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「息子だからって、父親と同じ熱量で継ぐ人ばかりじゃないし、熱が入るまでに何年も、もっと言うと何十年もかかったりするケースだってあると思うんです。僕なんかまさにそう。閉業してからやっと、熱が入ったんですから。親父がまともだったら、今頃大泣きしてますよ」
「そうっすか、ね……」
俺は上ずりそうになった声を隠すように、気のないような返事をして、咳ばらいをする。自分でも驚くほどに、伊吹さんに共感されたことが嬉しかったのだ。しかし、素直に喜ぶのはなんだか気恥ずかしくて、咳払いなんかじゃ伊吹さんには気付かれてしまうような気もして、思い出したように、また餃子を頬張る。
「僕ね、なんとなく紫苑さんと自分は似てるかもしれないなぁと思ってたんです。勝手に親近感を持ってたんですが、やっぱり。思った通りでした」
伊吹さんはそう言って、グラスの水をちびちびと飲みながら「実は勘はいい方なんですよ、直感型なんで」と、嬉しそうに肩をすくめている。だが、俺はとてもそうとは思えず、疑いの目を向けた。
「似てるって……? 俺と伊吹さんが? ウソでしょ」
「ほんとです。僕も好きで父の仕事を手伝っていたわけじゃなかったし、切り花にもあんまり興味がなかったんです。イベントのたびにギフト品を大量に仕入れて、シーズンが過ぎたら、売れ残りを半額以下の価格にまで下げたり、まだ綺麗に咲いてる花を、次々に廃棄しなくちゃいけないでしょ。最近はいろんなお店があって、スタイルややり方もいろいろでしょうけど、ウチはほら、父が頑固だったんで、ずーっと昔ながらのやり方を通してたんです。それが本当に好きじゃなくってねぇ……」
伊吹さんの話を聞いて、俺は頷く。花でも野菜でも果物でも。これはなんでも同じだが、物の値段というものは、水もの。常に乱高下するものだ。需要があるときには高額になり、需要がなければ、どんなにいいものであっても、ゴミように扱われる。
昨日まで高額な値段をつけられ、高級品のごとく店頭で飾られていたものが、日にちを過ぎると途端に見切り品として雑な扱いをされるようになり、挙句の果てにはゴミになる。これも、業界にいればそういうものだと慣れてしまうものだが、植物に関心のない俺でも、正直なところ、そういうのは話に聞くだけでも、あまり気持ちのいいものじゃなかった。
その点、うちの園芸店のいいところは、元々農家だった親父がはじめた園芸店、というところだ。
敷地がべらぼうにあることで、見切り品コーナーはいくらでも広げられるし、花のゴミはみんな畑に撒けば、土に戻り、肥料になる。花屋のゴミは産業廃棄物なので、一般ゴミとしては出せないが、自分の畑に撒くのは自由だ。また、畑は今のところ使い道がなく、従業員がそこで好きに花や野菜苗を植えたり、種をまいたりしてもいいことになっていた。
それは同じように捨てるのでも、ただゴミ箱に捨ててしまう感覚とは違ってくる。畑のたい肥になっていくのを間近で見ることによって、多少なりとも罪悪感は減ってくるものなのだ。
もっとも、仕入れの量と売れる量のバランスをちゃんと読んで管理すれば、そんなことも少なくなるし、最近ではドライフラワーにしてから、再販するケースも多い。やりようは店舗によって様々だ。
ただし、生産者や市場との付き合いで、消費者側に需要のないときに、泣きつかれて同情で買ったりすると、これがよくない。莫大に仕入れ量が膨れ上がり、当然だが、需要のない時季に花は売れずに残る。つまり、それだけ多く廃棄が出るのだ。
伊吹さんの親父さんは、市場で付き合って仕入れることが多かったらしい。たぶん、優しい人だったのだろう。また、倒れる直前は、間違えて大量に仕入れてしまうこともたびたびあったそうで、伊吹さんは当時のことを話しながら「あのときの廃棄量は、今思い出してもほんとに笑えないです」と表情を引きつらせていた。
