ソフィー・リニエールのがんばる毎日Ⅴ
レミエルは突飛で奇矯な言動も多いが、頭脳は優れ容姿は誰の目から見ても端麗。他者を圧倒するオーラは支配者そのもの。それが如実に現れるのは貴族たちのソフィーを見る目だ。
フェリオがソフィーを庇う言動を取れば愛人への欲目だと陰で非難されるのに対し、相手がレミエルとなると話は変わる。
「確かに貴族階級の説明会の時は役に立ったけど……」
とくにレミエルを幼少期から知る者の反応は顕著で、
『レミエル様があの紫星を評価しているのなら、本当に偉才のある少女なのかもしれない……』
と驚愕し、恐れおののくのだ。
名のある高位貴族の面々が青天の霹靂みたいな顔をする度に、この男は一体どんな奇行を繰り返してきたのか。知りたいような知りたくないような気持ちになる。
「男優位の貴族社会で、元王子様の血統は最強のカードだろう? お嬢さんだって使えるものはなんだって使って、最短で目的を達成したいって前に言ってたじゃん」
「そうだけど……」
誰だって王妃と名家カールフェルト家を敵には回したくないのだろう。レミエルが在席しているだけで場に緊張感が生まれ、前代未聞の女の紫星にも安易に嘲笑できる空気感は皆無となる。その恩恵は大きい。大きいが……。
「でも、この男は何度止めてって言っても二言目には私のことを『親友』と呼ぶのよ! それが高位貴族であろうが誰の前でも。その度に奇異な目で見られる私の身にもなってちょうだい!」
「それは僕が理由ではなく、君が奇異な存在そのものだからだろう」
「ちょっと黙ってて、レミエル! そのセリフ貴方だけには言われたくないわ!」
ソフィーが牙を剥いてきつく見据えても、レミエルはどこ吹く風だ。
レミエルに反省を促すなど魚類にお手を強制するようなもの。無理難題過ぎる。
頭を抱えているとマルクスがそっとソフィーの肩に手を置き、しみじみといった。
「ほら、得るものが大きいと失うものも大きいってよくいうじゃん。な?」
「代償が大きすぎない!?」
「うーん。でも、俺もお嬢さんと知り合ってうまいものを腹一杯食える反面、こうやってやりたくもない仲裁をしてるわけだし。きっと人生ってそんなもンなんだよ……」
どこか遠い目でマルクスが言う。ソフィーと違ってすべてを諦め、悟りを開いたような瞳だった。
自分の愚痴ばかり吐き出していたが、被害者は己だけでなかったことを思い出す。
レミエルの一番の被害者がソフィーなら、二番は間違いなくマルクスだ。
その現状を知っているだけに、慰めの言葉も出てこない。
「マルクス……、えっと、大丈夫?」
「別に不条理な目にあわされているわけじゃないし、いいンだけどさ。ただ、この元王子様と会話が成立するってだけで、俺がお嬢さんたちの仲裁役押し付けられるのは、いまだに意味が分かンねぇけど」
レミエルは興味のあるものにしか優秀な頭脳を使わず、それ以外の事には無関心。そのせいで、いまだに黒星の生徒の名も顔も覚えようとしない。
黒星たちからすれば名も顔を覚えられ、意思の疎通すらできるマルクスに、レミエルの世話を押し付けるのは自然な流れでもあった。
「マルクスの場合、元王子様って呼んだのがまずかったわね」
レミエルとマルクスはソフィーが学院に来た初日に顔を合わせていたが、大貴族と平民。会話などするはずもない。お互いが存在をちゃんと認識したのは、レミエルがソフィーに付きまとうようになってからだ。
そのさいマルクスが、『ああ、あの元王子様ね』と口にしたのだ。
あっけらかんとレミエルを元王子と称したことがレミエルの琴線に触れたようで、それ以来ソフィーが用事でいない時はマルクスに付きまとうことが多くなった。
どうやらマルクスの飄々とした、元王族であろうと特別視しないさっぱりとした性格が気に入ったようだ。
「いやいや。なんでそれで気に入られるのか意味わかんねぇンだけど……」
「そういう男なのよ。この男は」
「あ、そっか。頭がべらぼうにいい奴って、どっか人とズレてるんだったな」
「ねぇ、どうして私を見ながら言うの?」
紫星を賜った男爵令嬢に、元王族で現在公爵家の跡取り、そして一介の平民。
本来なら交わることのない身分の三人が、レスポンスの早い会話を繰り広げるのを、ルカは感心しながら傾聴していた。会話に入る混む余地も、口を出せる話術もないため、ただ見守ることしかできないのだ。
「マルクス、ソフィーが言うには『親友は一人で十分』らしい。それを遵守すると、君を親友にすることはできない。代わりに君のことは親友ではなく『友人』として認めよう」
突然のレミエルの発言に、横で聞いていたルカは驚いた。
大貴族と平民が友人???
