76話 なりたい自分
キュッキュッ…蛇口をひねる。
ターク「…」
パシャっと顔に水を跳ねさせて顔を洗う。
ターク「ふぅ…」
ゆっくりと顔を上げて水を払う、そこには冷酷な自分がいつもいた、顔だけは人が死ぬことをなんとも思っていなかった、しかし本当に顔だけだったのだ、心残りだった…小さい頃…あの時誓ったのは人が悲しまない世界を作る…そう誓っていたのだ、血に濡れた自分の顔とナイフがある空間で。
ターク「…っ…はは…ははは…」
タークの顔に笑みが溢れる。
ターク「バカらしいんだよ」
真顔に変え、蛇口に手を掛け水を止める。
タークはただ鏡の自分を見つめていた、その瞬間、鏡の自分は怯えている顔だった、見ている自分はそんな顔をしてないはずなのに。
ターク「…違う違う違う…!」
タークは洗面台に強く手をついて下を見る、少しの頭痛と共に先程の男の家族、男自身の事がよみがえる。
方法はいくらでもあった。
ー15年前ー
ランデル「また見てるの?植物の本」
小さな椅子に座ったタークに近付いて話しかけてくれる。
周りの子供達は積み木やお人形で遊んでいた、お絵描きしている子供もいる。
ターク:4歳「うん…パパが良く話してくれたんだ、大きな木はね…話しかけてくれるんだよ?」
ランデル「そうよ…その通り」
ターク「…え?」
ランデルは思い出すかのように微笑み
ランデル「私が小さな頃…大きな木にぶら下がったブランコに何度も通ってたのよ…」
ターク「大きな木の…ぶらんこ?」
ランデル「そうよ…でね…何日も何日も通ってたんだけど…新しく何か建物を作るからって理由で伐る事になっちゃったの」
ランデルは少し目を伏せながら。
ランデル「私は今日が最後の日だって…なんとなく分かったの…まだ私は小さかったけど…ただ…分かったのよ…だから目一杯楽しんだわ…色んな漕ぎかたをした…」
ランデルは優しくタークの頭を撫でる。
ランデル「その時…大きな木が話しかけてくれたの…ありがとうって…その日初めて沢山の葉が私の場所に舞って落ちてきたのよ…」
ターク「…すごいね!それって!でも…なくなっちゃったの?」
ランデルは少し笑い。
ランデル「えぇ…がっかりしたわ、私もタークくんみたいに、両親を亡くしたのよ…祖母が引き取ってくれたのだけれど…心の痛みは消えなかったの…その木で遊んでる時を除いてね…」
ランデルは微笑みながら続ける。
ランデル「けど…そんな最後の日から…私はいつからか…痛くなくなったの、私に何か生きる活力が芽生えたのよ…良い…?タークくん…それが成長ってものなの。」
タークは少し目を輝かせて。
ターク「成長…?」
立ち上がって少し小走りに本棚に向かってある本を取って再び小走りに駆け寄る。
ターク「成長したら!大きくなったら!こんなヒーローみたいになれるかな!?」
タークはスーパーヒーローの漫画を見せる、赤いマントがヒラヒラしている表紙だ。
ランデル「なれるわよ…きっと、私もなったんだもの」
ターク「ヒーローなの!?」
ランデル「ふふ…タークくんから見たらどうかしら、でも…タークくんみたいな子を笑顔する、それってヒーローらしくないかしら?」
ランデルは周りの遊んでいる子供を見渡しながらそう言った。
ターク「うん!うん!でも僕はね!僕はね!力が強くて!空を飛べて…」
ランデルはタークにとって漫画のようなヒーローではなかったが、間違いなく強い存在だった、自分が手出し出来ないような、かといって優しさは絶えていなかった。
…そんな日々は何か物足りなかったが、楽しかった覚えがあった。
ー異世界ー
ーガルド族領ー
ー朝ー
グリンス「うっ…ぅぅ…」
グリンスが目を覚ます、ゆっくりと目を開ける。
