拝啓 天馬 見て、あの空を自由に飛ぶ鳥たちを
私も鳥になって、クリスティーナお姉様の瞳のような、あの澄み切った空を自由に飛びたいわ。
まぁ、本来空は青色というわけではなく、光の散乱という物理現象によってそう見えるだけなのだけど。でも、太陽の光が空気中の分子やほこり、水滴などにぶつかって色々な方向に跳ね返ることが原因とか、そんなロマンに欠けた話はいいの。
ただ、私は自由な鳥となって、クリスティーナお姉様のお側に行きたいだけなのよ。
ああ、クリスティーナお姉様お元気かしら?
あのお美しいお顔を拝見できないだけで、私の小鳩のような小さな胸は、絶望で張り裂けそうだわ。
この私の、クリスティーナお姉様への真摯な愛を、天馬、貴方なら理解してくれるわよね?
……本人が目の前にいたら、してくれるわけがないと分かっていても、私の中の天馬はだんだん美化されてきたから、理解してくれると信じています。ええ、私の中の天馬は、現実と違って優しいのよ!
と、まぁ、つい銀星の授業を聞くふりをして、こうやってノートの端に、つい貴方への手紙を書いてしまうほどに、わりと退屈です。
後ろでルカがあの文字は何語だろう? と首を傾げていることは分かっているのだけれど、読めないだろうからと、私の行動もわりと自由で大胆になってきたわ。
たった数日で、どうやら私は我慢が足りなくなってきたようなのです。“女王の薔薇”では、楚々とした淑女だったソフィー・リニエールとは思えないわ。
でも、仕方がないと思わない?
銀星の教室に入ったとたん、私は生徒からではなく、講師である方から嫌味を貰ったのよ。特段遅刻したわけでもないのに。
まだ人生の経験値が十分には足りていない生徒が、蔑視の目で女性の紫星を見ることは仕方ないと許容できても、多少の侮蔑は笑顔の裏に隠すべきであろう大人が、隠しもせずに堂々と嫌味を言うなど、紳士としてあるまじき行為だわ。紳士であれと教える講師がそれでは、生徒が可哀想よ。
実は、先ほどからなぜか目の敵のように「このような簡単な問題は、あのロレンツオ・フォーセル殿に認められた紫星様ならお分かりになられますよね?」と何度も言われているのよ。
ええ、分かるわよ、その程度の幼稚な問題! と声を大にして回答したいけれど、そこはまだ自我が残っているので大丈夫よ。淑女らしく優雅に、あの講師より分かりやすく解説してあげたわ。
けれど本心は、
前世、大学進学の道を進んでいたら優秀学生として全額授業料免除の私の頭脳を舐めるなよ、このボンクラ講師が!
大体、貴方のその私に対する敵対心は、どう聞いてもロレンツオ様への嫉妬だろうが!
と、大人げなく声を荒らげたいです。
彼のことなどまったく知らないけれど、なんとなく察します。銀星の生徒たちの、あの不安な様子でこちらを気にしている姿と、後ろでルカが珍しく眉間にしわを寄せている顔を見ていたら。
天馬、一応言っておきますが、この腹の立つ講師がそこそこ美形であることに嫉妬して、激怒しているわけではないのよ。
いくら前世十人並みの容姿であったからといって、美形なら誰も彼も嫉妬しているわけではないの。そこは邪推しないでほしいわ。
そう、私はただ…
「それでは、この問題はロレンツオ・フォーセル殿に認められた紫星様にお答えいただきたいのですが」
書いている途中、またヴィンセント講師がソフィーを指名した。立て続けに何度目だろうか。
「我が国は、他国よりも下水技術が優れていると思われます。なぜなら、汚水は陶製またはレンガ造りの下水だめを通じ、街路にある下水溝に連結している。これほど設備が完璧な国はありません。いったいこれ以上の何を必要とするのか」
「まぁ、……完璧?」
その言葉に、今まで笑みを絶やさずに清楚でありながらも優秀な答えを発していた少女が、声音を変えた。
赤いぷっくりとした唇を歪め、目の奥には剣呑な光が見える。
雰囲気をガラリと変え席を立つ少女に、大人しい銀星の生徒だけでなく、ヴィンセントも一瞬怯んだ。




