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植物男子の恋の育て方  作者: いなば海羽丸
2 道草ラーメン
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12/37

2-7

「なるほど。そういう流れで、伊吹さんは親父とクマンバチさんにまんまと火をつけられちゃったってことか」

「そうなんです。クマンバチさんのお宅がある場所は、本当に街中で、山なんかどこにもありません。駅からも歩いて十五分くらいのところにある、住宅街の中なんですよ。お世辞にも、自然がいっぱいって感じの場所じゃない。それが、このお家の敷地に入っただけで、もう別世界なんです。その空間だけ、山の中の箱庭。いやぁ、庭ってすごいなぁって思って、それで僕は、実家の庭で植物を育てながら、自分の庭を作ってみようと思ったんです」


 伊吹さんは興奮気味にそう言ってから、またラーメンをすすった。彼が話している間、俺は聞きながらラーメンを食べられるのだが、伊吹さんはそうはいかないのでなかなか進まず、中太の麵は少し伸びかかっているようだった。


 けれど、それでも彼は本当においしそうに麵をすすり、ぬるくなったスープもしっかり飲み干してしまって、ご満悦な表情を見せる。そんな伊吹さんがやっぱり好ましくて、俺の頬は釣られるように緩んでしまった。


「ほんと、うまそうに食うっすねぇ」

「そうですか? ……あ、紫苑さん笑った!」

「え……?」

「僕、紫苑さんが笑うの、はじめて見たかも」

「いや、そんなことないでしょ」

「ありますよ、紫苑さんっていつもこう……なんていうか、真面目な顔してるから」

「仏頂面ですんませんね……」

「いや……ッ、ちが、そういう意味じゃないですって!」


 伊吹さんははちきれんばかりの笑みでそう言ってから、カラになったどんぶりをテーブルの隅にまとめて退けると、身を乗り出して「それでね、紫苑さん……」とさらに話を続けた。


「はい……?」

「僕はですね、紫苑さんも、お店の手伝いに忙しくて、実は植物のおもしろいところを見ずにスルーしてきてしまったんじゃないかって、そう思ってるんです。僕と同じなんじゃないかなって」

「そう……なんすかね」


 俺は苦笑いでそう言うしかなかった。今の話を聞けば、たしかに。俺と伊吹さんの境遇はちょっと似てるのかもしれない。けれど、だからと言って、俺が伊吹さんみたいに植物にハマるとは限らない。


「どうです、休日――ええと、たとえば店の定休日に、僕と一緒に庭づくりをするっていうのは」

「要するにそれは、俺に手伝えってことっすか?」

「いやいや、そういうつもりじゃないんですが……店でルーチンワークくり返してるだけだと、絶対にわからないことがあると思うんで――あぁ、そうだ! ごはん……よかったらその日は僕がごちそうするんで、食べてってください! 僕、実は料理もまあまあできるんですよ、肉じゃがとか、親子丼とか、豚の生姜焼きも得意なんで!」

「はぁ……」

「ちなみにうちの生姜焼きは、片栗粉をまぶす派です!」


 伊吹さんが必死に食い下がっている。その顔も口調も、普段、職場で見る彼らしくなく、なんだか妙に可愛く思えてしまって、俺は可笑(おか)しくてたまらず、げらげら笑ってしまった。


「伊吹さん……ッ、どうでもいいけど、なんでそんな必死なんすか……!」

「あっ、すみません。つい……」

「伊吹さんが作る肉じゃがめっちゃうまそうだし、豚の生姜焼きも……っ!」


 笑っている俺の前で、伊吹さんは正気に戻ったように頭を掻き、申し訳なさそうに背中を丸めている。そういう姿は見慣れているわけではないものの、いつもの彼らしい。ただ、どちらにしても、やはり好ましかった。


 おかげで、俺は伊吹さんの庭とか、彼の育てている植物とか、そういうものよりも、伊吹さん自身に、ちょっと興味を持ってしまった。


「いやいや、意味わかんないけど、伊吹さんがおもしろいから、その話、とりあえず乗ってみようかな」

「ほんとに?」

「ほんとに。言っときますけど、俺、いつもはこんなチョロくないっすからね」


 俺は冗談めかしてそう言った。だが――。


「……知ってますよ」


 伊吹さんはにこやかに、すんなりと返す。俺は首を傾げた。なにかいたずらを思いついた子どものような顔で、ふふふ、と笑みを浮かべた彼の言葉は、単純に「そんなことはわかってる」という意味だけではないような気がしたのだ。