グリンス「ここは…」
傍に突っ伏して寝ていたマールとゲマナ。
マール「ん…んんぅ?グリンスさん!目を覚ましましたか!」
ゲマナ「っ…グリンス…良かったぁ…」
マールとゲマナは安心して一息つく。
グリンスはゆっくりと身体を起こす。
グリンス「少し痛む…」
マール「今特製の塗り薬を持ってくるので待っててくださいね!」
マールはさっさとテントから出ていく。
ヴァルド「おっと…」
マールが出て入れ違いでヴァルドが入ってくる。
ヴァルド「グリンス…やっぱりか、お前は女の癖にタフな奴だな」
セリーヌ「考えが古いのよ…まったく…」
セリーヌもヴァルドに続いて歩いてくる。
グリンス「……」
グリンスはヴァルドとセリーヌ、ゲマナを見て微笑む、しかしすぐに考えるような目になる。
グリンス「タークは…?」
三人は目を逸らすように考えて。
ゲマナ「聞いて欲しいんだけど…ターク…様子が変なの…きっとグリンスが…傷つけられたからか…」
グリンスはそれを聞いて少し急ぐようにベットから降りる。
ゲマナ「ちょっと…!まだ早いって!」
グリンス「構わない…」
グリンスは残っている傷、腹部を抑えながらテントから出ていく…。
一方…テントで。
ターク「…っ!」
タークは眠っていた…が飛び起きたのだ。
ターク「…(そんな訳がない…そんな訳がない…)」
夢がフラッシュバックする、ナイフを持っている自分、目の前には…緑髪の女性、美しい女性、死にかけていた、そして生温かい血の感覚。
ターク「…(俺にはグリンスを傷つける力なんて…っ!くそ…くそくそ!!!)」
タークは頭を抱えて勢い良く立ってテントから出る。
その瞬間、目の前にグリンスの姿が見える。
タークは目を見開いて数秒止まる。
グリンス「ターク…」
グリンスは腹部を抑えながらも綺麗な青い瞳で見つめている、朝の光に反射されながら。
ターク「やめろ…」
グリンス「っ…?ターク?」
ターク「あー!!!くそ!」
タークは顔を振って逃げるように去っていく。
グリンス「っ…ターク?ターク!」
グリンスは追いかけようとするが傷が痛んで腹部を抑えて膝をつく。
その時、マールが薬をもって駆け寄る。
マール「グリンスさんっ…どうしてテントから出たんですか…まだ完治ではないんですよ…?」
グリンス「タークが…タークが…」
マールは目を伏せて。
マール「…分かっています…ただ、今は自分を大事にしてください」
…
タークはベースキャンプを下を向きながら早歩きで進んでいた。
ルニャB「にゃ!ボスにゃ!今日はオレが狩りに一緒にいくにゃ!!」
ルニャBは姿勢を正して敬礼する。
しかしガン無視で行ってしまうタークであった、ルニャBには冷たい風が吹くような感覚があった。
タークは気付かない内にどんどんと歩いていた、気付いたら砂漠の丘…ベースキャンプからは離れていた、しかし止まったら考えてしまう。
タークは止まらず進み続けていた。
その時、魔物が目の前に現れる。
グル「キュルルルル!?」
グルは二足歩行の爬虫類のような肉食系の恐竜だ、大きさは人間の1.5倍程。
タークは立ち止まり後ろで手を組んで姿勢を正していた。
グル「キュルル…」
グルは横に歩きながらタークへの攻撃の隙を狙っていた。
タークは横目で丘の近くに生えているツタを発見する、腰にはナイフ、それを掴むのに躊躇したが握ってゆっくり抜く。
ターク「来いよ…」
グルはそんなタークの言葉に反応したかのように突進してくる。
ターク「っ!」
タークはギリギリで避けては一気に走ってツタの元に行く。
グル「キュルル!?」
グルは反応して追いかけてくる。
