11話「魔女っ子パンチ」
「──────『魔女っ子』だからね!」
「あのぅ...それは……」
「──────漫画やアニメの見みすぎではないですか?」
「あのねぇ...君ってやつは...」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
魔女っ子とは一体なんだろう?
そんな疑問提起からの導入をしてみる。
魔女、一般的に超自然的な力や魔法を使って、人に害をなしたり、特別な術を行ったりすると信じられてきた女性のことを指す。
各媒体によって様々とその姿形を変えてきた魔女という存在ではあるが、私の中のイメージでは「なんだかお鍋グツグツとやたらカエルやらトカゲやらを煮込んでいる」老婆。
もしくは妖美なお姉さん。そんなイメージ。
魔女っ子とは、読んで字のごとくまだ子供の魔女、或いは少女の魔女を指す。
目の前の彼を見てみよう。
小さく華奢で色白でスタイルこそ良いのだがあっちもこっちも未成熟。故にあちらこちらと物足りなさがある。
言うなれば子供体型。
魔女のイメージと言えばやはり大人びた女性であったり、艶めかしいボンキュッボンな女王アリの様なダイナマイトボディを想像するものである。
その為目の前の自称魔女っ子はどちらかと言うなら紛れもなく魔女っ子という事になるのだろう。
尤も、これは女性に限った話。
男の子は、男の娘は魔女っ子という扱いになるのでしょうか?
...などとそんな事は詮無いこと。
可愛ければなんだっていい。
私、鹿内 凛はそういう人間だ。
「これは、至極当然な疑問なのですが、そんな自称魔女っ子さんがこんな所で一人一体何をしていたんですか?」
「女装して、人気の無い林の中...コソコソと……」
「......えっと、これには色々とやんごとなき理由が……」
「えっ?...ほんとに一体.........──────ナニしてたんですか?」
「なっ!何もしてないよッ!」
「いやっ...何もしていないという事もないのだけれど...」
モジモジと指先をいじらしそうにしている彼。
名前を高柳 梓ちゃん?くん?は現在やたらと露出の多い純白のデザイン性の高いドレスワンピースを着用している。
とてもこんな雑木林には似つかわしく無い格好だ。
手には上から羽織ったなら良く似合いそうな向日葵色にペイズリー柄の仕立ての良い外套を小さく丸めて持っている。
胸元には大きな黄金色の宝石のネックレスが着いており、その縁どりは紋様の様な仰々しい物で、何やらどうやら細く長いドラムスティックの様な物も手にしている。
これはもしかして、もしかしなくても魔女もとい魔女っ子のコスプレという奴なのだろうか。
「(んん...?こんな格好どこかで見たような...)」
「ほら、...魔女って女性の名詞じゃない?」
「ええ、そうですね?」
やや早口で、視線はやや上、どこか照れくさそうな面持ちの彼。
「それは...魔法使いではいけませんか?」
「女の子である事に意味があるんじゃないか、そう魔女っ子にね」
魔法を使う男性を指し示す言葉、魔法使い。
意味合い的には殆ど差異はない。違うのはただ性別とその呼称だけ。
なれば、まぁ細かいことを除けばどれだろうと構わないのではないだろうかと、思ったりする。
「僕の中で魔法はどうあっても女の子が使うモノってイメージなんだ」
「そういうものですか、いえ…かくいう私も実はそんなイメージです」
あらゆる媒体で扱われる魔法。
確かにメインで取り上げられがちなのはやはり女性を主役とした物。
魔女、魔法少女、魔女っ子、その他etc。
「女装は...魔女っ子になりたいからしている、という認識で合ってます?」
「大前提、女の子の格好、女装はまたこれとは別口と言うか...もっとずっと根源的な趣味と言いますか...僕の本質に他ならないと言いますか...」
やたらと顔を赤くして語り出す彼。
語る、と言うよりはなんだか審判にでもかけられている様な表情でこちらも段々とその気になってくる。
その後もやたらと弁明めいた言葉選びで話している高柳くん。
良く見れば、夜でも分かるほどに耳の先までもが真っ赤に染まっている。