「知ってる……すか?」

「はい。だって僕、桜介さんにちゃんとリサーチしましたから。紫苑さんとどうしたら仲良くなれるか。アイツは手強いぞって桜介さんがね――あれ、財布……財布はどこいったかな」


 カバンの中を漁りながら、財布を取り出した伊吹さんを前に、俺の頬はかあっと熱を持つ。どうやら伊吹さんは、俺と仲良くなれる方法を知りたかったらしい。つまり、俺と仲良くなりたかったようだ。俺はたまらなく照れくさくなって、思わず立ち上がった。


「……なっ、なんすかそれ。俺と……仲良くなりたかったって」

「そのまんまですけど……変ですか?」

「……いや、うん」


 俺はぶっきらぼうな相槌を打って、伝票を手にレジ台へ向かった。そこで速やかに会計を済ませ、すたすたと店を出る。


 店を出た瞬間、冷たい夜風が沼の方へ吹き抜け、顔から発火しているんじゃないかと思うほど熱くなった頬を乱暴に撫でていった。だが、この頬は少しも冷めない。頬どころか、耳も首も、脳天まで、どんどん熱が回っていく感じがする。


 どうしてだろう。俺なんかすげえ年下で、跡継ぎらしくも、先輩らしくもない、伊吹さんからしたら、ただのクソガキで、やる気のない跡取り息子ってだけなのに。なんで、そんなふうに思ってくれるんだろう。


「ちょっと、紫苑さぁん! 待ってくださいよ、精算しましょう!」


 店の外で呆然(ぼうぜん)としていた俺を、伊吹さんの声が追いかけてくる。


「せいさん……?」

「そうですよ、さすがに紫苑さんに奢らせるわけにはいきませんって……!」


 そう言われて、ハッとする。俺は照れくさいあまりにテンパって、なにも考えずに二人分の代金を支払ってしまっていた。


「あ、そうだった……」

「待ってくださいね、僕、今日は細かいのいっぱい持ってるんで……」


 財布からお金を取り出した伊吹さんを前に、俺は不思議な心地でいた。

 名ばかりの跡継ぎで、誰が見たってテキトーな仕事ぶり。そんな俺を、どうしてこの人は咎めないんだろう。


 笑ったり、からかったりしないんだろう。どうして若輩者の俺なんかを慕ってくれるんだろう。俺と似た境遇だからって、どうしてこんなに共感してくれるんだろう。仲良くなりたいなんて、どうしてそんなふうに思ってくれるんだろう。


 あれこれと、疑問が脳内を巡る。だが、千円札を持ったまま、心配そうに俺を見つめる伊吹さんの表情を見つめながら、それしかない答えに辿り着いた。きっと、この人は根っから優しくて、人当たりがよくて、底抜けにお人好しなのだ。だからこそ、みんなに好かれている。俺だけじゃない。みんなをこうやって、平等に大事にしてくれる人――博愛主義的な人なのだろう。そう思うことで、俺はひとまず納得した。


「あぁ、金はいいですよ。その代わり、次回奢ってください」

「えっ……」

「いつでもいいっすから」

「――ってことは、またラーメン一緒に行ってくれるってことですか! やったぁ!」


 正直なことを言うと、俺は伊吹さんの言葉を信じられなかった。優しいのも、共感してくれるのも、慕ってくれるのも、ただ、この人は博愛主義者なだけで、こんなことはきっと、息を吸って吐くように、誰にでも言うのだろうし、仲良くなりたいと言ったのも、リップサービスのようなものに違いない――と、ひとまずはそう思うようにしたからだ。


 ただ、信じられない一方で、伊吹さんからの好意が嬉しくてたまらなかった。そのせいで、俺は二回目のラーメン会へ、彼を遠回しに誘い、彼の実家の庭仕事に駆り出される定休日を、ちょっとだけ待ち遠しく思っていた。

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