タークはなんとか走りながらナイフでそこそこの長さのツタを切って走り続ける。
そしてしばらく走っては急に立ち止まりツタを張らせてグルの目に視線を合わせる。
ターク「来いよ…結構太いぞ」
グルは立ち止まらず噛みついてくる、その時だった、ツタを噛ませて歯を食い込ませる、そしてさらに頭に一回転するように巻き付けてはツタで身体中をグルグル巻きにしていく。
グル「キュルル!?キュ!?」
グルは体勢を崩して地面に倒れる。
ターク「ずっとそこでそうしてろ」
タークはそう言い捨てると再び歩いて奥に行ってしまう。
…
そうして歩き続けていると気付いたら丘の上、空は暗く星満点…。
タークはそんな景色を再び後ろに手を組んで眺めていた。
ターク「…」
コツっ…聞き覚えのあるブーツの音が背後から聴こえる。
ターク「流石だな…俺が何時間もかけて登った場所に…わずか数分で来るなんて…」
タークはそのまま振り返る。
グリンス「…」
ターク「しかもその怪我で」
グリンス「ターク…何があったんだ」
グリンスは一歩踏む。
ターク「来るな…マジで」
グリンス「…」
グリンスは立ち止まる。
グリンス「下のグルは君がやったのだろう、魔物をツタでグルグルにするのは君くらいだ」
ターク「…そうだ…俺には…お前みたいに強靭な肉体なんてない…だから魔物を攻略するのも一苦労さ…それは人間も同じ…そのはずだった…」
グリンスは目を細める。
グリンス「…どういうことだ?」
ターク「…。俺は…この世界に来る前に女性を殺した…俺が手も届かないと思ってた強い女性だ」
グリンス「…っ…?」
タークは目をつぶり話を続ける。
ターク「…簡単に死んだ…ナイフで刺して…血が出て…叫び声が…」
そう言葉で発する度に思い出してしまう、その度に眉間にシワを寄せて話を続ける。
ターク「…グリンスは強い…俺は子供の頃…その女性に向けていた考えと同じ事をお前に感じていた…俺の中のグリンスは無敵だった…けど、死にかけていた…そりゃ…今でも俺は傷つけられやしない、けど…死ぬことが分かってしまった途端…なぜだか、女性を殺した時の記憶のように、夢でお前を殺してしまう。」
タークは手を震わせながら。
ターク「その想像をする度に…グリンスといるのが辛くなる…俺は一人の方が良いのかもしれない…そう思ってしまう」
グリンス「…」
その瞬間グリンスは素早い動きをする。
ターク「っ!?」
タークは反応する間もなく腰のナイフを抜かれ取られる。
そしてグリンスに足をかけられ転ばされる。
グリンス「ターク…よく聞いてくれ、私は君を…心の底から愛している…初めて恋というものが分かった」
グリンスはそう言いながら傍に膝をつく。
グリンス「君が出来ると思うことは確かに出来る事なのだろう…けれど君に出来ると囁く言葉は君がしたくない事だ…それはおそらく過去の君の悲しい出来事のせいだ」
グリンスはそう言い切った瞬間微笑み。
グリンス「私の知っているタークはそれをしない…考えて辛くなるのはそうであろう…だが…もう少しの辛抱だ…時間をくれるなら…君が私を確実に殺められないよう強くなろう」
ターク「っ…グリンス…」
タークはその瞬間認識した、傷をつけられない、それは相手が強い弱いではない、愛おしいから傷つけられない。
涙が溢れてくる。
グリンス「…私が好きか?」
グリンスは微笑んだまま聞いてくれる。
ターク「大好きだよ…」
グリンスはふふっと微笑み頭を撫でてくれる。
ターク「…」
ランデルが撫でてくれてたような時の感覚が蘇る。
グリンス「…聞くと…聞くと言って聞けてなかった君の過去を聞こうじゃないか…」
グリンスはそのまま自身の胸に抱きしめ囁いてくれた。
続く