その悲惨な状況を想像して、俺も眉をひん曲げる。小さい店でそれをやられたら、相当キツイはずだ。
「伊吹さん、大変だったんすね……それから、親父さんも」
「まぁ……なんというか、とにかくみんなが必死でしたよね。シーズンを過ぎたものは、なるべく見切り品としてさばくようにしてましたけど、狭いお店だったので、すべてを管理していくのはやっぱり無理だから。だんだん捨てるものが多くなっても、惰性でやってて。……でも、そういうのって、お客さんにも伝わっちゃうのかな。年々、ちょっとずつ売り上げも減ってたんです。特に、最近は値上げラッシュでみんな生活苦しいですしね」
俺は頷いた。ちょうど六年前――世界的パンデミックが起きた頃だ。大打撃を受ける業界があった一方で、業績を伸ばした業界もあった。園芸業界はどちらかというと、後者だ。旅行や、不要不急の外出が制限されるなか、家の庭先で自然に触れられる園芸は注目を浴び、一時期はちょっとしたブームにもなった。
しかし、あれから値上げだの、最低賃金を上げるだのと、社会は次々と変化を続け、現在は生活の苦しさから、花を買う人は減っている。最近の母の日も「花なんかもらったところで食べられないから」と、食べ物をリクエストする人も多いのだそうだ。
「なるほど……それで、そうこうしてたら親父さんが倒れちゃったんですか?」
「そうなんです……」
それから、残りの餃子を食べながら、伊吹さんは父に声をかけられたときの話をしてくれた。
伊吹さんは、親父さんの一番そばにいて、認知症の進行に気付けなかったことに自責の念に駆られる一方、親父さんの店を継いでいくだけの志や熱量も不十分だった自分に気付き、一時は花業界を去ろうとまで考えていたらしい。
ただし、親父さんの施設や、自分とお母さんの生活を考えても、なにかしらの収入がなければならず、途方に暮れていたのだそうだ。
「もうね、当時の僕に、父の店を継ぐ気力はなかったんです。花の値段がどんどん上がってて、でも、同じだけ店舗での値上げはなかなかできなくて。駅前とはいえ、地方の田舎町のアーケードですから」
「たしかに……うちの父親もたまにぼやいてますね。値段のことは」
切り花の値段が全体的に上がっているのは事実だが、それは値上げラッシュのせいばかりではなく、近年の気候変動がかなり影響している。特に夏の猛暑、酷暑が続くことで、これまで当たり前に作れていた切り花がうまく育たなくなり、市場に出回る量が少なくなっているのだ。少なくとも、うちの父親は一番の原因はそれだと、考えているようだった。
「それで僕、もう花屋は閉めて、市場にでも就職しようかなと思ってたんです」
「へえ、市場の仕事かぁ……」
「昼夜逆転生活に近い感じになりますけどね。店を守るより、誰かに雇われちゃったほうが、まだ気が楽だと思って――」
「お待たせしましたー! 北海道味噌バターと、中華そばでーす」
元気なホールスタッフの声が会話を遮って、テーブルの上には注文したラーメンがふたつ運ばれてくる。俺と伊吹さんはひとまず、それにありついた。濃厚な味噌のスープに、じわあっと溶けていくバターと、それにからんだ中太のちぢれ麺が最高にうまかった。
「うわ、うんまぁ……」
「でしょう? よかったぁ、気に入ってもらえて!」
「いや、これほんとすっげえうまい……こんな近くにあって、全然知らなかったです……」
「やったぁ、嬉しいなぁ」
まるで、そこが自分の店かのように、無邪気に喜ぶ伊吹さんに釣られて、俺まで頬が緩んでしまう。伊吹さんは普段は穏やかで落ち着いて見えるが、こんなふうに無邪気になることもあるんだなぁと、俺は彼の意外な一面に密かに驚いていた。
もっと言うと、帰り際にラーメン屋へ寄るふうにも見えなくて、てっきり仕事のあとは真っすぐ家へ帰って、ひとりぶんの夕食をそつのない手つきでこしらえて食べるようなイメージを勝手に持っていた。




