21話「化粧ってやつ」
『化粧って言うのは、自己表現であり、身嗜み、マナーでもあるのさ!』
ベロア生地、赤いふわふわ毛羽立った年季の入ったソファに横並びで三人腰掛けながら、彼、彼女、いややっぱり彼、高柳 梓は声高に、かつ雄弁に語る。
「ある種の演出?の様な役割なんかもあるかもね……それはそう、アイドルなんかだけでなく俳優に歌舞伎であってもその役割は色濃いんじゃないかな?」
────「むっ..難しいことはいいので、その...」
──────「一思いに、やってくださいっ!!」
時は19時、逢魔が時。
日のあるうちの約束は既にして怪しい頃合い。
目に溜めた涙を...目に溜まった結露の様なものを乱暴に拭い、謎の反骨精神、半ばヤケクソ状態で人生で『はじめて』の化粧を受け入れる事に。
「そんな、腹を切るような覚悟で臨まれても...」
目の前の彼、高柳くんは自らの化粧ポーチだろうか?男の子が持つには少し愛らしすぎるカラフルなクマのポーチから何やらがしゃごしょと取り出してはいそいそと準備に勤しんでいる。
先のガマガエル対私、ケープハイラックスの対決は私が飛びかかった所をちゃんこちゃんのその豊満な双丘に受け止められ、抱き抱えられ...そして跳ね返された事による相手の不戦勝へと相成った。
衝撃で身動ぎ出来ないうちに、ちゃんこちゃんと高柳くんに鼻を伸ばしてその場を後にする集団を呪い殺す勢いで睨みつけるも、すり減った肘と膝の痛みもあり、仕方なく逃がしてやった。
ややもすれば気が緩んでしまう気がして、自分の頭の中、この日この時の屈辱を忘れない為、戒めとして今現在満を持しての化粧をする事に。
尤も、記憶にないだけで幼い頃にはフォトスタジオなんかで七五三や二分の一成人式など、軽い化粧の様な物はしていたのかも知れないが、兎にも角にも記憶には全くもって存在しない為、実質としての今日、この時。
たった今がはじめてだと自分で断定付け納得してみる。
「これ...眉毛は伸ばしているの...?」
思案顔、と言うよりもその眉を縦にも近い程斜めにもたげた困り顔の彼はハサミを片手に小さなクシを手にやや驚きの混じった声でそう切り出す。
「はいっ!この私の眉毛ってやつはどうしようもなくアイデンティティで...私という人物を構成する一部で、それはもう大切な...」
━━━━━━━━━━━━━━しゃきっ...
いっいたっ!?──────「って?ギャアアアアアア!!」
「なっ!何をするんですか...!私の、私の『たくあん眉毛』を!!」
眉を両手で抑え思わず叫び声をあげる私。
決して痛みがある訳ではないのだが、なぜか思わずそんな風に突飛な反応をしてしまう。
細い銀縁の尖った癖のある形のハサミ。
ほんの一瞬の瞬き、自慢げに語る私のその僅かな後隙に差し込む様に、刈り取られる歴戦の...15年物の眉毛達。
「……友達だって、兄に妹、お母さんだって!私のこの眉毛にだけは『たくあん』みたいで可愛いねって!珍しく言ってくれるんですよっ!?」
「これじゃぁ...これじゃぁまるで...『きゃらぶき』みたいじゃないですかっ!?」
それは〜...丹精込めて煮詰めに煮つめ〜醤油に味醂、それからたっぷりの砂糖でもって煮込むふきの茎の佃煮〜。
細く黒く〜、形の良いそれはとってもよくご飯に合いそうで〜……「あれ?...これ」
『ちょう...良いじゃないですか...?』
既に手渡されていた小さな手鏡を恐る恐る覗けば、そこに映るのは、細く緩やかな自然な曲線を持った眉毛。
濃すぎず薄すぎず良く整えられた形の良いそれ。
先程までの丸く毛羽立った、無造作なたくあんからは想像が付かない...程に流動的なデザイン。
「眉毛はその人の印象を決める重大な要素、人と会話をする時、まず目に入るのは実は目より上、眉毛なんだよ!」
「だからほら、こんな風に。少し整えてあげるだけでこんなにも印象は変わるんだっ!」
まじまじと小さな手鏡の中の自分、と言うよりもその眉毛を注視する。
15年連れ添った、当たり障りも特徴もないつまらない顔。
もう興味を持って見ることなど生涯無いと思っていた。
けれど、そこに居る自分は自分が知っている自分とはどうにも似ても似つかなくて、瞬きを数回思考のクッション代わり、本人確認の要領でこなしてみると……どうやら間違いなく私そのものみたいで、見れば見る程に目の前の光景が信じられなくて...
私、鹿内 凛は夢見がちでありながらも生粋のリアリストである。
半ば強制的に魔女っ子アイドルへの参画を決められながらも、やはり一歩二歩と身を引き客観視し分不相応だと認めていた。
(私なんかがアイドルなんて……)
(私なんかが魔女っ子だなんて……)
──────私なんかに『可愛い』だなんて...
そう繰り返し、頭の中の脳内私達会議では度々と議題にあがり都度相応しく無いと、すぐ様可決されていた。
けれど今、目の前に映る私は...、真っ直ぐに反射した光を銀の膜を通して映した小さな私は……
『高柳くん...これ、私………』
『──────アイドルって奴できるんじゃないですか?』




