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15話「BARって奴」


「わぁ…!!初めて見ました生おかま!」


「梓、この子ちょっとつまみ出してくれる?」


「まぁまぁ……」


そんな珍妙なやり取りは数刻前、私がみっともなく泣き喚いた……ちょっと喚いた少し前まで遡る。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「…………なんですか」


「やっと泣き止んだ!」

あれから三十分、いや一時間程だろうか。

頬から不随意に滴るお水も、ぶるぶるする喉元の震えも収まった頃、なんとなしにお互いの誤解の様な物は無事に解けていた。

そんな勘違いも蓋を開けて見れば主に私からの一方通行だった訳だが。


「泣いてなんて居ませんよ、ただ少し、子供らしく喚いてみせただけです」


「へぇ〜…変わった子ね」


「そうでしょうっ!?それがまた彼女の魅力なんだ!」


鼻をつくのは、メンソール煙草のフルーティな煙。

マリブリキュールのココナッツの甘く強い癖のある香りが鼻や喉を刺激する。


清潔感のある甘い香りの香水が鼻を伝って脳まで届くと、頭がクラクラと揺れ動き、心地の良い目眩の様な物へと変換される。

絢爛豪華…とまではいかないが外と中とで大いにギャップを感じさせる豪華な内装と作り。

まるで、俗世間を離れた戦争や争い、妬み嫉み、汚れ穢れのない平和で豊かな理想郷ユートピア……まさに『桃源郷』らしいといった雰囲気。


スロウテンポな洋楽バラードが天井隅に取り付けられたスピーカーから流れている。

落ち着いた雰囲気を演出する為なのだろうが、どうにも店内の豪華な内装がそれを許さない。


次いでツンと鼻を刺すのはマニキュアやペディキュアの独特な匂い。

揮発性の有機溶剤の強い匂いでふと我に返り、店内、仄暗い全容を把握しようと辺りをキョロキョロと見渡す。

どこか、アンダーグラウンドな仄暗い洞穴の様な雰囲気。

大きい液晶画面、その近くにはカラオケ機材。

硝子細工の仰々しい灰皿、良く映画やドラマで鈍器として使われたりする奴だ。

大きく不釣り合いに浮いた白い空気清浄機がある種、夢と現の境界線、ぎりぎり日常を感じさせる役割を担っている。

それからそれからetc……まぁ兎にも角にも、その空間その物がある種のわいせつ物の様で、なんだか大人のムードを感じさせる卑猥なもので…とても子供が来るには相応しくない、そんなセンシティブその物…という感想に尽る物だった。


そんな場所に何故私が居るのか?と問われれば、これはまぁなんとも奇っ怪で、珍妙にして滑稽な不思議な出会いがそうさせた訳で……。


先日出会ったばかりの女の子、もとい男の娘な高柳 梓との私信のやり取りを経て、待ち合わせの指示の元、約束のお店『桃源郷』に重い足取りで、半ば義務感の様な物を携え赴いた。


彼からのメッセージには『魔女っ子にならない?』なんて妄言に付け加えて『君は本当は誰よりも、「可愛い」がしたいんじゃないのかい?』なんて…。


否、断じて否!…だったはずなのに、気がつけばこんな所まで足を運んでいた。

夏の暑さがそうさせた。

のぼせ上がって茹で上がったこの脳みそが、今にも鼻から蕩け落ちそうなこの脳みそがそうさせた。

──────そうに違いない!


これは決して私自身の意思ではない。


私、鹿内 凛はそんな非現実的な事を追い求める程ロマンチストではない。極めて現実的なリアリストなのだ。


そんな……ロマンチストな豚の様な真似…私には到底…。


まぁそんなこんな、なんだかんだと紆余曲折有り、ヒットポイントを度々とすり減らしながらも、やっとの思いで彼との再会を無事?に果たしたのである。


「どこでもいいから座っていて」

そう彼、高柳 梓から案内されると、赤色のふわふわとしたレトロスタイルのソファ席へと向かおうと思ったのだが、一人で座るにはやや広すぎると思いカウンターへ、1人用の丸椅子へと向き直る。

