13話「お眠な私、眠らない街」
なんだかやけに気疲れする一週間を終え、現在は土曜日。
夏の朝、照り返す日差し、熱々のアスファルト、お眠な私。
地球を鈍器でかち割ったなら幾分幸せにもなりそうなそんな気分
私、鹿内 凛の朝は、とにかく機嫌が悪いのだ。
朝はなんてったって眠いもの、とても文章になんて長々と書いていられない。
読書感想文だって昔から苦手なのだ。
大体が2000〜4000字、やたらと句読点を打ってみたり「思います。」の多様など、あらゆる手でかさ増しするのがいつもの手段。
ほらご覧なさい、もう充分かさ増し出来ているでしょう?
尤もこんなずる賢さは事ここに至ってはなんの意味もないのだけれど。
兎にも角にもそんな胡乱な思考回路と戯れた後ベッドから身を滑らせ転げ落ちるまでが毎朝の恒例行事。
ぺたぺたと張り付く寝巻きをさっさと脱いでしまい、あとは朝からシャワーなんて決め込んでしまえば、それはそれはもう気持ちの良い朝らしい朝を迎えられると言うもの。
「週明けにでも…みんなに謝らないとなぁ〜…」
こんな後悔から始まる朝だけは、なんとしても回避したいものである。
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『──────僕と一緒に魔女っ子にならないっ?』
そんな馬鹿げた提案が、やけに頭から離れない。
朝、と言っても時刻は既に昼過ぎ。
簡単な身支度を終え、なんとなくテレビなんかボーッと見たりする特段何も無い一日の隙間。
やたらと粘着質な悩み事の様に彼の言葉が海馬に張り付いて離れようとしないのだ。
あの日の事は鮮明に覚えている。
あの後直ぐに携帯には家族からの帰宅を催促する通知が届いた。
見ると友人達からも通話やメッセージが何通か届いていたが、気分が悪く早退したと、そう簡単に返しておいた。
問題は高柳 梓くんの件だ。
彼の馬鹿げた提案には一も二もなく断りを入れて流石に遅くなり過ぎたと簡単に別れを告げ帰路に着く事にしたのだが...。
駅までの川沿い、並木通りと並走して歩く彼。
どこから出したのか魔女、もとい魔女っ子コスチュームは女の子らしいフリルのワンピースに変わっている。
そんな彼は同じ電車に乗りこんだかと思えば、乗り換え、更に同じ方面へ...。
「なんで、一体どこまでついてくるんですかっ!?」
そうピッタリと隣に立つ彼、彼女、やっぱり彼、高柳 梓にキツく言及する。
「女の子一人、夜道が心配だったから送って行かないとって思ったんだ、それに君ともっと話が出来るからね」
そんな風な尤もらしい事を言って全くもって離れようとしないのだ。
「女の子って、高柳くんも似た様な物じゃないですか、なんなら私よりも女の子女の子してるし...」
「あははっ!そうかな?ふふっ嬉しいよっ!」
肩幅なんかは微々たる物だが彼の方が少しばかり大きい。
けれどもそんな程度。
どっちが弱そうかと言われればどっこいどっこいの背比べ。丸っこいどんぐりと縦長のどんぐりくらいの差。
「もぅ、褒めてなんていないのに...!」
最早説得なんて物は諦めて、窓から覗く流れる景色に目を移す。
見慣れて見飽きたなんてことのない景色。
けれどもなんだか妙に情緒的な物を感じる。
「そんなに私と話すの楽しいですか?こんな地味な、つまらないチビ女と...悪趣味じゃ?」
気づけばそんな風に、試すような質問事を口走っていた。
「うん!楽しいよ?」
間髪入れず答える彼の笑顔に思わずドキドキとしてしまう。それは異性としてのものではなく、美少女の眩い笑顔による物なのは説明など、不要だろう。
「なんですかなんですかまったく!可愛い顔して...憎めないじゃないですかっ!」
そんなやり取りを交わしているうちにあっという間
キイイイィ─────と不愉快なブレーキ音。
簡素なアナウンスの後目的地の駅へと到着する。
「げっ...うそっ!?」
「あれっ?一緒だねっ!最寄り駅!」
「こういうのをきっと世間では、運命だなんて言うんだろうね?」
「やっ……やばい人ですかあなたは……」
「あはは!期待通りの反応だ! さすが理解者! いやイエローの魔女っ子ビンセント!」
「だっ…誰が!……ってなんだかそれは悪い気がしませんね……」
「さて、名残惜しいけれどもお供はここまで、これ以上はストーカーみたいになってしまうからね」
