12話「ビンセント」
──────「裁定者であり調停者よ...」
片手に持った杖を前に、手をその横へそっと添える。
今、まさに、魔法が解き放たれる!!!
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私、鹿内 凛は日曜朝のアニメは見逃さない。
戦隊モノにライダー物そしてその他諸々エトセトラ。
そして件の魔法モノ『魔女っ子パンチ』。
とりわけこの魔法と戦隊モノを合わせた息の長い作品が別格に格別に大好物で、小さな頃から一話たりとも欠かさずに観ている。
その中でも私の好みは強くて可愛いイエロー担当の『ビンセント』
その為だろうか?考えるまでもなく間違いなくその為だろう。
こんな強引極まりない提案をしてみたのは。
ほんの興味本位ではあったのだが、胸の中ドキドキと高鳴る鼓動に気づくと、もう目の前の光景に期待せずにはいられなかった。
基本こういった戦隊モノは5人以上、少なくとも2人以上は居るもので魔女っ子パンチも勿論5人体制のはず。
しかし目の前の彼は、今にも魔法を繰り出さんとする魔女っ子は、何が一体どういう訳か一人きりの様子。
そんな事も意に介さず、少しばかり地に着いた足を捻り、土埃をあげると少し周りをキョロキョロと気にした後彼は、黄色と純白の魔女っ子は声高々に声を上げる。
「──────すぅうーーーーっ……」
「まっ、まぶしい、しししっシエスタを抜けて、まっすぐ届ける愛のふっフレーバー!
満ちていく、ぬくもりのしっシンフォニー!
そっ……ソレイユ・アンバー・クラウン?!」
声高に唱えられた詠唱。
ステッキ(杖の様なドラムスティック)をクルクル回して、最後にはじけるように花や星、太陽の光が飛び出す。
そんなイメージ。
杖を天高く掲げると、目の前の大きなナラの木へと重力そのまま勢いよく振り下ろす。
──────ブワァアアアッッ!!
吹く一陣の風が鼻先を掠め頬を通り抜ける。
空と風が!
大地が鳴動する!
渦高く駆け上がる水の柱は雲を生み、切れ間から覗くその姿を大きな比翼の鳥へと変え金色の雷を纏う。
太陽を背に上空、今まさに...翼を広げ滑空する!
大きく嘴を広げ立ち上った水流の、雷の轟音がまるで鳴き声の様に我鳴る。
その勢いのまま私達の居る公園、その一角大きなナラの木へ着弾...っ!!
...する事は無く、妄想はここまで。
現実へと意識を直ぐ様シフトすると勿論そこには光り輝く魔法の陣もその粒子も魔力の片鱗すらも何も無い。
若干小さく風を切る「ヒュンッ」という空疎な音を残し辺りは静寂に包まれる。
「どっ!どうだった!?」
──────ぱちぱちぱちぱち。
拍手の音が木々の間、やけに響く。
私は振り下ろされた杖の先、『ナラ枯れの予防をしています』なんて赤文字注意喚起の看板を暫し無言のまま見つめてみている。
「………………………………………あれ?どうしちゃったのその顔...」
──────ぱちぱちぱちぱち。
「...おーい、聞いてるかい?」
「結構、僕の中で上手くできた方だと...」
「私は……私はこれを、ビンセントとは認めませんよっ!」
「!?」
「確かに、勢いは凄く良かった。それにはちゃでめちゃに可愛いかった……認めます」
「...ですが!なんというか魔法に対する........魔女っ子パンチに対する...なによりも「ビンセント」に対する」
「冒涜にほかなりません!」
「ぼ...冒涜っ!?」
ガーンッllllと聞こえてきそうなほど仰け反りダメージを受ける彼。
雰囲気、見た目、可愛いに関しては正直文句の付けようが無かった。
けれども身振り手振り、一挙手一投足から本気が伝わってこない。
