ソフィー・リニエールのがんばる毎日Ⅳ
すみません、今回はちと短いです(;'∀')
頑ななまでの断固としたソフィーの拒否に嫌な予感を覚えたマルクスは、そっとルカに耳打ちする。
「なぁ、お嬢さんのこのキレっぷり。もしかしなくても、またお姉様案件か?」
「はい……」
「うわ、関わりたくねぇな」
幼少期、家族の死でスラム街に落ち、その後ある伝手で銅星に入ったマルクスの危機回避能力は高い。
環境がそうさせた結果だが、そんな培われた回避力も今回はひと足遅かった。逃げようとするより先に、ガシッと腕を掴まれる。
「この男、ほんとにひどいのよっ。クリスティーナお姉様とのお茶会に、自分も同行するとうるさくせがむから、仕方なく連れて行ってあげたのに。早々にクリスティーナお姉様に対して『ただ化粧がうまいだけの女』と暴言を吐いたの! しかもセリーヌお姉様とラナお姉様もいらっしゃった面前でよ!」
「あの女は僕に挑発行為を行った。それに応えてやっただけだ」
ゆらゆらと湯気が立ちそうなほど怒りを露わにしているソフィーと違い、レミエルは淡々としている。随分な温度差だ。
きっと過日もこんな感じだったのだろうと、マルクスは容易に想像した。
が、ソフィー・リニエールはいつだってその想像の斜め上を行く少女だったことを、続く言葉で思い出す。
「もう、あまりに腹が立って! クリスティーナお姉様たちがお化粧室へ行かれている隙に、レミエルに手袋を叩きつけたのだけど――」
「は? え? 手袋、投げたの……?」
手袋を叩きつける。
それはつまり、決闘の意思を示したということになる。
「お嬢さん、可愛い女の子は男に決闘なんか申し込まないんだよ。知ってた?」
恐る恐るの問いに、ソフィーは憤然として返した。
「クリスティーナお姉様に無礼を働いたのよ。命を賭してでも、大切な方の名誉をお守りするのは、妹として当然でしょう!」
「妹、として……当然? いや、お嬢さんの方が年下な訳だし、反対に守られる立場では?」
素朴な疑問も、怒りで沸騰しているソフィーの耳には届かない。
「なのにっ、この男は平然と私との一騎打ちをスルーし、あろうことか私が気絶している間にクリスティーナお姉様に対して手袋を投げつけたのよ! 男性が女性に決闘を申し込む方がおかしいでしょう!?」
「気絶? お嬢さんがぁ? どのタイミングでそんな珍事が起こったわけ?」
時系列が分からず、マルクスは頭を傾げた。
「私の気絶は一番どうでもいい事でしょう。問題なのは、この男がクリスティーナお姉様を侮辱し、手袋を投げつけるという暴挙に出たことよ!」
「いや、どっちかというとお嬢さんが気絶した方が気になるよ。馬に蹴られてもピンピンしてそうなのに」
「ひどい……。いったい私を何だと思っているの……」
「ふつーに今後のためにも知りたいじゃん。お嬢さんが暴走しそうな時とか、気絶でもしてくれたら助かるんだけどなって、ずっと思ってたし」
「…………」
辛辣な言葉をさらりと言われ、ソフィーは虚無顔になる。
あれ、もしかしてエーヴェルトよりもマルクスの方が手酷い?
