22話「ココロオドル」
横浜という栄えた大きな都市。
喧騒激しい人混みごった返した駅を出た直ぐの海沿い。
大きな変な扇形の目を引くホテルだったり、カラフルな時刻表示の付いたメリーゴーランドであったり、やけに高い棒状の建物と、それからカップヌードルなミュージアムがある広く大まかにそこら辺。
大きな大きな商業施設に囲まれた大きな通りのほんの一角。
物陰に、それから道路脇の植え込みの木々に隠れるように佇む苔むしった年季の入った芸能事務所。
株式会社『ココロオドル』
建物自体は小さい事務所でありながらも、数多のご当地アイドルを抱え、TVなんかでも活躍する人気アイドルも在籍しているやり手の事務所。
「ちょっとした知り合いなんだ、そこの代表取締役社長『髭乃拓海』さんとは……」
「昔のツテでね、「もう一度」ご当地アイドルをやらないか〜って、そう言ってくれているんだよ」
「今日のステージはそこに送る宣材動画の撮影も兼ねていて、だから誰に見られてもいい様に恥ずかしくない出来にしないといけないんだ!」
少し過去の事を思い出しては、そんな風に簡潔にかつ必要最低限の情報でもって今日、これからのステージについての打ち合わせを行う。
「だから凛ちゃんも今日はとびっきり可愛いくして...」
「って……ねぇ?聞いてるの?」
「ふぇ...?はい...えっと聞いて...ませんでした」
生返事、空返事、なんでもいいが素っ頓狂できょとん顔な彼女。
身動ぎ一つせず、ソファに浅く座っている。
先程から何を聞いても話しても、答えは同じく空虚な相槌のみ。
それはそう、原因は紛れもなく一つ。
彼女が手に持つピンクゴールドの手鏡。
「もうっ!い・い・加減!!」
「──────手鏡から目を離しなさーいっ!」
今現在、というよりほんの数分前から彼女、鹿内 凛の眉を剪定し整え、いざステージに備えた化粧、それから類する準備を急ピッチに始めた僕ら3人。
丁度眉のカットを終え今から本格的に化粧下地、それが終わったならヘアメイクなんかを〜と思っていたのだが、どうやら彼女は上の空。
既に心ここに在らず、慣れない自分の姿に酷く困惑、と言うより至極恍惚の表情を浮かべている。
そんな『可愛い』に対して耐性の無い彼女。
一知半解、浅学その物な彼女はそれ故に既にして周りが見えなくなってしまった。
その為こちらとしてはどうにも出来ず、にっちもさっちも行かない状況になってしまったのだ。
「やっやめてくださいっ!私がいったい何をしたって言うんですか!」
「いいから手鏡を...は・な・し・なさいぃーー!!」
もうこうなれば多少強引にでも手鏡を奪うしかないと無理やりと彼女から手鏡を奪おうと、強硬手段に出る。
けれどもどこからやって来たのか、彼女のパワーは凄まじく、決して離さないぞと強い意志を感じて逢えなく敗走。
「はぁ...はぁ、良樹くんも、手伝ってよ...」
そんな風に自分よりも遥かに上背も筋量も潤沢な彼女、もとい彼に助け舟を求める。
「私だってステージの用意に、それからカメラの準備だってしなきゃ行けないんだから」
ステージの音響を、マイクを、それからカメラのレンズや画角の調整、焦点距離なんかを調整している彼、良樹くん。
テキパキテキパキと次から次へと作業をこなし一人動き回る彼には、僕達『ひまわりパンチ』のマネージャーの役割を担って貰う手筈となっている。
それでもやはり、様子のおかしい彼女の事は大分気に掛けている様で時折顔を覗いてはやれやれと首を横に振っている。
今日、ほんの数刻前出会ったばかりの間柄、されども既に乗りかかった船、仲間として認めている...かはともかくマイナスなイメージはもたれて...いないのだと思う。
「それに...さっきからずぅっとあの調子でしょう?もうなんていうの?恍惚の表情というのか...見蕩れているのよ、自分に。あれはもう誰かの声が届く範疇にないわね」
「しばらく放っておきなさい」
「で...でも...もう時間が...」
チラリ横を見やるとやはりさっきと全く同じ位置、同じ格好、両手で鏡をしっかりと持ち、角度を変えては頻りに自分の『可愛い』角度を追求、模索している。
「ほへぇ〜...これが...これがわたしっ!!」
彼女のその目はやけにきらきらで、まるで初めてこの世に産まれ落ちた赤子の様な初心さ、そしてそれは原始反射の要素も備えている。
何処までも嬉しそうに、見たことの無い様な明るい表情でいっぱいの彼女。
けれども時折、ほんの一瞬。
表情が曇る、というより歪むという方が正しいか、そんな苦しさを孕んだ表情を見せる。
この彼女の相反する表情、感情。
彼女の中でせめぎ合う何かには、わずかだが自分にも憶えがある。
それは、なんだか手に余るものを欲している様な、言うなれば分不相応の様な...
「でも良樹くん。眉毛剃っただけであれじゃあ...化粧をしたら彼女、もうどうにかなっちゃうんじゃ...?」
「……それはもう、どうしようもなく...場面ね」
半ば諦めの境地、2人してかぶりを振るとそんな件の彼女、鹿内 凛はスクッと何か思い立ったかのように立ち上がり、その明るく快活にかつ明朗な表情でこちらへと足早に駆け寄ると
「高柳くんはやくっはやくっ!時間はもう余裕がありませんよっ!早く化粧の『可愛い』の続きをしましょう!」
そんな風に、こちらの憂慮なぞ露知らず、朗らかに笑うのであった。
「うん、──────すぐにはじめようか」