血統を重んじる貴族階級ではありえない提案であり思考だ。並の貴族ではとち狂ったと心配される場面ですらある。
あんぐりと口を開いたまま閉じられないルカとは対照的に、ソフィーは眉間に深いしわを寄せ、マルクスは苦笑を浮かべている。
「この男は、どうしてこんなに上から目線で偉そうなの。そもそも私の言う『親友は一人で十分』の『一人』はレミエルのことじゃないし。それを理解しておきながら『親友』を自称し続けている太々しさにも腹が立つわ」
マルクスは怒っているソフィーを「まぁまぁ」と制止ながら、レミエルには軽い口調で返す。
「身に余る話で悪いけど、俺の死んだ兄貴の遺言でさ。身分の高い奴とは友人になるなって言われてンだよ」
「兄上が……。そうか、なら仕方ないな」
「ちょっと、なぜそれで納得するのよ! 兄の存在が免罪符になるって、なに!? いい加減にしなさいよ、このブラコン!」
「君はよく僕のことを『ぶらこん』というが、どういう意味だ?」
今度はぶらこんについて話題が広がる。
ちなみにマルクスに死んだ兄はいない。
確かに彼の家族は全員亡くなっているが、マルクスは五人姉妹の末っ子で、姉妹の中で男児は彼一人だったはずだ。
とはいえ、ルカがそれを指摘したところでマルクスはきっと、「隣家の兄ちゃんが言ってたンだよ。俺にとっては兄同然の人だったからさ」と、悪びれもなくさらりと言うのだろう。
彼のそういう世渡り上手な口上や場を納めるよう話術が欠片でもあったならと、たまに羨ましくなる。
あの時もそうだ――――。
ソフィーが久しぶりにクリスティーナと会えると嬉々として出向いた茶会。
あれは地獄絵図だった。
そもそもレミエルが参加すると宣言した瞬間から、ソフィー以外の全員が波乱を予期していた。
そう、ルカですら容易に想像できたことだったのだ。
だからこそ、先読みが得意なはずのソフィーが渋々ながらもレミエルの参加を受け入れたときは驚いた。たぶんソフィーとしては、レミエルもクリスティーナとちゃんと向き合えば、すぐに改心すると考えたのだろう。
そんな事はあり得ないと思うのだが……。
残念ながら、あの時のソフィーはクリスティーナだけでなく、彼女の友人であるセリーヌ、ラナも参加すると聞き、浮かれまくっており。茶会に想いを馳せすぎて、誰がどうみてもいつもの危機管理能力が機能していなかった。
そしてもう一つ敗因を上げるとすれば、ソフィーはレミエルのことを『第二王子として生まれ、臣籍降下したとはいえ王位継承権がまだその手にあり、現在も公爵家の長子として扱われている身分のある男』であることをまったく考慮していないことだ。
(ソフィー様、レミエル様を五歳児か何かだと思っていらっしゃるから……)
時々、純粋に疑問に思う。
自分より背も体格もいい男を前に、その認識は普通なのだろうか? と。
それはレミエルだけではない。ジェラルドやマルクスにでさえも、ソフィーはまるで年下のように接する時がある。
(ずっと不思議だったけど……でも、公爵家のご令嬢もソフィー様と同じような感じだったから、そういうものなのかな?)
