拝啓 天馬 見て、あの空を自由に飛ぶ鳥たちをⅧ
二人は出されたものを見て、感嘆の声を上げた。
ラルスが厚焼き玉子をしげしげと眺めながら言う。
「すごくキレイな彩りですね、初めて見ます。これは異国の料理ですか?」
「……ええ、…たぶん?」
作ったのは侍女だから分からないわとはぐらかしながら、ソフィーは、ルカがトレーに載せて持ってきてくれた、食堂で提供される三品の料理を見つめた。
黒色のパン、ジャガイモによく似た食材であるグルルを潰したもの、野菜のスープ。
まずパンをちぎって口に入れる。ボソボソとした硬いパンで、飲み込んだ後も口の中に酸味が残る。
(この酸味、ライ麦かしら? 日持ちするように固く焼いているのね)
次にグルルを潰したものを食べる。味付けは塩だけだと思うのだが、グルルに塩を入れただけのものがやけに苦い。
(……これ、ちゃんと芽と皮をむいたのかしら?)
グルルは見た目だけではなく、芽と皮の下に有毒成分が含まれているところもジャガイモと一緒なのだ。きちんと取り除かなければ中毒を起こしてしまう。
最後にスープを飲む。そして一言。
「良薬は口に苦し…」
すっぱいと苦い以外の言葉が見つからない。それでもソフィーは黙々と食べた。
前世の日本は飽食の国だったが、米一粒無駄にするなという精神を幼い時に一度は教わる。祐はその精神で生きてきた。ソフィーにもその精神が生きているのだ。
保存方法が発達している前世とはそもそも比較すること自体間違っているのかもしれないが、しかしオーランド王国の料理がいつもこんなに美味しくないというわけではない。
ただ“王の剣”で提供される料理は、前世でいうところの学生食堂の法則のように、味が重視されていないのだ。
咀嚼しながら、前世、職場の先輩がカレーを食べるたびに言っていた言葉を思い出す。
『学生の時の寮のメシがマズくてさ、マジ体重減ったわ。お前、マズいカレーって食ったことある? カレーがマズいんだぜ。あんなルー入れれば大抵の人間が、それなりの味にできるカレーがマズいって信じられるか? 俺が家で作ったカレーの方が数倍うまいわ! って毎回ツッコミながら食ってたよ』
(先輩の言っていたカレーとこのご飯、どっちが美味しいのかしら?)
思わず現実逃避をしてしまう。
「ソフィー様…」
「大丈夫ですか?」
無言で食べるソフィーを心配して、ルカとラルスが声をかけてくれる。
「ええ…」
返事をしながら作ってきたお弁当を勧めれば、二人は礼を言ってルカはケークサレを、ラルスは厚焼き玉子を口にした。
ケークサレはチーズを多めに使いコクを出し、栄養が取れるよう野菜ときのこもたっぷりだ。温かいほうが美味しいのだが、冷めても美味しく食べられるよう少しだけ味付けを濃くした。
ルカは頬を緩まして美味しいと言いながら食べてくれる。ラルスの方は、もぐもぐと咀嚼しながら、だんだん固まっていった。
味が合わなかっただろうかと心配していると、今度はケークサレを食べ、その後ピーマンの肉詰めを一口。
「食感、新鮮さ、風味…それにこの味付け…」
先ほどソフィーが食堂の昼食を吟味しながら食したように、ラルスもまるで未知の食べ物を自分の舌と知識に照らし合わせ、観察し探っているようだ。
「香辛料をどのくらい組み合わせているんだろう…」
ポツリと呟き、自分の声にハッとしてソフィーを見る。
「す、すみませんっ。とても美味しいです! つい考え事をしながら食べてしまいました!」
礼儀に反していると思ったのか、ラルスが慌てて謝罪してきた。
「いえ、美味しかったのならよかったわ」
「素晴らしく贅沢な味です! 肉の臭みが感じられず、それどころか肉汁の甘さが口の中に広がって。かかっているこのタレも、ただ甘いだけじゃない、複雑なスパイスを融合させた深い味わいがします」
ピーマンの肉詰めについて、ここまで美味しい以外の長々とした感想をくれるのは、アルが野菜炒めを褒めてくれた以来の気がする。
「この黄色い食べ物もすごいですね。卵をいくつ使えばこんな厚みのある美しい長方形になるのでしょう? 食感はふんわり柔らかくて、噛みしめると微かに魚の風味が口の中に……不思議です。初めて食べる味ですが、とても美味しいです」
一つ一つを精査し感想をくれるラルスに、ソフィーは感心した。
ラルスは、父と違って自分は凡庸だと卑下していたが、こういう所は立派に金星だった。
「これは、本当に侍女の方が作られたのですか?」
「え…ええ」
まさか自分が作ったものとは言えない。
「シェフではなく、侍女が作ったというのも驚きです。香辛料は何を使われているのか、今度ぜひお聞きしたいものです」
「素晴らしい賛辞をいただいたと伝えておくわ」
誤魔化すような返事で返すと、しばらく静かな食事が続いた。
しかしラルスが咀嚼していた厚焼き玉子を飲みこむと、自分が食べているものと、ソフィーの食べているものを交互に見て、なぜかどんどん顔を歪めた。
「あの…、これ本当に僕が食べて良かったのでしょうか? いただいたこれがソフィー様の普段の食事なら、その食事はかなり口に合わないのでは?」
「昨日ルカにも同じようなことを言われたけれど、食べると決めたのは私だから、気にしないで食べてちょうだい。でも、図書館にあれだけの経費をかけることができるのなら、学生たちの食事ももうちょっと考えてくれてもいいような気がするわ」
「年間運営経費は十分なはずなんですけど、やはりシェフの腕ですかね?」
経費は十分という言葉に、ソフィーのスプーンを持つ手が止まり、眉が顰められる。
「十分…?」
「はい。年間運営経費は大体これくらいです」
口に出すのは躊躇われたのか、ラルスがテーブルに指で数字を書く。
その金額に、ソフィーは持っていたスプーンを落とした。
「嘘でしょう!?」
思わず驚きの声が出る。




