらほらいる。
そんな中で、この試される季節に新たに入ってくる猛者のようなバイトもいた。伊吹さんはその新人アルバイトの教育係に任命され、早くも先輩として、背を見せる側になっていた。
俺はというと、伊吹さんの教育係という役目はひとつ、区切りを迎えていた。――というより、彼はもうすっかり花野井園芸店という環境にも、仕事にも慣れている。
入社してからは、まだ半年も経っていないが、俺が教えられることはすでにない。伊吹さんはときどき、切り花のヘルプにも入れるエキスパートで、短期間ですっかり一人前のスタッフとなった。ただし、その代わり、仕事中の接点は激減し、ほとんど顔を合わせない日も多くなった。定休日の庭仕事とラーメン屋へ行く日が、唯一、俺と伊吹さんがゆっくり話せる時間になり、そのせいか、ラーメン屋へ行く頻度は増えていた。
そんなある日のことだ。伊吹さんを訪ねて、ひとりの男性客がやってきた。俺は桜介さんと観葉植物の配置換えをしていたのだが、レジで伊吹さんを探すお客に気付き、思わず手を止めた。
「すみません、畠山伊吹さんっています?」
低く深みのある声が響き、近くにいる従業員は誰もがレジ前へ振り返る。俺と桜介さんも同じくそうして、無言のまま目を合わせた。
「はい、おりますが……失礼ですがご友人の方ですか?」
「ええ、そうなんです。ちょっと近くまで来たので、会いたくて」
「お待ちください」
直後、耳元のインカムからは『伊吹さーん、伊吹さん。お客様対応、レジ前までお願いします』と、連絡する声が聞こえてくる。すると、すぐに『了解です』――と、伊吹さんの短い返事が聞こえた。
俺は今一度、男性客に目をやる。身長は俺よりも高く、すらりとした立ち姿。改めて見ると、かなりデカい。たぶん、百九十くらいあるかもしれない。彼は白いリネンシャツと黒いジーンズという服装ではあるが、まるでモデルのようなオーラがあった。一瞬、芸能人かと思ったほどだ。それも相当、華があって、自分のかっこよさにとっくに気付いているタイプだろう。
「なんか、いいとこの坊ちゃんって感じだな」
桜介さんが、耳元で俺に囁く。
「そうなんすか?」
「知らねえけど、そんな感じがするってだけ。……ほら、続きやんぞ。そっちの鉢持って、こっち置いて」
「あっ、はい」
ひとまず、俺と桜介さんは作業に戻る。ほどなくして、屋外エリアにいた伊吹さんが、首に掛けたタオルで汗を拭きながらやってきた。彼はレジ前へやって来るなり「えっ」と声を上げる。
「アサヒ!」
伊吹さんは、男性客をそう呼んだ。直後、桜介さんは俺の隣で「スーパードライ?」というつまらない冗談を言って、ひとりスベっていたが、俺はひとまず無視をして、伊吹さんと男性客のやり取りに耳を傾ける。
「久しぶりだなぁ、伊吹」
「どうしたの、突然……びっくりした。――あの、この人僕の友人なんです。どうもすみません」
伊吹さんはペコペコとレジ担当者の馬場さんに頭を下げて謝りながら、アサヒと呼んだ男性客の手を取って、店内の隅へ移動していく。ふたりはかなり親しそうだった。
「墓参りに来たんだ。ほら、もうすぐ親父の命日だからね」
「あぁ、そっか。もうそんな季節だね。そのついでに来てくれたんだ?」
「そう。仏花買うなら、伊吹に会いにここに来ようと思ってたんだ。伊吹、元気そうだな。よかった」
「まぁ、おかげさまで」
不意に会話の途中、伊吹さんは辺りを見回して、俺と視線がぶつかる。だが、すぐに重なった視線は逸らされた。
「仏花はどんな感じのがいい? もう組んであるのもあるよ」
「いや、できれば伊吹が選んで、作ってほしいな」
「えっ、僕が? 担当の人のほうが上手だと思うけどなぁ」
俺は和やかに会話するふたりの姿をぼんやりと眺めていたが、やがて彼らは切り花コーナーの方へ移動していく。俺は伊吹さんたちの背中が小さくなっていくのをぼんやりと見送った。
あの人、伊吹さんの友だちかな……。
ずいぶん親しそうだったから、きっと付き合いの長い友人なのだろう。それにしても、華のある美形な人だった。こんな地方の園芸店にはとても似つかない雰囲気だったが、人当たりのいい伊吹さんのことだから、いろんなタイプの友人がいるに違いない。
やっぱ、みんなにモテるタイプなんだろうな。伊吹さんって。
あまり人付き合いが得意じゃない俺ですら、仲良くなれるくらいだから、当然だ。それに、伊吹さんの人当たりの良さも、誰とでも仲良くなれて、誰にでも好かれてしまうところも、今に始まったことじゃない。だが、なぜか。胸の内側がモヤモヤとしている。
伊吹さんが「アサヒ」と呼んだ、その人がどんな人なのか。伊吹さんとはどのくらい仲がいいのか。どこで知り合った人なのか。どのくらい付き合いが長いのか。そんなことが無性に気になってしまう。
――とはいえ、俺には関係ないことだ。知る必要もないし、気にすることもない。俺はため息を漏らし、作業に戻る。すると、桜介さんはそんな俺の肩を叩いて言った。
「まぁまぁ、紫苑。そう寂しがんなって。お前さんにはオレがいんだろ。さ、仕事だ、仕事」
「なんすか、それ」
「あれ、今寂しがってなかった?」
「……べつに」
「そっか。お前、最近よく伊吹くんとつるんでたから、妬いてんのかと思っちゃった」
桜介さんがそんな冗談を言って、また俺の肩を叩く。彼の冗談はいつものことだが、俺は妙に苛立っていた。どうしてかわからないが、とにかく桜介さんにからかわれたことが、おもしろくなかったのだ。
なんかムカつく……。




