拝啓 天馬 見て、あの空を自由に飛ぶ鳥たちをⅨ
「確かこの金額で間違いなかったと思います。食材費、人件費、備品、消耗品など、どこにいくら支出しているのか、必要なら調べることもできますよ」
「え…、そんなことまで調べることができるの?」
“王の剣”は王立だ。本来、一個人がそう簡単に調べられるものではない。
「リドホルム家は、金星の星代とは別に寄付金もかなりの金額をしていますので、その辺はわりと」
まぁ、家の力ですけど…、とラルスは力なく笑うが、さすが星四つを賜った父と家柄は伊達ではなかった。それは使わない手はないだろうと、ソフィーは強く頷いた。
「なら、ラルスお願いできる?」
「勿論です!」
「金星として、これが金額にあったものか気になるわ…」
スプーンですくい上げたスープを、じっと見つめるソフィーの瞳の虚ろさに、ラルスは「ソフィー様は紫星ですよ?」とツッコむことができなかった。
食事が終わり、ラルスがふと目を横にやると、ソフィーの護衛であるルカがじっとどこかを見ていた。
ルカは、侯爵家でありあのロレンツオ・フォーセルの弟でありながら、銅星という異端の少年だ。
今までまったく接点がなかったが、正直、冷静沈着な美丈夫ジェラルド・フォルシウスに比べたら、年も同じこともあり彼の方が話しかけやすい。
自己紹介は軽くしたが、自分は紫星を貧乳と罵った印象の悪さからのスタートだ。ソフィー本人は許してくれたが、自分がもし護衛だったならばそう許せることではない。
やはり、彼にも一度謝意を伝えるべきだと声をかけようとしたが、ルカの瞳が先ほどまでの柔らかな雰囲気から一変し、鋭く尖る。
剣一本で道を切り開く銅星らしい気迫に、ラルスの体が椅子の上で思わず後ろに下がった。
「る、ルカ殿…?」
「ルカ、放っておきなさい」
ソフィーが持参の茶を飲みながら、優しく制止する。
「ですが…」
ルカが承服できぬ顔でソフィーに言うが、ソフィーはニッコリと笑うだけだ。
意味が分からずルカが見ていた視線の先を追うと、銀星の講師がソフィーを見ているのに気づく。
「なぜ銀星のヴィンセント講師が、こちらをあんなに凝視されているんですかね?」
「銀星ですもの、なにか面白い発見でも探されているのでしょう。ぜひとも図書館の幽霊を紹介してあげたいわ」
ソフィーは事も無げに言うと、十四の少女とは思えぬ優雅な仕草でまた一口茶を飲む。
「そういうものなのですか…?」
金星のラルスにとって、どの星もほとんど交流がないが、特に研究者である銀星は性格からして金星と肌が合わない。
真理を解明しようとする銀星、利益を優先する金星。
銀星は金星のことを金ばかりで世界を語る愚か者としてみており、金星からすれば銀星は結果を残さないのなら自分たち金星の多大な星代と寄付金を食いつぶす星としてみている。
(すごいガン見されているけど、本当に気にならないのかな、ソフィー様…)
ヴィンセントは稀代の天才には敵わなかったが、彼自身もかなり優秀な銀星だ。加えて見た目も整っている。
(そういえば、キース殿の時もこんな感じだったな)
黒星と聞いただけで心をときめかすのが少女だと思っていたが、ソフィーは星を一つ賜っているキース・ダドリーのことも目に入っていなかった。
「それよりルカ、明日は銅星のクラスを見に行きたいのだけど、誰に伝えるのが一番良いかしら?」
ラルスとしては、一度気づいてしまえばとても気になるのだが、ソフィーが気にするなと言うのならば、見なかったことにしたほうがよさそうだ。
ルカの方も、まだ少し納得のいかない顔だったが、ソフィーの言葉に「ボクの方で話を通しておきます」とお行儀よく答える。
(銅星…)
銅星は、平民の領域に等しい。
子爵家で育ったラルスにとっては、見知らぬ領域。
貴族ならば、知る必要などないと今まで切り捨てていた領域だ。
男爵家の令嬢であり、王の代理と言われている紫星を賜った少女と、妾の子と言えど、侯爵家の子息がなんの躊躇いもなく、そこへ行く。
ラルスはなぜか、一人取り残されたような気分になる。
「あ、あの…」
出自も、性別も、星の色も違うが、目の前にいるのは同年の二人だ。
今、自分に必要なのは新しい世界を見る勇気なのかもしれない。
「お願いがあるのですが…」
ラルスは、おもむろに口を開いた。