かく言う彼はと言うと再びバックヤードの様な所へと姿を消していた。


「ちょっ…これ、座るの大変かも…」

腰より上の高すぎる丸椅子、カウンターチェアと言った方がわかり易いか。


「よっ……!あっ!座れた…」

飛んでも跳ねてもどうにも届かず、足を掛け、丸い形状の赤い座面によじ登り、ひょいっと最後は一思いに飛び乗ってみる。

なんとかかろうじての着席。


長い長いカウンターテーブル。

触れたら一瞬で指紋だらけになる様なツヤッツヤの奴

「へぃマスター!甘めで、サッパリとしたカクテルをお任せでっ!」

なんて言いたくなる雰囲気。

いや、そんなこと決して実際に口に出して言ったりなんてしないのだが、何となく夢だよね…かっこいいよね!

そう、ここはBARなのだ!ちょっとえっちな雰囲気の正体はBARだったのだ!


「お任せねぇ…未成年?…よね。だったら〜…」


「あれっ!?私声に出てました…?」


カウンター越しのシンリンオオカミに良く似た、お店のマスター?の様な綺麗なお姉さんがそんな藪から棒な注文に対して用意してくれたのは、何やらたっぷりのロックアイスの中、真っ赤でほんのり透明で、微妙にしゅわっとしたドリンクであった。


「ほわぁ〜っ!すごい…大人かわいい……」


「いっ…いただきます…」

警戒心も忘れ、乾いた喉を潤す一心でひと息に飲み干す。


「ングング……ウンッ!?」

うっ!?これは…これは一体!?


──────カランコロンッ

口元で傾いたグラスから小気味よい氷のリラックス音が耳に届く。

口内に、喉に、ツンとした痺れの様なものを憶える。

舌先には仄かな甘みと酸味苦味、それから果汁の様な後味が残る。


「一体…なんですかコレ…!?」


「あら、お口に合わなかった?…ざくろ酢」

「身体にも美容にもいいのよ」


「アンチエイジングって奴にもね」

そう言って見せてくれたパッケージには赤黒いぶつぶつのフルーツ?が写っていた。

見た目だけなら集合体恐怖症には厳しそうなそんな見た目。けれどもお味はと言うと…。


「…すっごく、すっごく美味しいですっ!!」

アンチエイジング……!!甘美な響き!

なんだか、体の内側から少し綺麗になった気がする。

多分、気がするだけだけれど。


「そっ良かったわね」

そう小さく呟く目の前の彼女。

一段上がった小上がり、バーカウンターでカクテル片手に絶え間無く煙草をふかしているこの狼に似たセクシーの具現化の様なお姉さんマスターは、源氏名をちゃんこちゃんと言うらしい。

源氏名…ちゃんこ…ちゃん。


本名を鷲見 良樹と、言うらしい。

…良樹…?。


聞くとどうやら、正真正銘どっからどう見ても、自分は男だと言う。


そう、彼女はどっからどう見ても…──────オト…オトコ……?


「いやっ!どこがオトコなんですかっ!?」

目で見た情報の全てを繋ぎ合わせても、やはりどうにも理解が及ばない。

点と線が、何度試してもどうにも繋がらないのだ。


「なにようるさい…。これだからガキンチョは…」

煩わしそうに雑にタバコに火をつける彼女…彼。

綺麗な顔、女性らしい仕草の数々から想像もつかない口の悪さ。

そのキツい物言いにやや狼狽えてしまうも、好奇心の様なもので食い下がってみる。


「男じゃない…ほらっ。これを見なさいな」

徐に…慌てず、静かに、やおらゆっくり両手を自らの服へとかける彼女。


「なっなにをッ!?」

衣擦れの音は、店内のBGMで聞こえない。

ならこの聞こえる音は…一体?

「!?」

ドクンッドクンッ!胸の中で衝撃と共に大きな音が鳴る。


──────シュルシュルシュル…

聞こえこそしないが頭の中で目の前の光景に音が足され、そう補完される。

シュルシュル…バルんっ!!

