ソフィー・リニエールというご令嬢~ラルス・リドホルムの崇拝Ⅴ~
思わずロマンス小説目線で、自分の立ち位置を考えてしまう。
「女性の心が分からないのは、ラルスが視点を変えて観ないからよ。相手の気持ちに立ってみれば簡単なはず。女性の気持ちに立てないなら、そうね。もしマーガレット様の婚約者がそんな方なら、ラルスはどう思う?」
「そんな…ッ! そんな男に、マーガレット様が嫁ぐなんてあり得ません!!」
許容できぬ話に声を荒らげれば、ソフィーはそうでしょうと言葉を続けた。
「今後、女性は全てマーガレット様だと思いなさい」
「な、なるほど…。よく理解できました」
そう思えば、自分はなんて無礼者だったのだろう。そもそも本人に聞かせるつもりがなかったとはいえ、紫星にまで無礼な中傷を口にしたのは、女性蔑視が胸に張り付いている証拠だ。愚かで浅はかだったと今一度反省してしまう。
「とにかく女性とお話しするときは、まず共感と同意。内容が分からなくても、とにかく微笑んで相槌を打ちなさい。そして、やはり褒めることね。適当に褒めてはダメよ、本人も自信を少なからず感じている部分を、最初はまず褒めるのよ」
「ですが、一度婚約者だった方に、黄色の瞳の色がキレイだと褒めたことがあったのですが、曖昧に笑うだけであまりいい印象は受けませんでした」
褒めた女性は、最初の婚約者で、婚約は幼少期の頃から決まっていた。実際会ったのは十歳の時だったが、相手は自分より四つ年上の女性だった。
年齢差があるうえ、最初の婚約者は同年代よりも大人びていた女性だった。そのせいで、自分がより子供に見えたのだろう。なぜコイツが婚約者なのかという態度がありありと滲んでいた。
「そういうことは、念を込めて言うのではなく、まずはサラッと言うのよ。いかにも褒めればいいのだろうという気持ちがみえてはダメなの。そうね、ふと目が合った時に、『貴女と目が合うと、雨の日でも美しい太陽を見ることができて、ボクは幸せです』と言って笑って、また会話に戻るとか?」
「無理です、サラッと言えません!」
どう聞いても上級者向けではないかと異議を唱えるラルスに、ソフィーは腕を組んで考え込む。
「相手が大人の女性なら、好意をもっていない相手からの賛辞なんて、大した意味など持たずに受け取るわ。無駄に顔の良い男なら、何を言ってもカッコよく聞こえる魔法にかかるけど、そうでなければ場数を踏むしかないのよ。最初は練習させてもらっていると思いなさい」
段々適当になってきているソフィーの言葉にも、ラルスは真剣に聞いていた。
しかし、小さく呟くのは絶望だった。
「やっぱり顔ですか……」
「あら、ラルスは別に容姿が悪いわけではないのだから、誠意をもって相手に接すれば女性受けはいいはずよ。モテる男を基準にしてはダメよ。腹が立つだけだから」
「そう言っていただけると嬉しいのですが。でも、僕がリドホルム家の長子でなければ、相手にしてくれる女性なんていない気がします……」
「何を言っているのよ。現実、貴方はそれを持ち合わせているのだから、卑下して“もしも”なんて話は無駄でしかないわ。そんな気持ちで予防線を張っていては、真のいい男には成れないわよ!」
「は、はい!」
気持ちがまた卑屈になっていたラルスに、手厳しい言葉が飛ぶ。
今まで女性に説教などされたことのない、母にも侍女にも、家庭教師にまで甘やかされて育ったラルスだが、屈辱よりもなぜか甘美な陶酔を感じていた。
楚々とした愛らしい少女が、見た目とはうって変わってビシビシとものを言い、皮肉ではなく誠意をもって厳しい言葉をくれる。
それは、ラルスにとって恩寵にも近い幸運だった。思わず、神に感謝の祈りを捧げたくなっていると、ルカが困惑を滲ませた声で口を開いた。
「あの…、お話のところ申し訳ないのですが、そろそろ授業が始まりますので。ここから銀星の教室までは少し距離がありますし」
二人が話をしていた場所は、金星の教室だった。
金獅子アラン・オーバンからも一目置かれている紫星のソフィーが、昨日問題を起こしたラルスと、教室の隅でヒソヒソと話をしている姿を、金星の生徒たちは驚愕の瞳で見ていた。
ずっとソフィーの後ろで待機していたルカの言葉に、ソフィーが「あら、もうそんな時間なのね」と、まったくこの異様な雰囲気を感じていない顔で席を立つ。
「それではラルス、またお昼に」
昼食を一緒にとる約束をして、ソフィーが優雅に去っていったのを皮切りに、その後、ラルスは講師が教室に入るまで、クラスメイトからの質問攻めに遭うこととなった。