茶会でのクリスティーナは、不機嫌を隠そうともしないレミエルに対して笑顔で接し、彼の不遜な態度にも顔色ひとつ変えず、ほどほどに取り成しつつ、ソフィーと二人だけの世界をつくっていた。
それが悪かったのだろう。
クリスティーナ達が席を離れた際、レミエルは『君はあれのどこがいいんだ? ただ化粧がうまいだけの性悪じゃないか』と吐き捨て、ソフィーの逆鱗に触れたのだ。
この後ソフィーがレミエルに手袋を投げつけ、拾わないことに業を煮やして短剣を握ったまでは、ルカも一緒に護衛にあたっていたジェラルドも想定内の出来事だった。
想定外だったのは、戻って来たクリスティーナ達に一連の言動を見られたことでソフィーが慌てふためき。それを落ち着かせるためか、クリスティーナがソフィーの頬に口づけし、結果ソフィーか失神したことだ。
これにレミエルが静かに怒りを露わにし、こちらはこちらで決闘騒ぎとなった。
手袋を地面に叩きつけ、ソフィーと話す時とは違う低い声で『剣を取れ、叩き潰してやる』と決闘を挑むレミエルに対し、クリスティーナは始終にこやかで。
『まぁ、レミエル様。わたくしペンより重いものなど持ったこともありませんわ』
とても軽やかに、彼女は笑っていた。
険悪な空気感を完全に受け流し、自分のペースを崩さない姿勢。ソフィーのこともレミエルのことも、まるで子犬同士の戯れを見守るようなまなざしでほほ笑む唇。
いま思い返しても血の凍るような時間で、正直めちゃくちゃ怖かった。
ソフィーを筆頭に、貴族の女性というのは、みんなあんな感じなのだろうか?
だとしたら、自分のような平民は絶対に立ち入れない領域だ。
一つ救いがあるとしたら、同じ護衛としてその場にいたジェラルドも同じような感情を持っていたことだ。
彼は止めに入りながらも、その目は死んだ魚のように濁っていた。いつも無表情で隙がなく感情が読めない彼だが、珍しく早く帰りたいのが目に見えて分かった。
最後まで楽しそうだったのはクリスティーナ御一行。
そして、唯一男性陣の中でラルスだけだった。
ラルスは目を輝かせ、
『とても素晴らしい茶会でしたね! こんな素晴らしいひと時を過ごせた幸福を、僕は一生忘れないと思います!』
あの混沌とした茶会を、すごく恍惚とした顔でそう称したラルスに、ルカは恐れおののいた。
ラルスは自分を卑下した発言をたまに口にすることがあるが、ルカから見れば十分大物だ。
あんな殺伐と混乱がグルグル渦巻く環境下で楽しみを見出すなど自分には到底無理だ。
(まだまだ足りないものばかりだなぁ……)
成長していない己にため息を吐きたくなっていると、突然ソフィーがハッとしたように振り返り、長い廊下に目を凝らしだした。小動物が危険を察するような動きだ。
「なに、急に。どうしたのお嬢さん?」
「……ジェラルドの気配がするわ」
「は?」
その場にいた全員が眉を寄せた。
マルクスもルカも気配には敏感な方だが、ジェラルドの気配などどうしたって感じない。
「いや、しないけど……」
マルクスが困惑の声を落とすより先に、ソフィーは脱兎のごとく走り出す。
風にまってふわりと花の香りが飛んだ。
ソフィーの香水だけが残された数秒後、曲がり角からジェラルドが現れた。
こちらはこちらでソフィーの居場所を問うこともなく、俊敏な動きで目の前を走り去っていく。
二人が去った広い廊下を見つめ、マルクスがげんなりと言った。
「マジでなんなの、あの二人……」
【お知らせ】
この度、7月11日(金)発売の6巻でコミカライズ最終巻となります。
森先生のソフィーは動きとか表情がとてもコミカルで可愛いので、原作でもできるだけ可愛さを損なわないよう気を付けてみたりと、私にとってもいただく影響が大きかったので、最後なのがとても残念で寂しいです( ;∀;)
ちなみに「電子はいいのですが、紙が……」とご説明いただいた時は、原作と同じ理由でデジャブかな?と思いました。原作からして完全に私の力不足なので申し訳ねぇと心底思います(´;ω;`)
森先生には最後までご尽力いただき、話数も増やして頂き、6巻は普段なら5話のところを7話入れていただいております。厚みマシマシです!私も見本誌を頂いて比べてみたのですがほんとに厚みが違う。紙をお持ちでない方も、もしよろしければ6巻だけでもお手元に…!
コミカライズは終わってしまいますが、なろうでは引き続き更新いたしますのでよろしくお願いいたします。※次回の更新は7月19日(土)を予定しております(/・ω・)/




