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そうして、ふたりでせっせと雑草を取り除くこと、二時間。太陽が高くなってきた十一時ごろ、俺と伊吹さんは休憩を取ることにした。
縁側に座り、伊吹さんが貸してくれたうちわで顔を仰いでいると、伊吹さんのお母さんが冷たい麦茶を淹れてくれた。
「どうぞ、麦茶です」
「ありがとうございます。……俺、今年、初麦茶だ」
「僕もです」
「じゃあ、初物ですね」
そう言って、伊吹さんのお母さんは、ふふ、と笑った。
今日は天気予報で、「五月の陽気になる」と報じられていたが、本当に初夏のようだ。近頃は天候が昔とは変わりつつあり、春が初夏に、初夏が夏のように感じられることも少なくなかったが、まだ三月なのにこれでは、この先が思いやられる。
だが、季節外れの五月の陽気だからこそ、庭仕事のあとの冷たい麦茶は格別のご褒美になった。普段、家で作るそれの倍くらい濃い麦茶は、キンキンに冷やされていて、飲んだ瞬間から、熱を持った体内にたちまち浸透して、体温を冷やしていく。
「……っはぁー!」
「いい飲みっぷりですねぇ」
「だって、すげえ濃いめでうまいっすもん」
そう言うと、伊吹さんのお母さんがまた、嬉しそうに微笑む。
「やかんで煮出してるからかしら。うちのは普通より濃いかもしれないですね」
「へえ。俺の母親もよくやかんで作ってたっけなぁ。……懐かしい」
そういえば、長らくこんなに濃い麦茶を飲んでいなかったな、と俺は思い出す。母がまだ元気だった頃は、夏場、冷蔵庫を開ければ、いつも冷えた麦茶がガラスボトルに入っていて、麦茶はコーヒーのように色が真っ黒で、味が濃くて、最高に香ばしくてうまかった。
母の亡き今、俺がなんとなく当番のようになって作っているが、母が作っていたそれに比べるとずいぶんと薄い気がする。たぶん、水出しで、量もテキトーに作っているせいだ。
たまには、麦茶くらい母と同じように作ってみようか――と思った時、伊吹さんが俺の顔を窺いながら、咳ばらいをして訊ねた。
「えっと、お母さんは……亡くなってどのくらい、なんでしたっけ……」
俺を気遣ってくれているのだろう。合いそうで、絶妙に合わない視線。伊吹さんの優しさを感じて、自然と頬が緩む。
花野井園芸店に勤務して、数ヶ月。俺はまだ母のことを、伊吹さんに直接は話していなかった。もしかしたら、父か――あるいは桜介さんあたりから聞いて知っているかもしれないが、俺と伊吹さんの間では、母について話したことはない。だが、おそらく知っているから、彼は今、こんなに気を遣っているに違いなかった。
「三年くらいっすかね」
「そっか……がんだったんですよね」
「そう、すい臓がん。わかってからは、あっという間でしたよ」
「そうですか……」
伊吹さんは悲しげに目を伏せた。なんだか急にしんみりした空気に居たたまれず、俺は慌てて話題を変える。
「まぁ、最後は眠るような感じだったんで、まだよかったですけどね。苦しそうではなかったんで。ところで、南側と西側のスペース、伊吹さん的には決まったんですか?」
湿っぽくなるのも嫌なので、話題を逸らして訊ねると、伊吹さんはうちわで顔を仰ぎながら、頷いた。
「はい。やっぱり僕、あそこにキッチンガーデンを作ります。周りにハーブを植えたりもしたいなって」
「いいっすね、コンパニオンプランツだ。絶対楽しいですよ」
「なあに? その……コンパニオン、なんとかって」
俺と伊吹さんの会話を聞いて、伊吹さんのお母さんが訪ねる。彼女は興味津々といったふうで、伊吹さんによく似た瞳をキラキラさせていた。さすがは親子だ。ふたりの反応はとてもよく似ている。俺は彼女にもキッチンガーデンや、コンパニオンプランツの説明をした。
「キッチンガーデンってのは、要するに家庭菜園ですね。コンパニオンプランツは、相性のいい植物同士をそばに植えることで、病害虫を予防したり、それぞれの成長を促す栽培方法のことをそう呼ぶんです。家庭菜園では、マメな消毒や虫駆除が大変でしょうから、コンパニオンプランツで、ある程度最初からリスク回避できた方がいいと思うんですよね」
「さすが、お詳しいんですねぇ」
「いやいや……こんなのは、ちょっと家庭菜園やってるくらいなら誰でも知ってることなんで」
彼女は感心したように「やっぱりプロですね」と相槌を打ったあと、庭の西側スペースへ目をやる。それから、子どものようにぱあっと笑みを浮かべた。きっとそこに、家庭菜園が作られた様子を想像したのだろう。
「じゃあ、夏にはもしかして……きゅうりとか、トマトとか収穫できるようになるのかしら」
「できますよ。七月あたりをゴールで考えましょう。八月は暑すぎて植物が止まっちゃうから」
「いいですねぇ、楽しみだわ」
うふふ、と笑って、伊吹さんのお母さんは肩をすくめ、嬉しそうだ。そんな彼女を見て、伊吹さんも笑っている。そっくりな笑顔がふたつ並んでいるのを見て、こっちまで頬が緩む。
ほっこりした親子だなぁ……。
ふたりを見ていたら、なんだか妙に俺までヤル気が出てきてしまった。俺は立ち上がる。
「よし、じゃあお昼まで――あと少しだけど、土壌改良やりましょうか」
「ですね! 一応、苦土石灰とか、たい肥は買ってありますから」
「了解っす」
俺と伊吹さんは心地よい縁側から腰を上げ、再び季節外れの陽が差す庭へ出た。