それは季節に似つかわしくない紅葉の様な鮮やかな色合いで、頬には冷や汗の様な物も見て取れる。
今現在、夜ということもあり体感温度は25℃前後と言ったところか。
特段暑くも寒くもない中間温度。
大きく動いていなければ然程の暑さは感じない気温。
吹く風も木々の間を抜けてくる間に涼しい風へと変わり、なんとも過ごしやすい気温である。
けれども彼の両の手は所在無くうごうごと、視線はどこかキョロキョロと遠くを見ていて、私とは決して交わらない。
意図して交わらない様にしていると言った方が正しい。
何度か顔を覗き込んで見ても、やはり目は直ぐ様逸らされ決して合う事はない。
さっきまではあんなに目が合っていたというのに。
「それにほらこんな所でないと...ただでさえこんな、女の子の格好に魔女っ子衣装は目を引くモノでしょう?」
人気の少ない公園の隅、街灯の明かりのみ、薄暗い空間。
ここがもし、往来の激しい場所であったなら...、
それはもう目を引くなんてものではないだろう。
それは造形美の事でもあり、衣装の事でもある。
しかし、それは女装という点に関してであれば何ら心配は要らないと言える。
なぜならどこをどうとっても眼前の彼は一点の曇りも無く、断固として、紛うことなき美少『女』であるからだ。
「んんっ...やっぱりなんだか小さかったかなぁ...」
グイグイと引っ張られる裾という裾。全体的に少し小さめな、というよりタイトな衣服。
元のサイズ感とデザインが合わさりその肢体をあちらこちらとあられもないモノとしている。
自らもその露出の多さには若干の気恥しさはあるのだろう、動く度に不随意にめくれるあらゆる箇所を忙しそうに手で抑えては直しと繰り返している。
そんな姿を見て、なんというか...あってはならない劣情を駆り立てられる。
けれども直ぐに意識を切り替える事でなんとか間一髪事なきを得る。
あわやあわやこんな所で人生を棒に振るところだった。
私、鹿内 凛は常にリスクヘッジをしている。
一時の快楽 一生の後悔。そんな言葉を常に念頭に置いて行動している慎重な女なのだ。
「それと!」
「学校から近いっていうのもあるし...公園は女の子の格好に着替えやすいし、大きな声を出しても大丈夫だし...」
「そっそれとそれと......」
「詠唱...を人に聞かれたりなんかしたら、恥ずかしいじゃない...?」
「その点公園は広いから〜──────」
「詠唱...って一体……?──────」
「えっ?うん...っとね、魔法の様なもの、かな...?」
「変に思うよね!でも決して変な人ではないんだ!...変な事には変わりないんだけれど...」
「まぁ...ちょっっっと特殊な人間だって言うのは、自分でもわかってはいるんだけれど...ね」
「どうしても……」
「どうしても練習しないといけないんだ...『魔女っ子パンチ』の魔法を……」
「!?」
「魔女っ子...魔女っ子パンチって言いましたかっ!?」
「えっ...うん、知ってる?『魔女っ子パンチ』」
「き...聞かせてくれませんかっ!」
「えっ!?」
「私に『魔女っ子パンチ』の魔法を聞かせてみてはくれませんかっ!?」
間の抜けた彼の声、自分でもびっくりな大きな声。
静かな木々の隙間、二人だけの空間、やけに響き渡って聞こえる。
突拍子も無い、無謀且つ無茶ぶりだと言うのは自分自身良くわかっていた。
けれどもどうにも、止められない。
なにをかくそう
私、鹿内 凛は『魔女っ子パンチ』の大ファンなのだ!
説明しようっ!
『魔女っ子パンチ』日曜朝9時から放送中の子供向けアニメ。
1964年からリメイクにリメイクにリメイクを重ねた超長寿国民的魔女っ子アニメ。
簡単に言うと良くある戦隊モノと魔法モノを合わせた物だ。
魔法を扱う少女達。レッド、ピンク、グリーン、ブルー、イエローからなる戦隊モノ。
取り分け私はイエローの魔女っ子戦士「ビンセント」の大大大ファンなのである。
主役であるレッドやブルーその他雑輩を導く凛とした強い女性像。
清く、可愛いく、強く、美しく。そして逞しい。
戦いの最中、決して涙など見せない!
