ソフィー・リニエールのみる夢 ―贈られた言葉Ⅵ―
容姿の良さだけでもおつりがくるだろうに。
そんなやっかみは表面上には出さず、ソフィーはつとめて淑女らしい真顔で問いかけた。
「それで、日記はどこまで書かれていたの?」
「側室の話を切り出された日までだ」
「そう……」
つまり、その後のフローリア妃については知る由もないということか。
「母上の日課はフローリア妃の霊廟を訪れ、数時間をそこで過ごすことから始まる。恐ろしいと思わないか。死してなおその執着だぞ」
唾棄するように続けるレミエルに、ソフィーはきょとんとした顔をした。
「恐ろしいかと問われれば、なんとも答えようがないわね」
「なぜだ?」
「なぜって、私も同じことをするからよ」
「は?」
「私だって同じ立場なら日参するわ。当然でしょう?」
告げた途端、レミエルの口元が引き攣った。
彼がドン引きしていることには気づかず、ソフィーは沈痛な面持ちで語る。
「本当に想像するだけで脳が拒絶するくらい嫌だけれど。もしも……、もしもそんなことになったら、私だって毎日のように祈り、敬愛を捧げるわ。一日たりとも欠かさずに!」
そもそも、いまですら天馬に宛てた手紙を日々書いているくらいだ。執着としつこさで言えば、自分は王妃にも負けない自信がある。
ましてや相手がクリスティーナとなれば、天馬の比ではないだろう。
なぜなら、天馬はきっと、いまだに親友への手紙を書き続ける自分を知れば、「うわ、気色悪っ……」と半目で非難するだろうが、クリスティーナは違う。
(お優しいクリスティーナお姉様なら、薄情な天馬と違って、一生想い続ける私を邪険にすることなく。それでこそ“妹”だと思ってくださるはずだわ!)
両手の指を絡め、うっとりしだしたソフィーに対し、レミエルは苦虫を噛み潰したような顔で呟く。
「理解できない……」
「あら、共感力の足りない男ね。確かに、お二人に起こってしまった心のすれ違いは悲しい出来事よ。殿下のことを想えば、別の選択肢を選んでほしかったと願わずにはいられないわ。……でも、だからといってフローリア様の人生が不幸で終わったかどうかなんて、いったい誰に推し量れるというの?」
「…………」
「フローリア様が本当に不幸だったのか。最後の時、悲しみの中で絶望して亡くなられたのか……。そんなこと、お二人にお会いしたこともない私が憶測で言えることではないわ。――でも、そうね。一つだけ私見を口にするなら……」
寄り添うように並べられた、黒と白の二つの駒。
その二つを手に取り、ソフィーはゆっくりとレミエルの紫の瞳を見つめた。
「フローリア様のお心から王妃様への思慕が消えることはなかったと。私は、そう思うわ」
敬愛する人に出会えた奇跡と、過ごした日々。
その思い出を恨むことはなかったはずだと告げる少女の直截さに、レミエルは一瞬息を詰めた。
「……命を縮められてもか?」
「本当にフローリア様は逃げることができなかったのかしら? 王位継承権争いに繋がる危険性がある女性、本人も望んでいないとなれば、逃亡の手助けをする人物は多かったはずよ」
「君は女のわりに、窮地に立たされた女には手厳しいんだな。相手は王族だ。逃亡によって降りかかる火の粉を考えれば、フローリア妃の心中も……」
突飛な発言ばかりで周りを混乱させてきた男が至極真面なことを言おうとしているが、ソフィーはこれを一蹴した。
「貴方こそ、分かってないわね。私が言いたいのはそこじゃないわよ。フローリア様はどちらを天秤にかけたか、ということよ」
「……どういう意味だ?」
「逃亡は、別離よ。一度逃げ出してしまえば、もう二度と王妃様にお会いすることはできないわ。フローリア様は王妃様を慕い、努力を重ねて女王の薔薇に入学した方だと言っていたでしょう。つまり、幼いときからフローリア様にとって王妃様は特別な方だった」
それはきっと、人生のほとんどを王妃に捧げたと言っても過言ではないだろう。
「失える? 側室という望む形ではなかったにしろ、それでも自分を手元に置こうとしてくれる最愛の人の手を払える?」
「なぜ僕に問う。分かるわけがないだろう。……君ならどうするんだ?」
「だから言ったでしょう。思慕が消えることはないと」
「っ」
「簡単に消え去ってしまえる想いなら、フローリア様は側室になる前に逃げ出していたはずよ」
どこか遠くを見つめ、いまは亡き人の心に想いを馳せる少女に、レミエルはぐっと奥歯を噛みしめた。
似ている。本当に、この少女の思考はフローリア妃に。
「……君がフローリア妃の心に寄り添えるということは、二の舞いになる気質があるということだぞ。言っただろう。このままでは同じ末路を辿ると」