「ストーカーどころか女装も相まって既にして変態ストーカーですとも」
「最後にさ、君に一つ聞きそびれた事があったんだよ!」
「...?なんですか?」
「ねぇ君ってばやっぱり、本当は誰よりも...──────」
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そんな事もあり翌日の土曜日にもう一度また、二人時間とタイミングを合わせて会ってみる口約束を交わした。
意図も真意も定かではない、本当に行われるかも分からない催し。
昨夜の事が夏の暑さにあてられた夢や幻、走馬灯の類であったと言われても疑いもなく信じると思う。
そんな最中、参加の是非は非に傾きかけた時、いつの間にやらどちらからともなく交換していたメッセージアプリには、彼からの現実を突き付ける追い打ちのような私信の連絡が入っていた。
場所と時刻の指定、必要となる持ち物、それととびきり可愛い格好をしてくる様に指定された。
「とびきり可愛い...?その心は?」
約束か、おしゃれをして男の子と二人で会う約束...。
私に限ってそんな浮ついた物は無いと分かってはいるのだが...。
だからこそ詐欺やカツアゲ、ねずみ講なんかも警戒して念には念を。
週末と言えど日のある内、明るい時間の僅かなタイミング。
決して二人きりにはならない、第三者の目があるお店の中、お茶でも一杯だけ。
なんて年相応とは言い難い約束。
けれど年相応の危機管理は磐石。
ポケットには蚊取り線香を効率よく燃やすために買ってあった大型のターボライター。
これは単なる豆知識のようなもので、特段意味も他意も無いのだが、
ターボライターの火を肌に当てられたときの痛みは大きく太い注射針を刺された様な痛みが走るらしい。
大人でも飛び跳ねる激痛だ。
これは...単なる豆知識。特段意味も他意も無い。
「よしっ!」
とオイルの残量までをしかと確認...よしよし磐石も磐石。
簡単に…いや、ちょっぴりお気に入りの服なんか来ちゃって身支度を完了するとなるべく余計な事なんか考えない様に頭は空っぽに、駅までを足早に進んだ。
「私は一体全体…何を期待してるんだろ…」
向かう先は一つ二つと先の駅、電車代は180円位とお安く学生にも優しい。
喧騒往来激しい街並みから細く過疎った道を抜けていく。
時刻は18時、日のあるうちとは言ったが時間的にはなんともグレーゾーンである。
日は未だ落ちる様子は見せないが、辺りは大きなビル群などの建造物で薄暗くどこかアンダーグラウンドな様子をみせる。
街ゆく人はこの街には似つかわしくない蛍光色の胸もとがん開きなドレス。
仕立ての良いジャケット、ペイズリー柄のネクタイ、手入れの行き届いたギッラギラの革靴。
黒服のキャッチにチンピラ風な客引き。
『お姉さん仕事探してないっ!?』なんて声もかけられる始末。
「ひっひいぃ...世紀末...」
「とっ...とてもお家から数kmだとは思えない...」
慌てて端っこへ、誰の視界へも入らないよう寄ってみると、足元は一面の吐瀉物。
「──────うっひょあぁっ!?」
我ながら間抜けな声だと思った。
それは吐瀉物に対しての反応ではなく、見た事もない大きさのゴキブリの様なものが足元の吐瀉物から勢い良く飛び出し、駆け抜けて行ったことに対してのものだった。
尤も吐瀉物に対しても嫌悪の様な感情を大いに抱いているが...。
何はともあれ紆余曲折、くっさいくっさい裏路地を抜け、似つかわしくない煌びやかなテラス席を構えるイタリア料理のお店を通り過ぎた頃、指定のお店へとようやっと辿り着いた。
古びたビルの二階、吹き抜けになった入口から階段を登っていくタイプのお店。
名を『桃源郷』。
入口手前には準備中の木看板が置いてある。
一瞥の後、くるりっ踵を帰し帰路につく心持ちを携える。
こんな怪しげなお店に、準備中の扉を開け放って入って行けるほどの胆力は到底持ち合わせていない。
なにをかくそう
私、鹿内 凛は分別のある子供だ。
準備中と書いてあるならば準備が出来た後来れば良い。
それにこんな怪しいお店に、未成年で未だ子供な私が来ていいはずは当然無いのだ。
「さっ...早く帰ろ...」
サササッ──────ッ!
「ひょっわぁっ!!?」
ドンッ──────!!