武器は魔力を纏った己の拳のみ!そんな強く可愛い女の子の象徴。
私の人生の憧れ『可愛い』の象徴がかつての小さな向日葵の魔女っ子達だとするなら、彼女はある種人生のバイブルの様な『なりたい自分』を象徴するキャラクターなのである。
これを...これを見ないなんて、私自身への冒涜に他ならない!!
「えぇっ!?えぇ〜と...その、どうしようかなぁ...」
「あまり人に見せる様な物では...」
モジモジといじらしそうに、けれども何処か嬉しそうな表情の高柳くん。
指先を所在無く合わせ、足なんかもぷらんぷらんどうにもご機嫌だ。
おやつを貰う犬の尻尾の様な、甘えたがりの猫の様にも見える。
羞恥心と承認欲求、それから自己肯定感の狭間で揺れ動いているのか、実際にふらふら、ぷらぷらと揺れ動いている。
しばらくお互いに踏み出せずそうしていると、自らが酷く浅ましい行いをしたのではないかと気づく。
「あぁ...!、すみません不躾に...つい興奮してしまいました」
「出会ったばかりでわたし、失礼でしたね...」
「とても、とてもとても残念ではありますが、その...諦めま...」
少し、感情的にと言うよりは喜びや期待の様なもので我を失っていた。
いつもの私なら先ずこんなズケズケと浅ましいお願いごとなどしなかったであろう。
疲れた心身がそうさせたのか、真意は不明だが、兎にも角にも、全てを夏の暑さのせいにしてみる。
「──────その...さ、一回だけだよ?」
「!?」
「いっいいんですか!?」
突発的なわがまま、ダメ元ではあったのだが……諦めたまさにその時、どうやら何か心変わりがあったのか見せてくれる事に。
もしくは本当は誰かに見て欲しかったのか、彼の表情を見るにその説がやけに色濃く感じる。
けれども、きっとこれは私の我儘という点だけではなく、彼にとっても良い提案であったと思う。
散々私の悩みを、吐露したとろとろのストレスを受け取った彼。
自らの話のターンになるも、羞恥心から来る緊張を抱え中々話出せずにいた様子。
特段、今日出会ったばかりの私達の関係に強制や義務の様な物は勿論無いのだけれど話を聞いてもらった手前、こちらもやはり相手の話を聞くのは当然の事。
それにきっと、私を引き止めたのは何か一人では解決出来ない悩みのような物が彼にもあると言う事。
通りすがりの誰かでもいい、一時でも一瞬でも一端でもいいから理解してほしい。
そんな苦しさは、心細さは、私は身をもって知っている。
そして何よりも気がづけば私自身が彼ともっと話をしてみたいと思っている。
何故だろう?夏の暑さのせいか、茹で上がった脳みそがそうさせるのか、理由こそ分からないが兎にも角にもそうしてみている。
そんな彼、高柳 梓は未だドキマギしながらも、ウキウキ、ワクワクとどこか嬉しそうな表情で足元に簡素な魔法陣を描いてみたりと準備をしている。
「じゃあ、見ててね?」
意を決した表情と、ピンッと伸びた背筋。
大きく息を吸い、数回喉を鳴らす。
風に乗って飛ばされそうな程の細く軽い綺麗な頭髪が大きく靡く。
木々の間、風の音も葉の擦れる音もまるで嘘のように静まりかえり凪いでいる。
固く結ばれた口を静かに解き、くちびるを軽く湿らせる。
やおら、ゆっくり、静かに...紡ぎ出す。
「──────裁定者よ...」
「...!!」
キラキラと自分の瞳が、心が、期待で高鳴り光り輝いているのを感じる。
「これはイエロー...「ビンセント」の詠唱...!?」