膝の上でグッと拳を握るレミエルの声は、どこか焦燥感すら滲んでいた。
「ええ、覚えているわ」
「初めてあの女を見た瞬間、母上と同じ性質の女だと分かった」
なんの感情も映していない瞳。計算しつくされた笑み。
レミエルにとって、クリスティーナはまさに母親の写しのような女だった。
「あの手の女は、王宮に近づけば近づくだけ、繕ったほほ笑みの裏に闇を抱える。王妃として生きることにしか概念を持たない女だ」
生まれてきた意味は、王位継承者と結婚し、子を成すこと。
その結果――次第に心を殺していく。
「もし兄上が王位を剥奪され、僕にお鉢が回ってくれば、あの女は表情一つ変えることなく僕の婚約者におさまるだろうな」
「腹立たしいけれど、そうなるでしょうね」
ソフィーはレミエルの言葉を否定しなかった。
公爵令嬢としてのクリスティーナの出自を考えれば、拒否などできない。ヴェリーンの姓が、それを許さないからだ。そしてクリスティーナ自身も、己の運命を家名に左右されることを忌避していない。
「言っておくけれど、それは公爵令嬢としての矜持ゆえよ。クリスティーナお姉様が無機質な方だからではないわ」
「結果は同じだろう?」
「……貴方は、繰り返すことが恐ろしいのね」
何度も何度も繰り返す。似たような女が、似たようなことを起こす。まるで因果のように。
レミエルは、それが恐ろしいのだろう。
「でもね、同じではないのよ。何もかも違う。貴方はクリスティーナお姉様を王妃様と同一視しているけれど、同じ方なんてこの世にはいないのよ。私だってそう。私はフローリア様と同じ人間ではないわ。歩んでいる道が同じように見えても、まったく別だわ」
レミエルはクリスティーナを感情のない人形のように言うが、それだって間違っている。
確かに人形のような美しい容姿を持ち合わせているが、その中にはちゃんとクリスティーナ・ヴェリーンという魅力的な女性の魂が息づいているのだ。
「私が知るクリスティーナお姉様は、もっと人間味に溢れているわ。好奇心が強くて、ちょっとイタズラ好きなところもあって。それに、殿下のことだって大切に想っていらっしゃるわ。だって、ずっと昔から私のことを気にされていらっしゃったくらいなんだから」
「昔……?」
彼は急に腰を浮かせ、身を乗り出してきた。
「あの女は、君のことを昔から知っていたのか?」
「ええ、殿下が口を滑らしてしまったようだけど。……なぜそんなに驚くの?」
「――――君は、人生において望むときに望むものを与えられたことが、後の人生をどれだけ左右するか知っているか?」
(ん? つい最近同じようなことを言われたわね)
最近というか、昨夜だ。サニーの顔が思い浮かぶ。
『望むときに、望むものをいただくことを、人は奇跡と呼ぶのでしょうね』
そう言ってほほ笑んだ、サニーの顔が。
「僕はそれを兄上を見て知った。兄上はタリスに赴く前は、まるで生かされているだけの屍だった。目に力はなく、少しのことで体を壊す。王宮は兄上にとって毒でしかなかった」
このままではフローリア妃の二の舞になることを王妃も察し、しばらくの間ならと王宮から離れることを許したのだ。
「ただの焼け石に水でしかない対処だと思った。根本が改善されていないのだからな。けれど、タリスに滞在してしばらくして一度帰郷した兄上の表情は、以前とはまったく違っていた……」
レミエルが、タリスと王都を行き来するフェリオと顔を合わせる機会はけっして多くはなかったが、それでも明らかに緩解していく様に目を瞠った。
血色もよくなり、精神も安定しているようにみえた。
彼の保養を快く思わない一部の貴族が嫌味を口にしても、サラリと流せるほどに。
それどころか、見えぬところで彼は笑っていた。
『アイツみたいに、突飛な行動に出ない分よほど楽だ』――と。
「兄上は、王宮では欲するものを欲するときに与えられなかった。だが、そのあとは得たんだ」
「?」
「……君は、あの女にも与えたのか?」
「なに? なんの話をしているの?」
レミエルの思考がいまいち理解できず、ソフィーは困惑を顔に張り付けた。
生きてました( ;∀;)何回か死ぬかと思ったけれど……
六月はもっと生きるつもりなので、よろしくお願いいたします('◇')ゞ
そして大切なお知らせを!
コミカライズ、第2巻が5月12日(金)に発売されました!
森先生の描きおろし四コマも含めてご覧いただきたい!
せひぜひよろしくお願いいたします(*'ω'*)
感想欄に頂きましたご購入報告もありがとうございます✨