そんな感じ。


「これは…あなたには、無いものでしょ?」

突然に眼前に現れると、自由を手にして暴れる二つの双丘。

あまりの衝撃に空爆でも受けたのだと錯覚したが、どうやらそれは眼前の彼女の胸部によるものだった。


乱暴に捲られた仕立ての良い柄物のシャツの内側、内包されていたそれが重力に逆らうように暴れ回る。

──────ポヨンポヨンッ


──────ポヨンポヨンッ


スライムのような、軟さと重さを内包したそれを、目の前でまるで催眠術にでも掛けられるように、揺れ動き暴れ回るそれを視線で追っている。


「あわわわわわわわ〜……はっ!」

不随意に暴れ回るそれに、思わず見惚れてしまっていた。


「そっそれは男の子の証明にはなりませんよっ!?寧ろ逆効果では!?」


「なんですかっ自慢ですか!」

ダンッ!と音を立てカランコロンっ!と鳴る手に持った空いたグラス。

アウェーもアウェー、一人でボケて一人でツッコむ、反骨精神からか、そんな高等テクニックを披露してみる。

気を利かせて再度注がれるお酢のジュースのコポコポ音がなんとも陳気で、オチの様でもあり、兎角ツッコミに関して、中々にいい手応えを感じた。


どんな時にもユーモアを忘れない。

私、鹿内 凛はそんな弄られ役としての矜恃を常に持っている。


「あっ…どうもすみません、いただきます…」

再度グラスに注がれたソレをひと息に飲み干すと、心地の良い痺れを感じ、少し冷静になってみる。


「ふぅ…」

冷たさが喉元を過ぎた時、同様に思考も落ち着いてくる。


「って!騙されませんからねっ!」

最早お家芸、何度目かのそんなツッコミ。

ここ数日で、私の中のツッコミ能力は格段に上がったと言っていい。

「ズレの指摘」「合いの手」「フォロー」。

ツッコミを構成する3つの要素。

取り分け「ズレの指摘」に関しては格段に上がったと言っていい。

けれどもどうにも、ツッコミなんかではこのボケの様な物は到底回収出来なくて…。


「どこからどう見たって綺麗で、えっ!なお姉さんじゃないですか!それもこう…グラマラスでエロティックでセンシュアルかつアトラクティブで…デンジャラスな!!」

そう、危険なのだ。

彼女、彼…─────やっぱり彼女。

構成するその全ての要素がとてつもなくデンジャラスなのだ。


「…デンジャラス?」

狙った獲物を逃さんとする切長で大きな狼の様な瞳。

艶があり揺れ動く度にベリーの様な良い匂いのする腰先まで伸びたミルクティーベージュの頭髪。

程度の良い化粧。

発色の良いグロスはエロスを感じさせ、血色感の良いチークは健全さを感じさせる。

濃くもなく薄くもなくグラデーションを意識した素材を最大限活かさんとする立体感のあるアイメイク。

私が男だったら今すぐにでも求婚していただろう。


……女である現在であっても、どことは言えないがなんだか少し目で追ってしまう程だ。

そのくらい、魅力的なのだ。


源氏名をちゃんこちゃん、本名を鷲見 良樹。

「う〜むっ…どうにもこうにも理解が追いつきません!」


「ん〜…どう説明したらいいかしら、ねぇ梓?」


「僕に振らないでよ…それに確かに良樹くん…ちゃんこちゃんの場合証明って奴は難しいね」


「僕とはまた違った、ある種のフェーズが違うからね」

いつの間にやら戻ってきた彼、高柳 梓も混じえ話題は引き続きそんな性別に関する事。

なにやらどうやら、彼等二人は見知った仲であり似たもの同士なようで、正体に関するヒントと答えは自ずと導き出されていく訳で…。


「どこをどう見たってやっぱり!男の子とは程遠い…それは高柳くんも同じ…」

決して交わることのなかった点と線がようやっと繋がり出す。


「はっ!わかりましたっ!わかりましたよ!」


これは!これって奴はもしかして!いいや!もしかしなくても…!!



「──────生おかま?」


「……せめてニューハーフって言いなさい」


「あっ…あははははは!なまっ…生おかまっ!」


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