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植物男子の恋の育て方  作者: いなば海羽丸
3 伊吹さんと庭づくり
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13/40

3-1

 花野井園芸店の定休日は、毎週木曜日だ。毎日のように市場へ行き、花苗や切り花を仕入れてくる親父も、この日だけは家で朝寝坊をして、遅い朝食を済ませると、まず庭へ出て植物に水をやる。


 ただし植物といっても、我が家の庭は、荒れ放題に荒れた、家庭菜園があるだけだった。元は母の趣味だった家庭菜園を、父は母が亡くなってから、そこを継ぐようにして始めたわけだが、ただし。母が毎日、きちんと世話して整えていたそれとは大きく違い、父は野菜を植えるくせにあまり世話をしなかった。


 父曰く「ほったらかし農業」なのだというが、俺にはそれが、忙しくて世話ができないのを無理に正当化した、言い訳にしか聞こえなかった。――とはいえ、それが父の楽しみだと言うのなら、仕方ない。俺は父のほったらかし農園を見守るだけだ。


 一方で、俺は定休日の朝、店の水やり当番がないときは、丸一日オフだ。親父のように朝寝坊をしたり、ネットサーフィンをしたり、だらだらと過ごすことが多かった。だが、今日は違う。


 時刻は朝七時半。作業をしやすい長袖のTシャツと、いつも仕事で穿いているカーゴパンツ。頭にはキャップを被って居間を覗く。


「親父、おはよう。……ちょっと出かけてくる」

「お? なんだ、珍しいな」


 親父は居間の座椅子に座ったまま、振り返って答え、またすぐに向き直る。どうやらすでに朝食を済ませ、溜まった録画を観ているようだ。お気に入りの芸人が日本全国を回り、工場見学をする三十分番組である。


「……伊吹さんに誘われた、から。庭いじるんだ」


 俺はちょっとだけ口ごもった。伊吹さんの庭づくりのきっかけを作ったのは、ほかでもない親父だ。親父がどうして伊吹さんに声をかけたのか、俺は今、なんとなく察している。


 勝手な憶測だが、親父は俺に植物への熱がないことは知っているはずで、今後の課題だとも思っているはずだ。普段からあまりうるさく言わないが、できれば植物にもっと興味を持ってほしいと、そう思っているに違いない。


 そんな親父は伊吹さんの話を聞いて、きっと俺と似通ったものを感じたのだ。それで、声をかけたのだろう。


「そうか。伊吹くん、今、頑張って庭づくりしてるからなぁ」

「うん。いってきます」

「気を付けてな」


 親父の声はわずかに弾んでいた。俺は、やっぱりな、と内心で思いながら、仕事用のリュックを背負い、家を出る。


 伊吹さんとは、近くのコンビニで待ち合わせをしていた。伊吹さんの実家は隣町にあったが、最寄り駅からは遠く離れているらしい。その距離、なんと徒歩四十五分。それを「最寄り駅」と呼べるのかどうかもわからない。


 とはいえ、電車での移動時間はたった一駅なのでたいしたことはないし、駅からバスに乗れば行けないこともない。ただ、そのバスは一時間に一本しか運行がないというので、伊吹さんが車で迎えに来てくれることになったのだ。


「紫苑さん、おはようございます!」


 コンビニの駐車場に着くと、すでにそこには伊吹さんが待っていて、停車させた車の前でコーヒーを飲んでいた。


 伊吹さんの愛車は軽の箱型のバン。クラシックカーを思わせるような雰囲気で、車を持ったことがない俺でもわかるほど、古い型だったが、この形は荷物を積みやすいので、運送業者の間でよく使用されている。


 配達が多い花屋もまた、然り。ホロを被った軽トラか、あるいはこの車種に乗ることが多いのだ。


「おはようございます……コーヒーいいっすね」

「買ってきましょうか?」

「いやいや、自分で行きます」


 俺はコンビニのコーヒーを買って、伊吹さんの車の助手席に乗る。伊吹さんは、店の近くのアパートに住んでいて、いつもは自転車か徒歩で通勤していたので、俺がこれまでこの愛車に乗せてもらったことはない。もちろん、見たのもはじめてだった。


「すみません、車内ちょっとごちゃごちゃしてるんですけど……」

「そんなことないですよ」

「……この中、臭くないですか?」

「大丈夫ですって」


 伊吹さんは俺が乗った途端に、車の中をあちこち気にしたり、シートを叩いたり、嗅いだりしはじめている。そういうのは、今さら気にしたって遅いだろうに、と(あき)れながら、俺はもう一度言った。


「大丈夫っす」

「そうですか? 僕……普段あんまり人を乗せないんで……」

「へえ。友だち多そうなのに意外っすね。彼女とかも、普通にいそうなのに」


 なにげなくそう返したあと、伊吹さんは黙る。それから、ほんの少し間があった。シートベルトを締めて隣を見れば、伊吹さんはどこか困ったような顔でうつむき、頬を掻いている。


「伊吹さん?」

「えっ」

「どうかしました?」

「い、いえいえ……!」


 俺が声をかけると、伊吹さんは我に返ったようにかぶりを振り、車の鍵を回してエンジンをかけた。やはり、相当古い型だ。


 店の軽トラ以外で、鍵回す車、久々に見たな……。


「よしっ、それじゃあ行きましょうか」

「そうですね」


 車はブオン、というアクセルの音を鳴らしたあと、コンビニの駐車場を出て、走り出す。車は渋滞することもなく快適に国道を走り、伊吹さんの実家までは一時間ほどで到着した。



***



 伊吹さんの実家は、田園風景の中に建つ、古い一軒家だった。近くには小さな河川がいくつも流れていて、水の流れる音が聞こえている。屋根は大きく立派な瓦屋根で、うちの家とよく似た雰囲気があった。その佇まいと立地をひと目見て、俺は気付く。


「伊吹さんちも、元農家だっけ……?」

「ええ、そうです。あれ、話してなかったか」

「うん。でも、田んぼですよね。うちはカブやってたんです。俺が生まれる前の話だけど」

「カブかぁ、たしかにあの辺はカブが有名ですもんねぇ」


 我が家の周辺にあるのは畑と沼で、父はカブなどの野菜を作っていたが、伊吹さんの実家は、田んぼと河川。環境も作物も違うが、親が同じ農家だとわかると、また妙に親近感が湧くものだった。

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