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「炎天下で乾燥しやすくても、根っこが深く張っちゃえば大丈夫じゃないですか? たとえば、アメジストセージとか」
「たしかに……アメジストセージは畑の隅に植わっているのをよく見ますね」
「うん。あれは乾燥にも強いんだと思う。それか、ランタナとか……奥行きもあるから、思いきってアーティチョーク植えちゃうとか――」
「なるほど、アーティチョークか……」
しかし、そこまで話してから、俺は口を噤む。これはまるで、店で接客するときのような感覚。実際に、似たような質問をされることはよくあった。
俺はそういうとき、たいてい同じようなことを言って、店内の植物を紹介し、お客に購入を促していた。だが、実際のところ、庭のイメージが湧いているわけでもなく、色のバランスだとか、その人の好みを考えて話しているわけでもない。持っている知識を適当に並べて口にしているだけで、その人の庭にはまったく、これっぽっちも興味もないわけだ。
「いや……ごめんなさい。やっぱ今のナシで」
「えっ?」
「俺、本当は全然わかってないんですよね。知識として入ってるだけで、庭のバランスとか、最終的にどうなっていくかとか……まったくイメージついてないんです。日当たり、炎天下、花、乾燥ってワードで頭ン中で検索かけたら、ポンって出てくるって感じで」
いわば、俺が接客で話すことは、テキトーなネット検索結果みたいなもの。知ったかぶりも多い。しかし、伊吹さんは言う。
「お客さんからすれば、その知識だけでもありがたいんで、いいんじゃないですか? 僕は今、参考になりましたよ。アーティチョークなんて、全然考えつかなかったもの」
「そうっすか……」
「うん、お庭で植わってるのなんか見たことないし、絶対おもしろいと思います。――でも、とりあえず今日の仕事は……」
声を弾ませ、伊吹さんは庭の隅にある小屋へ足取り軽く、歩き出す。そうして、小屋の中から収穫用のコンテナと軍手、草とり用の小型の鎌をリヤカーに乗せて戻ってきた。
「西側スペースの雑草取りと、南側から西側にかけての、土壌改良でーす!」
俺は思わず顔を歪め、下唇を突き出してみせる。雑草取りも土壌改良も、園芸作業の中では最も退屈で興味のない分野だった。まだ、花苗を植える方がいい。
「げえ……それ、一番つらいやつじゃないですか」
「ほんとに? ……雑草取るのって楽しくないです?」
「全然楽しくないっす」
「そっかぁ……すみません」
伊吹さんは苦笑いをして頭を掻いたが、「無理してやらなくていいですよ」とは言わなかった。もちろん、俺だってここまで来たからには、言われたことはやるつもりだし、本気で雑草取りを拒否したわけではなかったが、しかし。かったるいことには変わらない。
「さては……最初から俺を暇人だと決めつけて、こき使おうとしてましたね?」
俺が仏頂面でジトっと伊吹さんを睨むと、彼は慌ててかぶりを振る。
「違いますって! そういうわけじゃなかったんですけど……」
「ふーん……?」
「でも、ほら! そのお礼に今日はおいしいお昼ごはんを作りますから!」
「しょうがないなぁ……」
「お願いします!」
伊吹さんは明るくにこやかにそう言って、俺に小型の鎌を渡す。雑草除去に使うそれだ。そうして、西側のスペースの説明をしてくれた。
庭の西側の植栽スペースは、まだほとんどちゃんとしたものは植わっていなかった。そこは、土の表面が見えないほどに、雑草が生えて花を咲かせている。
そのほとんどがナズナ、ホトケノザ、オドリコソウだ。白やピンクの小花は綺麗だが、河川敷や空き地など、比較的日当たりであればどこにでも生え、そして放っておけば無限に増殖していく野草たち。彼らはコンクリートの隙間からでも、花を咲かせるようなド根性を持っている。
伊吹さんは、ホトケノザを何本か抜いたあと、それから土を丁寧に落とし、腰につけたポーチからハサミを取り出して、ホトケノザとナズナを切る。その手つきは、捨てるはずの雑草なのに、やけに丁寧だ。俺は首を傾げた。
「伊吹さん、なにしてるんです?」
「あぁ……僕ね、この草が大好きなんです、昔から。もったいなくて捨てられないから、きれいなのは切り花にして家に飾ろうと思って」
雑草の花を手に、伊吹さんは嬉しそうに笑みをこぼしている。だが、俺はすぐには理解できず、庭を見渡して訊く。
「でも、それ……雑草でしょ?」
「そうだけど、かわいくないですか? ホトケノザとペンペン草ってすごく春らしい花だと思うんですよね」
ペンペン草とはナズナの別名だ。言われてみればたしかにそうなのだが、それにしても、この庭にはクリスマスローズをはじめとした、春の花がこんなに何種類も咲いているのに、そっちは切り花にはしないのだろうか。
「ほかに、いい花がたくさん咲いてるのに……」
「そうなんですよねぇ。どうしてなんだろう。昔から馴染みがあるからかなぁ。ちょっと水に差してきます」
伊吹さんはそう言うと、颯爽と走って家の中へ入っていく。俺はその背中を見送ったあと、足下に生えているホトケノザとペンペン草を見つめ、そこへしゃがむ。
「まぁ、たしかに……かわいい、か」
そんなひとり言を呟き、軍手を嵌める。伊吹さんが「可愛い」というと、たしかに可愛いような気がして、ただの雑草だとは思えなくなった。
さっきの伊吹さんの表情を思い出すと、とても彼のいない間に、それを抜いてしまうのは気が引ける。俺はそれ以外の雑草に狙いを定め、次々に抜いていった。
植栽スペースに生えている雑草は、カタバミがかなり多いようだ。カタバミは根を張り出すとものすごい勢いで増えていくから、花をつける前に取り除いておかないと、種がこぼれてグランドカバープランツのごとく広がって生えるようになる。面倒な雑草だ。
しばらくすると、伊吹さんは走って戻ってきて「お待たせしました」と俺に頭を下げてから、しゃがんで雑草取りをはじめた。
西側の花壇は西日がよく当たって乾燥がひどく、なかなか植物が育たないらしいのだが、雑草だけはしっかり生えるらしく、伊吹さんはそれにぶうぶう文句を言いながら、せっせと手を動かしていた。麦わら帽子の下、頬の辺りに玉の汗が垂れている。だが、その表情は煌めいて見えた。
「ここにアーティチョークかぁ……いいですね。存在感ありそうだなぁ」
たぶん、さっき俺が提案した、このカンカン照りのスペースに、アーティチョークを植えるアイデアを相当気に入ったのだろう。だが、もっといい案はないだろうか――と、俺は頭を巡らせる。
アーティチョークは庭植えすれば、たしかに相当なインパクトがある。株が巨大に育つので、相当なスペースが必要だが、それさえ叶えば、個性的な雰囲気が出せる。蕾は食用になるし、花を咲かせて楽しむのもいい。だが、こんなに早々と決定してしまっていいのだろうか。
日照りでも強い植物か……ほかになんかあるかな。




