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花野井園芸店の定休日は、毎週木曜日だ。毎日のように市場へ行き、花苗や切り花を仕入れてくる親父も、この日だけは家で朝寝坊をして、遅い朝食を済ませると、まず庭へ出て植物に水をやる。
ただし植物といっても、我が家の庭は、荒れ放題に荒れた、家庭菜園があるだけだった。元は母の趣味だった家庭菜園を、父は母が亡くなってから、そこを継ぐようにして始めたわけだが、ただし。母が毎日、きちんと世話して整えていたそれとは大きく違い、父は野菜を植えるくせにあまり世話をしなかった。
父曰く「ほったらかし農業」なのだというが、俺にはそれが、忙しくて世話ができないのを無理に正当化した、言い訳にしか聞こえなかった。――とはいえ、それが父の楽しみだと言うのなら、仕方ない。俺は父のほったらかし農園を見守るだけだ。
一方で、俺は定休日の朝、店の水やり当番がないときは、丸一日オフだ。親父のように朝寝坊をしたり、ネットサーフィンをしたり、だらだらと過ごすことが多かった。だが、今日は違う。
時刻は朝七時半。作業をしやすい長袖のTシャツと、いつも仕事で穿いているカーゴパンツ。頭にはキャップを被って居間を覗く。
「親父、おはよう。……ちょっと出かけてくる」
「お? なんだ、珍しいな」
親父は居間の座椅子に座ったまま、振り返って答え、またすぐに向き直る。どうやらすでに朝食を済ませ、溜まった録画を観ているようだ。お気に入りの芸人が日本全国を回り、工場見学をする三十分番組である。
「……伊吹さんに誘われた、から。庭いじるんだ」
俺はちょっとだけ口ごもった。伊吹さんの庭づくりのきっかけを作ったのは、ほかでもない親父だ。親父がどうして伊吹さんに声をかけたのか、俺は今、なんとなく察している。
勝手な憶測だが、親父は俺に植物への熱がないことは知っているはずで、今後の課題だとも思っているはずだ。普段からあまりうるさく言わないが、できれば植物にもっと興味を持ってほしいと、そう思っているに違いない。
そんな親父は伊吹さんの話を聞いて、きっと俺と似通ったものを感じたのだ。それで、声をかけたのだろう。
「そうか。伊吹くん、今、頑張って庭づくりしてるからなぁ」
「うん。いってきます」
「気を付けてな」
親父の声はわずかに弾んでいた。俺は、やっぱりな、と内心で思いながら、仕事用のリュックを背負い、家を出る。
伊吹さんとは、近くのコンビニで待ち合わせをしていた。伊吹さんの実家は隣町にあったが、最寄り駅からは遠く離れているらしい。その距離、なんと徒歩四十五分。それを「最寄り駅」と呼べるのかどうかもわからない。
とはいえ、電車での移動時間はたった一駅なのでたいしたことはないし、駅からバスに乗れば行けないこともない。ただ、そのバスは一時間に一本しか運行がないというので、伊吹さんが車で迎えに来てくれることになったのだ。
「紫苑さん、おはようございます!」
コンビニの駐車場に着くと、すでにそこには伊吹さんが待っていて、停車させた車の前でコーヒーを飲んでいた。
伊吹さんの愛車は軽の箱型のバン。クラシックカーを思わせるような雰囲気で、車を持ったことがない俺でもわかるほど、古い型だったが、この形は荷物を積みやすいので、運送業者の間でよく使用されている。
配達が多い花屋もまた、然り。ホロを被った軽トラか、あるいはこの車種に乗ることが多いのだ。
「おはようございます……コーヒーいいっすね」
「買ってきましょうか?」
「いやいや、自分で行きます」
俺はコンビニのコーヒーを買って、伊吹さんの車の助手席に乗る。伊吹さんは、店の近くのアパートに住んでいて、いつもは自転車か徒歩で通勤していたので、俺がこれまでこの愛車に乗せてもらったことはない。もちろん、見たのもはじめてだった。
「すみません、車内ちょっとごちゃごちゃしてるんですけど……」
「そんなことないですよ」
「……この中、臭くないですか?」
「大丈夫ですって」
伊吹さんは俺が乗った途端に、車の中をあちこち気にしたり、シートを叩いたり、嗅いだりしはじめている。そういうのは、今さら気にしたって遅いだろうに、と呆れながら、俺はもう一度言った。
「大丈夫っす」
「そうですか? 僕……普段あんまり人を乗せないんで……」
「へえ。友だち多そうなのに意外っすね。彼女とかも、普通にいそうなのに」
なにげなくそう返したあと、伊吹さんは黙る。それから、ほんの少し間があった。シートベルトを締めて隣を見れば、伊吹さんはどこか困ったような顔でうつむき、頬を掻いている。
「伊吹さん?」
「えっ」
「どうかしました?」
「い、いえいえ……!」
俺が声をかけると、伊吹さんは我に返ったようにかぶりを振り、車の鍵を回してエンジンをかけた。やはり、相当古い型だ。
店の軽トラ以外で、鍵回す車、久々に見たな……。
「よしっ、それじゃあ行きましょうか」
「そうですね」
車はブオン、というアクセルの音を鳴らしたあと、コンビニの駐車場を出て、走り出す。車は渋滞することもなく快適に国道を走り、伊吹さんの実家までは一時間ほどで到着した。
***
伊吹さんの実家は、田園風景の中に建つ、古い一軒家だった。近くには小さな河川がいくつも流れていて、水の流れる音が聞こえている。屋根は大きく立派な瓦屋根で、うちの家とよく似た雰囲気があった。その佇まいと立地をひと目見て、俺は気付く。
「伊吹さんちも、元農家だっけ……?」
「ええ、そうです。あれ、話してなかったか」
「うん。でも、田んぼですよね。うちはカブやってたんです。俺が生まれる前の話だけど」
「カブかぁ、たしかにあの辺はカブが有名ですもんねぇ」
我が家の周辺にあるのは畑と沼で、父はカブなどの野菜を作っていたが、伊吹さんの実家は、田んぼと河川。環境も作物も違うが、親が同じ農家だとわかると、また妙に親近感が湧くものだった。




