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二人羽織り  作者: ?
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10

二章 山


サチ


スクールバッグにぶら下がっている小さいお人形のお腹をなでた。カヨちゃんが作ってくれた私の人形。ゲンキは退屈そうに山の入り口を見ている。

「あいつらもうどの辺りまで上ったかなぁ」

気づけば携帯のデジタル文字は坂本たちが上ってから20分たったことを示していた。

「20分たった。行くわよ」

 サチが呼んでもゲンキはぼぉと山を見ていた。二人の何百倍を生きてきた大きな木々が二人に覆いかぶさるように上から影を降ろしていた。

「ゲンキ?」

「ん?ウース」

「何ぼんやりしてるの」

「いや、別に」

 ゲンキは不思議そうに首を傾げると、歩みだした。サチとゲンキは並んで山に入った。今日の山は静かで動物の鳴き声はしなかったが、木々と土の匂いは鬱蒼と辺りを満たしていた。

 良い匂いだ。この匂いは好きだ。気分が落ち着く。良い匂いだ。

 湿った落ち葉を踏み潰して二人は参道を上がっていった。

「しかし、お前は何で俺たちと組んだんだ?関目当てか?」

 静かな空間にゲンキの言葉が唐突に浮かんだ。

「違うわよ」

「じゃあ、坂本か?」

「だから違うって。そういうの無いから」

「じゃ、なんで?」

「なんでって……」

 サチは言葉につまった。“なんで”って、いつから私はゲンキや坂本と一緒にいることに理由と説明が必要になったのだろう

ただ、なんとなく中学にあがっていつも異性といることが恥ずかしくなって、なんとなく自分からは二人に会いに行かなくなって、そうしたらいつの間にかほかの友達や彼氏もできて、ますます二人と話さなくなった。少しずつ積み重ねた“なんとなく”がいつの間にか越えられないほど高くなっていて、私たちはいつの間にか他人になっていた。なんでだろう。あんなにもいつも一緒で、あんなにも私には彼らしかいなかったのに。それは何となく“何となく”に流されてしまったのだ。

だけど、こうしてまた二人と元通りになれた。半決めのとき、一生懸命昔のいつも通りに坂本に声をかけたけど、本当は足が震えていた。油断すれば声も掠れてしまいそうだった。でも、少し話しただけですぐ私は昔の私のように彼らと話せた。嬉しかった。どうしてだろう。嬉しかった。どうしてだろう。

彼らといると、私は私でいることに不安がなくなる。

それでこそ今更彼らの元に戻った理由を問われると、サチには少し恥ずかしく、そして少し辛くなり

「別になんだっていいでしょ。気分よ」彼女はいつも通り、素っ気なく返した。

「へぇそうかい」

 ゲンキは煮えきらぬように言ったが、行く先をキッと睨むサチの横顔を見て微笑んだ。

「そういえばここ、思い出すわね」

「え、何を」

「昔、坂本と私とあんたでさ。山登っていたとき、あんたがさ、ここでさ」

 不機嫌そうだったサチが、急に楽しそうに喋りだしたかと思うと、今度はその肩がみるみる震えだした。ゲンキは彼女が何を言おうとしているのかハッと悟った。そして「もういいだろが、その話」と顔を真っ赤にしたが、サチはとめる様子もなく

「急にあんたが顔真っ赤にしてうずくまっていて、駆け寄った坂本の耳元で何か言ったかと思ったら、坂本があんたを背負って山を駆け下りてって、私も何かあったのかと思って慌ててついて行こうと思ったら、あんたが思いっきり大きい声で「来るなー」って。そしたら二人で茂みのほうへ入って行っちゃって、私どうしようかと思ったんだけど、結局私も追いかけて、そしたら茂みのほうでなんか変な音がして」

 サチは可笑しくてたまらないといったように、時折ヒッヒッとお腹を押さえて息を吐き出しながら「変な臭いもして、私そのとき気づいたけど、あんた、ここで」

 そして、とうとうサチは絶えられないように笑い出した。ゲンキは「もういいだろ」と半ばやけくそ気味に叫んだ。ムスッと顔をしかめて、早足でサチから逃げるように歩いた彼は、足元をおろそかにして木の根に躓いた。

 派手に転んだ彼を見て、笑っていたサチも心配そうに近づいた。

「ちょっと、大丈夫?」

「痛ったー」

「大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫。痛った」

 ゲンキは何とか立ち上がったが、右足を地面につけると足首に鋭い痛みが走った。

「歩けそう?」

「大丈夫だよ」

「ちょっと無理しないでよ。逆にめんどくさいんだから」

「お前のせいだろ。大丈夫だって」

 ゲンキは痛みを隠すためにいつも通り歩こうとしたが、どうしても傷む右足を強く踏み込んで歩けなかった。そのため体はやや左側に傾いていた。

「ちょっと、ほら肩かしなさい」

 サチはゲンキの前に右肩を差し出した。

「いいって」

「いいから。ほら。動けなくなったら逆に面倒でしょ」

 ゲンキはしぶしぶ照れくさそうに、サチに肩を組んだ。サチはゲンキの腰に手を回して、彼の左半身を支えた。二人はまるで男の親友同士のように肩を組んで山を登った。

 ゆっくり、ゆっくりと二人は山を登った。だんだん暗くなり、肌寒くなる山の中で二人が触れている部分の体温は浮かび上がるように暖かかった。二人の間にもう言葉はなかった。ただ、みしりみしりとゆっくり地面を弾く足音と、障害物があるたびに接合部にかかる重量と、吐息と、木々の間を吹き抜ける風の音が彼らの言葉だった。彼らにお互いが何を考えているか確かめる必要はなかった。例えお互いが全く別々のことを考えていたとしても、今の彼らはお互いの存在を感じることが出来るのだ。そう言う時に言葉は景色のなかに消えるのだった。


二人の頭の中には、しかし偶然同じ感覚が去来していた。それは郷愁に似た何か寂しい感覚だ。その感覚があまりに寂しくて先に口に出したのはゲンキのほうだった。

「こんなこと前にもあったような気がするな」

 サチは驚いたように頷いた。

「私もそんな気がする。ずっと前に」

「何だったっけ。思い出せないな」

 サチとゲンキは一様に思い出しながら歩いた。辺りは暗くなっていた。霧が立ち込め始めた道が、少しずついつもと違う異様な世界になっていくような気がして、サチの心にも不可思議な霧がかかっていった。心は不安と寂しさと、そしてどこか幸福な感覚に包まれた。深深と山を進むに連れて、自己の内部も深く深く沈殿していく気がした。

 そう確かにあった。こんなことは確かにあった。それは、いつだったっけ。どんなことだったっけ。

 考えているうちに彼らは山の最初の踊り場である青門寺に近づきつつあった。サチは広い場所にでたら、大声で坂本を呼ぼうと思っていた。いつも、二人が困ったら坂本に助けを求めたように、今回もいつも通り、坂本に来てほしかったのだった。


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