29話「帰路」
「あっ!そうだったわ「コレ」持っていきなさい。私のとびっきりよ」
「──────これって…?」
手渡された小さな蝶の描かれた紙製の箱、妙に軽いこれは…一体なんだろう?
「いいからいいから!さっさとそれ持って行きなさい!その時が来たなら、きっと理解出来るわよ!」
「わ、わかった……?」
背中に彼女を背負い、両手が塞がった僕の代わりに良樹くんの開けてくれた鉄扉を、腕の下を潜るようにして出ていく。
店内の涼しい風とは一変、生暖かい風が、瞬時に身を包みやがて瞬く間に汗が滲む。
後ろを振り向けば、いや振り向くまでもなく後ろからは手厚い、と言うよりは肉肉しくて暑苦しいまでの見送りの声。
一度振り返り、まだ言っていなかった「行ってきます」の一言を大きな声で返すと、遠目で良くは分からないが、微かに微笑んでいた気がする。
甲高い声から野太い声まで、黄色と紫を混ぜたような艶やかなその声は、駅までの路地を曲がり、姿が見えなくなってもなお街に、ビルに反響し、しっかりと耳に届いていた。
「えっと…確か最寄り駅は一緒で〜」
「──────って…あれ?僕彼女のお家知らないんじゃ?」
失念していた…。
最寄り駅を知っている事を家を知っている事と混同していた!
これじゃあ駅まで着いたところで、宛もなく彷徨う事になってしまう。
なんだか長年連れ添った仲間の様に感じて勘違いしていた、僕ってやつはまったく、今日は本当にどうしようもないなぁ。
なんて顧みて反省してみる。
「なんてったって僕たちまだ、出会ったばかりだもの…ね」
そう落胆めいた独り言を呟いた時、背中でやたらと激しい身動ぎを感じた。
「…ん?んん、んんん…むむむっ!?」
「あぁ、君ってやつはいつだって、本当にタイミングが良いっ!」
寝惚け眼を瞬かせ、いつもよりも一層と子供っぽい虚ろな表情を浮かべ、肩に垂らしたヨダレの証拠隠滅を無意識に行っている彼女はやがて、ゆっくりと意識が覚醒していくと──────
「なっ!一体全体!これは何がどうなってなんなんですっ!?」
開始早々、喧騒の波の砕けた駅のホームに響き渡る声量で耳元で騒ぐ騒ぐ…。
そしてそれに付随してやたらめったらと動く動く。
「ちょっ…ちょっと耳元でうるさいなっ!それにあまり暴れないで、これ以上暴れるならここに捨ておくよ!?」
叫ぶわ暴れるわ、人をまるで誘拐犯かのような扱いで叩く叩く。
更にはわざわざと頭皮から一本一本髪の毛を抜いて見たりとやりたい放題。
遂にはもう本気でここに捨てて行こうかとさえ思ってしまう。
「捨てていくがいいさっ!私だってそこまで子供じゃありませんっ!おうちにだって当然一人で帰れ…──────そうにはありませんね、どうも」
勢いよく背中から自ら滑り落ちた彼女が自らの足で立とうとしたその時。足が、不随意に揺れ動き上手く立てない。
それもそのハズ。
慣れない環境での慣れない活動。
激しい有酸素運動とウェイトトレーニングを合わせたような動き、さらには顎先掠めたハイキックによって揺れ動いた脳の余波か、産まれたての小鹿のようにふるふると震えてこちらへと助けてと言わんばかりに両の手を伸ばしている。
「そりゃそうさ、あれだけのパフォーマンスの後じゃあ」
再度彼女を背中に背負い直し、今度こそ大人しく背負われる事にした彼女は、その言葉を受けると素っ頓狂なかおをして、繰り返し瞼を瞬かせている。
「…パフォーマンスってなんです?」
「もしかして、記憶にない?」
「…?まったく」
「はぁこんな珍妙な展開…何から説明したら、いいのかなぁ…」
こんな、突飛な事があっても良いのだろうか。
ともすると本当に彼女は何か特別な生き物で、それこそヒーローや魔女っ子なんかなのではないだろうか、なんてありもしない妄想に耽りつつも、事のあらましを彼女へと余すことなく伝える為に既に辿り着いた最寄り駅からホームを抜けた所で歩く足を少し緩めた。
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「なんですかその作り話」
「本当の話さっ!君ってば本当に凄かったんだからねっ!」
この熱をどうにかして伝えたい!と本題から逸れ始めた所で我に返り、簡潔に説明を終える。
既にして時刻は二十二時を回っている。
健全な学生であればとうに夕餉を済まし、シャワーなんかを浴びて、宿題をこなし、早い人ならすでに眠りに落ちている頃合い。
目的地まで残りの道程がどれ程かは分からないが、連れ回してしまった責任から、一段二段とペースをあげ帰路を急ぐ。
「あっそこの信号を渡って、そこの緑のゴミ捨て場を曲がって、三番目の赤い屋根のお家です」
背中の彼女の指示の元、やたらと長い国道の信号を待ち、急勾配な坂を登りようやっと辿り着いた集合住宅。
「存外、いいお家に住んでるじゃないか!」
「なんですかソレ、バカにしてますか?」
「まっまさか!褒め言葉だよっ」
慌てて苦笑を浮かべるも、頭の中で「思ったより」なんて失礼な言葉が浮かんでいた事は内緒にしておいた方が良いだろう。
けれども「いいお家」と言うのは決して彼女を立てる為のお世辞などでは無く、築年数こそ感じるが、手入れが行き届いていて、外壁なんかも塗りたての様に鮮やかな色を保持している。
築年数が半世紀は経ってそうなボロアパートに一人暮らしの僕からすれば、一軒家と言うそれだけで、いくらか羨ましいと言う気持ちが芽生えてしまう。
「あれっ!お姉ちゃん!?」
彼女を玄関へと続く車二台ほど駐車出来そうな長い駐車場を抜け玄関扉の前へと降ろした、そのタイミング。
見計らったかの様なバッドタイミングで勢い良く開かれる玄関扉。
見れば、不意をつかれた彼女、凛ちゃんは扉の端に思いきりと額を強打したようだった。
「っう!菜月…玄関を開ける時には外に人がいないか確認してから──────!!」
「だってだって!誰も帰ってこないから心配だったんだもんっ!」
妹、だろうか。
歳の頃は彼女よりも少し幼い位か、よく見れば顔の造形こそ近しい物を感じるが、姉妹と言うには少し…いや、かなり系統が違う様だ。
鹿内 凛、彼女が地味…いや清楚系な一般的な女子とするならば彼女の妹──────名は菜月と言うらしい──────はさながらギャル!今どきギャルという奴だろう。
量の耳には大粒のピアスがギラギラと光り、髪色もくすんだ黒の中にインナーカラーでピンクを織り交ぜた色合い。
何よりもそのヘソ部分に布を用いていないファッションが、明らかに隣の彼女とは別系統を現している。
「あれ〜…他に誰か居るの〜?」
「あっ…どうも、こんばんわ」
「…」
「あの〜こんばんは?」
「…」
「菜月!挨拶されたなら挨拶を…」
「お……」
「「お?」」
「──────おっ!!おと、男の人ぉ!?」
「その、もしかしてお姉ちゃんの…彼氏……ですか?」




