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植物男子の恋の育て方  作者: いなば海羽丸
3 伊吹さんと庭づくり
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16/41

3-4

 俺は園芸店員になってはじめて、庭のことで真剣に考えていた。自分の家の庭は生前は母が、今は親父がいじっているので、俺の出番はなかったし、それ以外で庭の植栽を考える機会なんて、店で接客したときくらい。それも、のちにクレームが来なさそうな、無難な植物を勧めるだけだったので、こんなに真剣に植栽を考えたことがなかった。それにはたぶん、ここが伊吹さんの庭だということもあった。お人好しで素直な彼に、うんと喜んでもらいたかったのだ。


「伊吹さん、あとは乾燥する場所なら、多肉とかサボテンとか……デカいアガベとか。ドカーンって植えちゃうって手もありますよ」


 これは近年、流行しているロックガーデンと呼ばれるスタイルだ。サボテン、多肉植物等を植えて、ゴロゴロした石で土の表面を覆う。高温、乾燥には適しているし、水やりもさほど必要ない。対策が必要なのは、多湿になる夏と、冬の氷点下を下回るときくらいだろうか。だが、伊吹さんはそれにはあまりいい顔をしなかった。


「アガベかぁ、冬場にうんと傷みますよね、きっと」

「この辺だと……氷点下が数日続くとまずいっすね。環境に適応すれば……まぁ、死なないことはないかな、くらいにはなるかもしれませんけど……」

「うーん……悩ましいなぁ。ほんとはあんまり無理させたくないんですよね、植物に。つらい環境でスパルタで生きさせるのは、かわいそうだからなぁ」


 伊吹さんはそう言って、せっせと手を動かしている。この西日が当たる植栽スペースは過酷な環境ではあるが、植物によっては意外と適応してくれて、苦手な季節を越すことも少なくない。だが、伊吹さんはなるべく植物を苦しませたくないようだった。


 園芸店や花屋に勤めていると、どんなに苗や花材を大事にしていても、どうしたって廃棄が出る。苗にはそれぞれ出回る季節が決まっていて、旬が過ぎれば売れなくなるし、下手をすれば枯れる。


 売れ筋だと見極めて、大量に仕入れた新品種の苗が、思いのほか売れずに残ってしまったりすることもある。そうすると、ひとまずは見切り品コーナーに移されるが、一年草である場合は、そのまま取っておいてもどのみち枯れてしまうので、捨てるようになる。すると、その在庫が減った分だけスペースが空くので、そこに新入荷の苗を陳列できるわけだ。


 園芸店の仕事は、これのくり返しだった。だから、一年草の花苗に限っては特に、植物を廃棄したり、枯らしてしまうことに抵抗はなくなる。


 最初は「もったいない」とか「かわいそう」という感情が生まれても、やがてその感情は「そういうものだ」と変化していく。捨てるということに、慣れていく感覚だ。けれど、伊吹さんはこの業界に長くいる割に、植物に優しかった。


「優しいんすね、伊吹さんて」


 俺がそう言うと、伊吹さんは照れくさそうに笑って、頬を伝う玉の汗を、軍手をつけたままの手の甲で拭った。


 この人は本当に優しい人なのかもしれない。俺はカタバミの群生を引っこ抜きながら、伊吹さんの顔をちらちらと気にした。実直で真面目で優しく、植物思い。そんな彼が作る庭の完成図を想像してみる。


 もちろん、アーティチョークも悪くはないのだが、伊吹さんの庭にしては、ちょっとダイナミックすぎるような気もした。ハーブや季節の野菜を少しずつ植えて、キッチンガーデンにした方が、彼に似合っている。


 関東平野の真夏。じりじりと照りつける太陽は、水やりなんかしたところで、すぐに地表を乾かしてしまう。だから、乾燥と高温、多湿に強い植物を植えなければ、たいてい傷むか、枯れて消えてしまうだろう。


 俺は立ち上がって、南の植栽スペースから西側スペースを見渡した。その範囲は広く、ちょうど軽自動車三台分くらいはありそうだ。家庭菜園にするなら、十分すぎる面積だった。


「やっぱ、畑っすかねぇ。キッチンガーデン」


 そう提案してみる。するとそのアイデアに、それまで忙しなく動いていた伊吹さんの手がぴたりと止まった。


「キッチンガーデン……」

「ここだけ区切って、畑にするんです。長く日が当たるなら、よく育つんじゃないかな。アーティチョークもいいけど、どうしても幅取っちゃうから、スペースもったいないでしょ。だったら、ちょこちょこ色んな種類の野菜植えたり、ハーブとか植えたほうが楽しいんじゃないかなって」


 春から夏にかけて、南側と西側は太陽の光が特に長く強く当たるはずだ。その環境でアーティチョークもいいのだが、せっかくなら家庭菜園コーナーを作って、キッチンガーデンもいい。


「うちの親父がやってるんですよ。毎年、自然栽培という名の、ほぼほったらかし家庭菜園。たまに肥料やったりしてるみたいだけど、ほぼ放っておく感じ。……なんですけど、意外に収穫量があるんです」

「へえ」

「春はじゃがいも、夏はオクラとつるむらさき、冬場は大根、白菜かな。伊吹さん、料理もするんだったら、その方が楽しいかもしれないっすよ」

「なるほど、ここだけ家庭菜園に……」

「そう。庭の中で、ここだけちょっと雰囲気変わるけど」


 俺はそう言って、またしゃがむと、雑草を抜き始めた。だが、頬に向けられる視線を感じて、麦わら帽子を少し上げて、伊吹さんの顔を窺う。すると、伊吹さんのキラキラした瞳と、視線がぶつかった。


「いいかも! ――あ、でも僕、花だってまだまだ初心者レベルなのに、野菜なんてできるかなぁ……」

「大丈夫ですよ、作りやすい品種だってあるから。それに、野菜なら収穫なくてだめになっても、そんなに罪悪感ないでしょ」


 そう言うと、ふふ、と伊吹さんが笑う。そうして「優しいですねぇ、紫苑さんも」と、まるでさっきの俺の言葉を真似るように言って、笑みをこぼした。

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