終始一生懸命さは伝わるのだが、やはり恥ずかしさが先行しているのか、やたら共感性羞恥を誘うなんとも言えない後味の悪さがあった。
例えるなら、幼稚園のお遊戯会。
あってはならない劣情と親心のような庇護欲だけはやたらめったら、大いに擽られたなんとも言い難い後味。
オタクの、熱烈なファンの熱量は中途半端なソレを決して許さないのだ。
「でっ...でもでもこの魔法...結構練習してっ...!?」
「可愛いは...魔法は...魔女っ子パンチは...」
「ビンセントはそんな物じゃありませ──────ん!!」
「...っ!?」
「適当にやっても...持ち前の可愛さでどうにかなるだなんて、思ってたんじゃないですかっ!」
「うっ...それは!?」
「子供向けアニメだからって!クオリティをおざなりにしていたんじゃありませんかっ!」
「そっそんな事!......うぅ、グーの音も出ない...かも...です」
「いいですかっ!?魔法って言うのはもっとこう可愛いくて、全女の子の憧れなんですっ!」
「見ててください!魔女っ子パンチの魔女っ子達はもっとこう、必死で...懸命で儚くて...運命に抗っていて、けれども全てを覆うほどの『可愛い女の子』でありたいと思う心そのもので...」
バッっと手を大きく滑らせる。
先程の彼の動きを真似してみる。
真似と言うよりも、本家本元、子供の頃幾度となく真似をした魔女っ子達の決めポーズ。
もっとこう、指先までを、流れる血を意識して...身体の内側からとめどなく溢れる愛を魔力に変えて放出するイメージで...
「はぁっ──────」息を思い切り吸い込む。
──────確か...始まりはこんな感じ
「──────裁定者であり調停者よ...」
「まぶしいシエスタを抜けて♡まっすぐ届ける愛のフレーバー!!
満ちていく、ぬくもりのシンフォニー!
ソレイユ・アンバ──────・クラウン!!!!」
「!!??」
先程の彼と寸分違わず同じ魔法と詠唱。
違うのは身振り手振り、振り付けの正確さやキレもあるが、何よりも気持ち。
腹から声が、魔力が臓腑を駆け抜けていくイメージ。
丹田から目に見えない力を溜めて溜めて放出するイメージ。
詠唱を媒介にそんな力を身体中に巡らせて、外へと一気に出す。
「空を仰ぐ瞳に、永遠の閃光を。
闇を解き放つ、眩いほどのぬくもり!
オーラ・ヘリオス・ブライト!」
「黄金の糸で紡ぐ、あたたかな約束!
まどろむ心に、目覚めの輝きを!
ヘリアンサス・ルミエール・エスポワール!」
────────────「ゴォォォォォ……!!!」なんて
先程同様、当然魔法などどこにも発生してはいない。
「こっこれは...っ!?」
しかし、偶然とは言い難いタイミング。
見計らったかの様な強過ぎる風が二人の間を勢いよく吹き抜けて行くと、木々を、眼前に聳え立つ大きな大きなナラの大木を、振り子のように揺らすとその葉を幾つか散らせた。
「はぁ...はぁ...高柳くん、見てましたか?これが」
「ねぇ君...君ってば一体...!?」
「これが魔女っ子パンチ、イエローの……ビンセントの魔法です!」
「...す、すごい!すごいよ!」
「高柳くん、わたしねっ!」
「美しい物も、可愛い物も、綺麗な物も...ぜんぶぜんぶぜんぶ昔から誰よりも大好きで、憧れで...」
「これは昔、そんな私が一番最初に好きになった『可愛い』魔法なの」
子供の頃、繰り返し見た、見続けた魔法。
強さの象徴、負けない折れないめげない。
そんな事を教えてくれたわたしのバイブル。
小さなひまわりの魔女っ子のあの子達二人も、こんな魔法をきっと知っていたのかな。
あぁ...どうしようもなく、焦がれたい!!
