20話「ガマガエル」
『だって、とびっきり可愛い格好をしてきて...って言ったじゃないか』
『むっむりむりむりっ!? む──────りいいぃ!!!』
一生分の『むり』を口からこぼれ落としながら私、鹿内 凛はただいま絶賛大暴れ中である。
確かに、彼からのメッセージには、そんな様な文言があった気がする、いやあったのを正確に覚えている。
けれどもそれが、その理由がまさかこんな理由だったなんて、誰が想像出来ようか!?
「道理・理屈・理由」」その全てが存在しないこんなムチャ振り、到底許容できないっ!
「はいはい落ち着きましょうねぇ〜」
両手を後ろ手に彼、ちゃんこちゃんにいとも容易く片手で捕らえられ身動きが取れない。
全身を震わし私の支配下の筋肉達を総動員させているのだが、どうにも、ピクリとも動きやしない。
「あなたスッピンで舞台に立つつもり?それは、メイクをして出るよりも...嫌じゃないかしら?」
「だって、だってだって心の準備って奴が……ってそもそも舞台に立つのが嫌なんですっ!」
「大丈夫!僕も良樹君も、メイクは得意だから!」
「そんな事っ聞いてませんっ!」
「わっ!私にそんなもの似合いませんよっ!?可愛いグロスだって、ラメラメ入のチークだって、ピューラーだって怖いしっ...可愛い物は私には須らくっ──────!」
──────カランカランッ...
「「「──────?」」」
ふいに、全く予想もしていなかったドアベルの耳触りの良い音が店内に木霊する。
三人揃ってその音の出処へと顔を向けると、重苦しい鉄扉がギギギッと音を立てて開かれる。
よく冷えた空気は外へ逃げていき、生ぬるい空気と共に、酒と紙タバコにコーヒー。
それから加齢に伴う皮脂の強い臭いが空気の流動により店内に充満する。
次いで、入り口扉から姿を表した数人の男達はどいつもこいつもへべれけ千鳥足で、俗に言う酔っ払いという奴だと直ぐに気づく。
……──────あれ、なんだぁ?おかまBARなのにおかま居ねぇじゃん!!」
そんな風に乱暴に言い放った後、店内を物色する様に、かつ舐め回すように見回す数人のヨレたスーツ姿のおとこ達。
事態を把握する事を終え、直ぐ様対応に走るちゃんこちゃん。
「ごめんなさいね?今日は、まだお店は開けていないの。また……日を改めて逢いに来てくださる?」
なんてちょっぴり上目遣いにお胸を寄せて話すちゃんこちゃんに、男達は一瞬、既にしてメロメロ。
でもそれもきっと仕方がない。
どことなく甘い香りがして、ちょっとエッチな雰囲気のビジュアル満点なお胸もお尻も大きいお姉さんに言われたもんだから、男なんて単純なもんで、蕩け惚けた顔をしては壊れた玩具の様に繰り返し……
「は...はい///...逢いに...来ます///!!」
「おっ俺も...俺も絶対に来ます///!!」
「可愛い」「可愛い!」「可愛い...」「可愛い!!」
そんなチョロすぎる反応をみせている。
事態を直ぐに収め、というより邪魔者を排除する為に男達を即座に絡め取り、籠絡し手玉に取ったちゃんこちゃん。
見れば隣に居たはずの高柳くんも気が付けば入り口手前で男達を数人援護射撃の要領で相手取り、愛想の良い笑顔を振りまいては愛嬌という武器でもって対応している。
「ああ...なんだ、俺たち酔っ払い過ぎておかまBARとキャバクラ間違えちったのかなぁ...?こんな可愛い子がいるなら、間違えたのも儲けもんだなぁ」
ガハハッ!!
なんて、品のない海賊の様な笑い声がやがて出口へと徐々に移動し、二人の対応の甲斐あって無事に追い払う事に成功したようだった。
ホッと胸を撫で下ろし、ざわついていた心も直ぐに収まった。
と、思ったその時。
「ん...?」
「あれ、あのちっこいの」
ふと、そんな野太い声が、こちらへと向けられている事に気づき、徐にそちらへと視線を移す。
小太りで、皮脂の浮き上がった脂ギッシュなガマガエル。
イボイボとホクロで更に再現度を増した禿げ上がった頭の男が、こちらを指さして一言...。
『━━━━━━━━━━━━━━━お前はおかまか?』
そう、躊躇いもなく口走ったのだ。
「──────…は?」
私、鹿内 凛は生まれて初めて言葉を失うという体験をした。
正確には茫然自失。
失われたのは言葉だけでなく自分という意識そのもの。
記憶も少し、数秒弾け飛んだかもしれない。
けれどもきっとずっと先、私は今日という日の、この出来事を生涯忘れないだろう。
酒臭くてタバコ臭くて、コーヒーと糞便を煮詰めた様な匂いの禿げ上がったガマガエル親父に言われた『──────お前はおかまか?』のその一言を。
わなわな...わなわなったらわなわな...。
不随意に揺れる身体とめらめらと燃えるこころ。
「私……私って奴は暴力は品性下劣で最も愚かな行為だと思っています...」
「──────がっ!!!」
「今ばっかりは...きっとかみさまだって私の味方です……」
頬を伝う大粒のエアコンの寒暖による水分が、顎先へと渡り、ポッと音を立ててクッションフロアに落ちたと同時、私の中の何か袋を縛っていた緒の様な物が音を立てて千切れるのを感じた。
握るこぶし。
燃える魂。
やけに熱い瞼の裏。
足裏でしっかりと靴底を掴み。
量の手を勢いよく振り上げる。
そうして眼前に真っ直ぐにガマガエルを捉え……見つめ、思いきりと──────駆け出す。
「──────こ...ごろじでやるぅ──────!!!」




