26話「黄色の魔女っ子ビンセント」
『ずいぶんと、可愛い顔をしているじゃないかお嬢さん...いや、天女様?』
『それになんだか...凄くエロスを感じさせる格好をしているね』
「...──────ふぇ///?」
交わされる熱い眼差し。
ゆるりと腰に巻かれた腕に、顎先にかかる指先。
吐息のかかる位置、心臓の鼓動すらも届く距離。
目の前に大きく映し出されるのは視界の八割がたを占める高発色のダークブラウンのカラーコンタクト。
長く緩く巻かれた束感のある睫毛。
普段より少し大きく見える黒目には、情けのない表情の...いや、見た事のない物が映る。
それはそう!例えるなら...熟れたトマト!端から端まで真っ赤っかで、今にも破裂しそうな程にふるふると不随意に揺れ動いている。
なんだか親近感のある、既視感もあるソレに目を凝らす...なんて事はどうにも出来やしなかった。
だってそれは紛れもなく、寸分も違わず、間違いなく...僕自身、高柳 梓に他ならないのだから。
「凛......ちゃん?」
恐る恐ると、腰に巻かれた彼女の腕にかかった体重を自らの元へと戻し、まじまじと見つめた後にそう問いかける。
「あぁそうさ紛れもない、けれども今は強く可愛いく、逞しさの象徴でもある...」
「『イエローの魔女っ子ビンセント』だけれどね!」
「...そ!?それって...」
「憂いを帯びた表情をするじゃないか...君にそんな表情は似合わない。もっと可愛いらしく...」
「それって…」
「?」
「僕と──────僕と役が被ってるじゃないかっ!?」
目の前の、言うなれば自称ビンセントは、特段その『キャラクター』に衣装や小道具なんかを寄せている様子は無い。
それも当然だ。なにせイエローの魔女っ子『ビンセント』の衣装、そして小道具は僕が全て持っているのだから。
彼女は表すならモブ。
ヒーローの戦いに迷い込んだ一般市民。
彼女には今日の集まりに際してとびきり可愛い格好をして来る様にとは言及していたのだが、どうにも抽象的な表現であったのか、或いは思考の片隅で零れ落ちでもしたのか、今の今まで触れてこなかったのだが、いや敢えて触れないようにしていたのだが、彼女の格好、とびきり可愛い格好は僕もよく知る大衆のソレ...学生服なのだ。
─────であるからこそ、やはり魔女っ子なんかは当然、煌びやかなケープを纏うビンセントとは程遠いと...そう思ったのだが、なぜだろう。
妙に──────やけにしっくりとくる。
眼前の彼女の凛々しくも威風堂々とした立ち居振る舞い。
言葉使いや身振り手振り、纏うエレガントと称するに相応しい雰囲気がまさに、強さと逞しさそして可愛いさを併せ持った象徴『ビンセント』に瓜二つなのだ。
「不思議な事を言う天女様だ。君とはあとでゆっくりと緑茶を、いやコーン茶を交えてお話をしよう」
「先ずさしあたっては、目の前の魔獣『悪臭害獣ダッシー』を片付けてしまわなければいけないね」
『いいね?』
「はっ...はい///」
もうなんだか正常ではない思考が、既にして演目のプロットから逸脱していて、何がなにやらと分からない。
けれどもどうにか立て直さんと、腰に巻かれた腕を、そして顎先にかかる手を嫌味のない様にとり払おうと試みるも腰に回された腕だけは万力のように動かない。
半ば抱き抱えられる形で二人、中腰で震える目の前の魔獣、ダッシーへと向き直る。
「貴様もーっ!揃いも揃って獣臭くしてくれるわァ──────...いつっ!」
時折言葉の端々から零れ落ちる痛みを堪えた吐息にやや申し訳なさもあるが、背に腹はかえられそうにない。
彼、鷲見良樹の為にもなる早く演目を進め、決着をつけなければならない。
そう思い、やたらと色気のついた野暮な思考を切り捨て意識を切り替える。
「きさまなど!この拳と!魔...」
『貴様など!このニッケル合金が如き拳と、気高き黄色の魔法のサビにしてくれるっ!!』
「ちょっ...ちょっと──────僕のセリフっ!?」
「天女様、私に一歩寄り添って、そして傍らへとその身を寄せて下さい。あなたの力と私の力を合わせて哀れな彼の者を打祓いましょう!」
「なっ...何するんだ、ちょっ?!どこ触って...!?」
「なに、怖がる事は無い。ただ身を、心をひとつに悪に立ち向かうだけの事さ」
「さぁ──────いこう!これが私のっ!私たちの魔法だっ!」
息を大きく吸い込み、唇を少し濡らす。
そして。
やおら、ゆっくり、静かに...紡ぎ出す。
「くっ──────くんりんしゃであり裁定者よっ!」
『──────調停者であり裁定者よっ!!』
「あぁ...もぅっ!──────間違えちゃった...」