「ねぇっ!今度は、高柳くんも一緒にっ...!」
『お前に...』
──────『お前に「女の子」や「可愛い」は似合わない』
「(ッ!?)」
頭の中、繰り返し反芻する。
とても嚥下出来ない、唾棄すべき言葉。
アラートの様な物がけたたましく頭のなか、手の届かない何処かで鳴り響いている。
これは警告か、或いは防衛本能の様なものか。
憧れと思い出の魔法。
蓋をしていた自分自身、殻から一歩抜け出そうとしたまさにそのタイミング、脳裏に過ぎった一言で思いっきり蓋を再度閉じられる。
いつだったか...思い返す必要も無い程に恒例化したモノ。
脳裏にこびり付いた粘度の高い悪意のある言葉。
家族に友達に...周りに繰り返し言われて来た受け入れ難いその言葉。
──────『お前に可愛い女の子は似合わない!』
ピタリッ、舞い踊る様な動き、そして思考が止まる。
指先まで入っていた力は抜け落ち、音もなく項垂れる両肢。
体から力が、気力が全て抜け落ちていく。
「...ど...どうしたの?鹿内さん?」
「すみません...なんでもないんです...なんでも...ないんです...」
力なくその場に座り込むと、両膝を抱えるようにして丸くなる。
荒れた呼吸を整える様に大きく深呼吸を何度か。
抱えた両膝が、両足が、細く痩せっぽっちでひどく頼りなく感じる。
「なんでも無いって事無いよ、顔真っ青だよっ.....冷や汗も...!?」
「私に...『可愛い』だとか『女の子』なんて言うのは、畢生関係の無い事象でした」
「それを、忘れていたそれを思い出しただけですから...」
深呼吸のお陰もあってか、身体の不快感は直ぐに引いていった。
けれども、先程までの浮ついた心は見る影もなく残ったのはただ砂を噛む様な無力感だけ。
受け入れてしまえば、抗わなければ、こんな苦しみも味あわなくて済む……そう、夢や希望なんてみなければ最初から……。
「……っ!よし!」
「ふぅ!もうっ、もう大丈夫です!」
整った呼吸、重すぎる重量のようなものから開放された身体を、背中をさすってくれていた高柳くんに少しの体重を預け立ち上がる。
「ほんとうに?...とても大丈夫には」
「はいっ!少し目眩がしただけですから」
「………そっか」
気づけば、身体に満ち満ちていた仮想の魔力も、夢や希望を内包したワクワクドキドキもどこかへ霧散してしまっていた。
「その…ごめん、きっと僕が君を引き止めたから……」
「えっと私、高柳くんに、偉そうに失礼なこと言っちゃいました…よね」
「…?」
「...けれど私!高柳くんは可愛いさだけなら超一級品!ネットなんかに上げたならそれはもうっ!直ぐにでも天下を取れる!そんな可愛いさだと思うんですっ!」
「でもでもっ!こんなに可愛い男の子が居たんじゃ、女の子も面目立たないってものですね!」
「可愛いさだけ……か……」
「けれども、可愛いさだけに胡座をかいていると、いつか足元すくわれてしまいますよ?...なーんてそれっぽい事言ってみたり!」
「……ッ!?」
「はっ!私はまた余計な一言を...!?」
「そっそれじゃぁ私は本当にそろそろ帰らないとです!家族からの連絡も絶えません」
「話を聞いてくれて心も幾分楽になりました」
「そのっ...ありがとうございます高柳くん、高柳梓くん!」
「またどこかで会えたなら...」
「...って」
「一体全体っ!なんだって言うんですかその顔はっ!」
──────「初めて...っ!!!」
「初めてなんだ...その...君みたいな女の子っ!!」
「──────!!??」
「可愛いさだけじゃなく、僕と僕自身と向き合ってくれたのは……!!」
「なっ!?泣いて...!?」
「なってくれはしないかな?……理解者に」
「理解者……」
「──────これは、これは後生だっ!君ってば僕と一緒に魔女っ子にならないかなっ?」
「いぃっ!?」
「わっ...わたしって奴は夢も現もぬかしません!ゆめは叶えるものではなく見るものなんです!」
「わっ...わたし、鹿内 凛は酷く利己的な現実主義者なんです...なので......もちろん絶対、絶壁に...」
「──────魔女っ子になんてなりません!!!」




