ソフィー・リニエールのみる夢 ―贈られた言葉Ⅶ―
「母上とフローリア妃は女学院で出会った。だが、もっと早く出会えていれば……」
王妃の心が完全な人形となる前にフローリア妃と出会っていれば、もしかしたら未来は変わっていたかもしれない。
レミエルはそう考えているようだった。
数年の差。
人によっては、それで何が変わるんだと思われるだろう。
しかし、自分に置き換えて考えれば、ソフィーはそれを否定することができなかった。
(人生において望むときに望むものを与えられたことが、後の人生をどれだけ左右するか……か。そうね……。祐も、そうだったわ……)
母に捨てられ、養護施設から小学校に入学したあの日。
もしも天馬と出会えていなかったら、出会うのがもっと遅かったら。きっと、祐の人生はもっと荒んだものになっていただろう。
「……確かにほんの少しのタイミングが道を分かつこともあるわ。でも、私ごときがクリスティーナお姉様になんの影響を与えられるというの?」
名家中の名家に生まれた美しい少女。
富と、名誉と、美貌。
すべてを持ち合わせて生まれたクリスティーナに与えられるものなど思い浮かばない。
ましてや、そのころの自分はまだ十歳かそこらの年齢だったはずだ。
これに、レミエルは真顔で言った。
「どうせ君のことだ。子供のころから型破りで、一風変わっていたのだろう。その貴族の令嬢らしからぬ奇抜な独創性が、あの女の心に変化をもたらしたのかもしれない」
「型破りで一風変わっているってなによ?! そのセリフ、貴方にだけは言われたくないわっ」
あたかも見てきたかのように言われ、ソフィーは全力で否定した。が、
『なぜ農具なんか手に持ってるんだ? お前……、まさか畑作業まで手伝っているのか!?』
『はぁ? 農機具を作った? これで土を耕すのが早くなったって……そ、その知識はどこから……?』
『農具と化学肥料、輪作でずいぶん収穫が増えた? そうか……。もういい。もうなにも驚かない。お前のことを普通の令嬢と比べるオレが間違っていたんだ……』
ふいに昔の記憶が思い出され、年々諦めを帯びてくるフェリオの顔が浮かんだ。
「……よく考えたら、フェリオも私に対して失礼だったわ。やっぱり、兄弟って似るのね」
「兄上のそれは、普通の貴族ならするであろう当たり前の反応だったんじゃないのか?」
ひとり言を間髪入れずに返された。
ムッとしてソフィーが頬を膨らませる。
しかしレミエルは素知らぬ顔で、切れ長の紫水晶をスッとこちらに向けた。
「まだ半信半疑な部分はあるが、君とあの女が、母上たちと違うことは一応納得した。――――話を賭けに戻すが、何を望む?」
「はぃ?」
突然の話題転換に、一瞬頭が追いつかなかった。
「リチュの勝負は君の勝ちだ。勝てば望むものを与えると言っただろう。親友の撤回を望むか?」
レミエルの言わんとしていることに気づいたソフィーは、眉根を寄せ、口をへの字に曲げた。
「あの馬鹿げた賭けのことをまだ言っているの? そもそも私は、『そんなリスキーな賭けにのるわけがない』と最初に言ったじゃない」
「だが、君は勝負をしただろう」
「勝負はしたわ。一度勝負すれば気が済むと思ったから相手をしただけよ。でも、賭けを承諾した覚えはないわよ」
レミエルは視線を横に向け、記憶を遡らせた。
確かにソフィーは賭けを承諾するとは言っていない。
「だが、勝負をするということは賭けを承諾したも同じことだろう。現に、僕が勝ったときに、こちらの要望を聞いたじゃないか」
「同じだというのは貴方の主観でしょう。私は同一視していないわよ。要望を聞いたのも、貴方という人間を知る判断材料にするためよ。でも聞いただけで、叶えるなんて一言も言ってないわ」
平然と宣うソフィーに、レミエルは目を瞬く。
「つまり……、最初から反故にするつもりだったと?」
「逆に問うけど、なぜ私が賭けを承諾すると思ったの? なんの利益があって?」
ソフィーはふてぶてしく胸を張ると、顎をあげてなおも続けた。
「いいこと、レミエル。一つ覚えておきなさい。誰もかれもが貴方の権威に平伏して、口約束を履行してくれるなんて思わないことね。とくに金星と約束を交わす場合は、絶対に書面に残しなさい。常識よ」
「さも当然のことのように言うが、そもそも君は金星じゃないだろう」
「紫星が金星の資質を持ってなくてどうするのよ。――はい、これが貴方の敬愛するお兄様が署名した契約書。よく読みなさい。ここにちゃんとサインを頂いているでしょう」
鞄の中から数枚の書類を取り出すと、レミエルの鼻先にグッと近づける。
ちなみにその内容を簡潔に述べれば、『クリスティーナに対して無礼を働いた者は容赦なく切り刻むことを許可しろ』というものだ。
他にもリニエール商会に関連する事項もあるが、そんなものはおまけ程度。
ソフィーにとって一番重要な取り極めは、クリスティーナを冒涜する者の排除だった。
「こんなバカげたものを兄上に署名させたのか……」
さっと目を通せば、重厚な誓約書の中で、明らかにクリスティーナに関する部分だけが浮いていた。文章も筆も、生真面目な青年が書いた文字に見えるから余計に。
「人と約束を交わすなら、最低限これくらいはしなさい。あとで言った言わないの口論になったところで、水掛け論にしかならないんだから」
呆れているレミエルを無視し、ソフィーは契約書を丁寧に丸めると、鞄の中にしまった。
「これで分かったでしょう。前回も今回も、賭けなんて発生していないの。今回私が勝ったからといって、貴方になにかを要求することもない」
だから安心しろとばかりに笑むが、レミエルの表情はなにか思案しているようだった。
「なるほど。では、親友の撤回もないということか」
「? まぁ、そうね」
「なら、僕が君の親友だと言い続けても構わないということだな」
「……どうしてそういう結論に達するの? 賭けは最初から成立していないんだから、親友もなにもないでしょう」
なぜこの男は、こんなにも男女間に友人関係が成立するか知りたがるのか。
一度疑問を持ったら解決しなければ気がすまないタチだとしても、自分がそれに付き合う気はない。
「事実でない宣言は止めてちょうだい」
「君だって事実でないことをあたかも事実のように言っているじゃないか」
「私が? なにを?」
「君はやたらと自分のことを淑女だというが、まったくもって事実と異なっている」
今回は短めです。
次の更新は25日(日)位を予定しております('◇')ゞ