「……言っておくけど、私の気絶はクリスティーナお姉様のお美しさがあってのことよ。それと同時に、耐えられなかった私の不徳とするところでもあるけれど」
「はぁ?」
いまいちピンとこない説明に、マルクスはもっと詳しくと促した。
「あの日、この男は、私が手袋を投げつけてもまったく拾うことなく、お茶を飲みながらクリスティーナお姉様のことを毒婦扱いしたの……っ。それで怒りが抑えられず、思わず短剣を握ってしまったのだけど、不覚にもお姉様たちが戻っていらしていることに気づけなかったの」
レミエルは臣籍降下したとはいえ、その血は誰よりも尊い。いまの身分も公爵家。そんな男に短剣を突き付けているところを見られ、ソフィーは血の気が引いた。
淑女としても、契りを交わした妹としても絶体絶命の大ピンチだったが、流石はクリスティーナ。
一切驚くことなく、柔らかな顔で優しく微笑むと。
『ソフィー、そんな怖い顔をしないで。レミエル様は、ソフィーの心がわたくしだけに向いていることがお気に召されないのよ』
そういって、ちらりと意味ありげにレミエルに目を向け、すぐに視線をソフィーに戻す。
『ね、ソフィー。いつもの可愛いわたくしのソフィーに戻ってちょうだい』
白い柔らかい指が、そっとソフィーの頬を包み込むと同時に、つま先立ちになったクリスティーナの唇がソフィーの額に触れた。
瞬間、脳への血流がバグを起こし、ソフィーはその場に倒れた。
王の剣にきて以来、クリスティーナに会うのは初めてではなかったが、多忙故に頻度は数える程度。
しかも、普段可愛くないものばかりに囲まれ、美しいものへの耐性も落ちていたソフィーに、額とはいえクリスティーナの口づけは僥倖過ぎた。
「あの女を毒婦と言わず、何を毒婦というのだ……。兄上も、あんな女狐早く切り捨てればいいものを」
憎々し気にレミエルが舌打ちするが、あの時の額への口づけを思い返し、気分が高揚しているソフィーの耳には入らない。
「ああ、でもいくら想定外の僥倖を頂いてしまったからといって、クリスティーナお姉様の前で気を失ったのは失態だったわ……っ!」
醜態を演じてしまったことへの後悔に、ソフィーは拳を握り締める。
そんなソフィーを、マルクスは薄目で見つめた。
ある意味、ソフィーらしい、正常運転過ぎる回答だ。本当は気絶と聞いて肝を冷やしたのに、そんなものはすぐに飛散し、聞いたことを心の底から悔やんだ。
「……あー、うん、ごめん。やっぱそれ以上はもう聞かなくていいや」
「いいえ、これはまだ序盤よ。そもそもの発端は、お姉様の卒院まで遡るの」
マルクスは聞く姿勢を完全に失ったが、ソフィーは構わず身体を乗り出す。
「勘弁して! ……つーか、お嬢さんって、普段は明瞭簡潔なのに、お姉様が関わるとほんと無駄に話が長いよね」
これも冗長パターンになるだろうと熟知しているマルクスは、先手必勝とばかりに無理やりソフィーの口を手のひらで覆った。
女性だからとか、紫星だとか、そんなものは関係ない。
クリスティーナのことに関してソフィーを止めるには、もう物理力しかないのだ。
「もうっ、はなひをひいてほうらい、まるふす」
それでもめげずに、もごもごと手の中でソフィーが口を動かす。
「はいはい、お嬢さんも元王子様も、変わり者同志仲良くしてね~」
「このふぉとこと、いっほに、ひないれ!」
「ソフィー、僕の親友よ。君はなぜそんなに臍を曲げているんだ? 月の物でもきているのか?」
「~~ッ!!!」
デリカシーの欠片もないレミエルの発言に、ソフィーの額の血管がブチ切れる。
マルクスとルカも、レミエルの発言に顔をしかめた。
なぜ、あえてつついてはいけない藪を荒らし、そのうえ燃え盛るたいまつを平気で投げ入れるのか。
これでいて本人に悪意がないのがまた質が悪い。
叫べない代わりに、んーんー! と怒りの声をあげるソフィーを、マルクスは仕方なく「どうどう」と、暴れ馬をいなすように宥めた。
「お嬢さん、落ち着いて。確かに、この元王子様は、お嬢さんの大切なお姉様にたいして無礼だし、平民のオレでもドン引くくらい無神経だと思うけどさ、役にも立つじゃん。ね?」
王家の生まれで、現在公爵家の家柄を持つレミエルに対しても、マルクスはあまり態度を変えない。本来なら大貴族であるレミエルに対し、マルクスの言動は不敬レベルなのだが、当の本人が気にしていないので許されている。
ソフィーに言えば怒るだろうが、こういう貴族らしからぬところがレミエルとソフィーはよく似ていた。
「ほら、この前の貴族の集まりでも、威光はでかかったって聞いたぜ」
「むぅ……」
悔しいが、確かにそれは事実だった。
ちなみにこの時のクリスティーナたちとのお茶会はわりと混沌としており、
いつかどこかで書きたいなぁと思っています(*'▽')
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