足元を見たことない色の大きな動物が駆け抜けて行った。
痩せっぽっちなたぬきかハクビシン、或いは猫だったかもしれない。
とにかく黒くヌルッとした影だった。
そんな驚愕に身を踊らせて勢い余って後ろの入口扉と準備中の木看板に背中から強く尻もちをついてしまう。
「いっ...つつぅ!」
若干の内傷、痛みを他所にズレて傾いた看板を取り急ぎ元あった位置へ戻す。
そんな折、今度はドブ色の可愛らしい顔をしたネズミが足元をゆっくりと通り過ぎる。
「ケープハイラックスな匂いに引き寄せられて来ちゃったの?...私達、仲間だね」
何やら食べカスのような物を咥えてどこへやら戻る途中の様だ。
「懸命に生きてるんだね...、私も君と一緒だよ」
そう言い終える前に、ネズミは路地裏へと周り配管を通ってまたどこか近場の飲食店へと侵入して行った。
一連の流れで早くも今日一日、蓄えていた分の気力、体力を使い果たした気がする。
満身創痍と呼ぶには程遠いのだが、少し頭がクラクラと波打っている。
「そうだっ!」
「疲れた時にはそうっ!帰って大衆向けに剪定された程度の低いバラエティ番組を見るんだ!」
そうしたら一日の疲れだってなんのその、一笑に付すというもの。
「とりわけ私は空港で外国人をキャッチする番組が好きで〜...♪♪」
──────からんっころんっ♪
お店の扉、その上部、ドアチャイムが鳴る。
「──────ねぇ、さっきから騒がしいあなたはだぁれ...?」
「わっわわわっ!?」
──────────どすんっ!!
「あっ...アハハハ...ハハ...?」
日に二度目の尻餅。
尻餅の姿勢のまま後ろ向きに見上げたちょうど真上、白とも金ともとれる緩く巻かれた髪が鼻先をくすぐる。
その奥には整った彫りの深い顔、切れ長で大きな瞳が鎮座している。
高発色なグレー色のその瞳は例えるならシンリンオオカミ。
まさに、私なんて罠にかかった草食獣、鹿そのもの。
今すぐにでも取って食われてしまいそうなそんな雰囲気に、乾いた喉から言葉を出す事すら出来ない。
「客じゃぁ無さそうね〜...何か用?」
声色は凛としていて、スジが通った女騎士の様なイメージ。
少し気だるそうで、目元にはほんのりと隈ができている
仕立ての良い柄シャツからは豊満なお胸が、大人なデザインなスリットスカートからは健康的な程よく筋肉の乗ったおみ足がちらりちらり。
「え...えぇっと...あの」
なんだか妙に実感と現実味のある恐怖心。
いつ以来だろうか、捕食者に怯えるのは。
これはきっと前世の記憶!?
そうか、私ってやつは前世はきっと本当にケープハイラックス……
「しゃんとしなさいな、この...小娘!」
急に浴びせられた強い言葉に、草食動物な私は既にして仰向けの腹だし降伏状態。
「ひぃっ!」
「こっ...!こ、こむしゅ...め...泣」
あぁ食べるならいっそ、一思いに……。
目元から、一つ二つ何やらお水の様な物が流れ落ちたが、今日の空は晴天のハズ。
きっと通り雨の様な物だろうと言い聞かせ、決断付ける。
まだ、まだ諦めるのは早いっ!
まだ私は生きて『可愛い』を知りたい!
今はダメダメだけれど、いつか、長く生きたなら最後に可愛いの『か』の字くらいは知れるのではないか……なんて希望的観測を糧に、なけなしの勇気の絞りカスを抽出し、命乞いの要領で追い縋る。
「ぁの私!女の子みたいな、でも実は男の子で...なんだか様子のおかしい美少女にここに来いって言われてて...」
なんとか絞り出した声は、言葉を上手く形成する事が出来ず、なんとも支離滅裂な事を言っている気がする。
「.........なんて?」
あぁ、やっぱりダメでした。
「ひぃぃぃ!ごめんなさいごめんなさいっ!」
「ふぁっ.........?」
チカチカッと虹色とも取れる物が視界でスパークする。
極度の緊張からか、やがて更に視界は真っ白に、頭もどこかふわふわと思考も既に覚束無い。
...次第に意識は遠のき瞼も意志とは関係なく不随意に閉じていく。
受け身も取れず、正座の姿勢のままそのまま後ろへと倒れていく、最後に見た光景は汚い路地裏、シケモクで煮出した謎汁の横、交尾をするネズミの姿だった。
ヒュッ──────パタリッ──────
「ちょっ!ちょっとあなた!?」
鹿内 凛15歳。
思えば長く険しい人生でした。
願わくば来世には害獣では無く益獣でありたい。
そう切に願うのだった。




