ソフィー・リニエールというご令嬢~ラルス・リドホルムの崇拝Ⅳ~
「愛、か…」
今まで婚約者は三人ほどいたが、すべて途中で断られていた。
己の程度の低さを隠すために、自尊心だけを強くした言葉で婚約者に不快な思いをさせ、ついには嫌気がさした婚約者から見限られてしまったのだ。
そんなことが三度続き、あれほどの財力がありながら、リドホルム家長子の婚約者が安定しないのは、よほどの性格なのだろうと噂されるくらいになってしまった。
変わったと思った気持ちが、また落ち込み、胸の中に暗雲が広がる。やはり、自分など取るに足りない存在なのだと、ため息を吐く。
「あ、そうだ。本はもう一冊あったな」
『モテる男の必須条件を獲得するためには!』の中に挟まれていた薄い本の存在を思い出し、横に置いていたそれを捲る。
タイトルは『咲くも花、つぼみも花』。
もう一冊の本と違い、楚々とした可愛らしいタイトルだ。中の内容も全く違い、こちらは二人の令嬢を主人公とした物語だった。数ページ読んだだけで、ラルスは物語に釘付けとなった。
今まで世間にある数少ないロマンス小説というものを小馬鹿にしていたが、この物語には令嬢しか登場せず、ヒロインを守る美形の男が出てこないので劣等感なく読める。
物語の内容はこうだ。伯爵家五女に生まれながらも、引っ込み思案でいつも顔を、長い髪で隠していたマーガレットは、その性格のせいで親にもあまり愛されていなかった。
だが、あるお茶会で挨拶を交わした公爵令嬢のローズに憧れ、彼女のそばにいられるような人間になりたいと奮起する。
弱弱しい自分を捨て、勉学に教養、詩に、刺繍、ダンス、すべてに於いて彼女は努力した。その努力が実り、優秀な女性だけが入学を許される女学院に入ることができた。
そこには敬愛するローズの姿が。しかし、彼女は自分のことなど覚えていなかった。彼女からすれば身分も低い、取るに足りない存在である自分だ、それが当たり前だと心では理解していても、悲しみで胸が痛む。
けれど、マーガレットは諦めない。必ず、ローズに顔と名を覚えてもらうのだ。
そのためにも、もっともっと頑張らなければならない、そう強く決意する――――。
そこでページは終わってしまった。
「つ、続きは!?」
当たり前だが、捲ってもページはない。
「そんな…」
続きが読みたくて、椅子から立ちあがるが、窓を見れば外は真っ暗だ。慌てて時計を確認すると、もう深夜二時になっていた。どうやら、夕食も忘れて没頭していたようだ。こんな時間に、続きを貸してくださいと請うわけにはいかない。
ラルスは椅子に座り、二冊の本をじっと見つめた後、もう一度、二冊の本を読み直した。二度目を読み終わると、朝日が昇るまで、ずっと愛について思考をフル回転させた。
マーガレットのローズへの献身に似た愛は、見返りを求めない純粋な想いだ。この想いが、この先どうなってしまうのか。清く美しいままでいられるのか、それともよどんだ沼のように濁ってしまうのか。
「きっと、濁りなんてしない! 純粋なままで貫くんだ!」
信じるのもまた愛だと理解したラルスは、この甘美な一冊のお蔭で、愛というものがやっと分かった気がした。
高ぶった感情は休まることを知らず、一睡もできなかった代わりに、ラルスは二冊の本の感想文をしたためた。
それを手に、ラルスは朝も早い時間から、ソフィーに謝罪しに出かけた。
たとえ謝罪が許されなかったとしても、何度でも挑戦するつもりで――――。
その後、拍子抜けするほどに、あっさりと謝罪を受け入れてくれたソフィーに、ラルスは人生相談をしていた。
内容は、婚約者からの婚約破棄について。
いままでのラルスだったなら、一番触れたくない話題を自分から相談したりはしなかっただろうが、女性としての意見が聞きたかったのだ。
それに、あの本を書いたソフィーならば、矮小な自分を今さら隠す必要もない気がして、どんな弱みでも吐露して己を解放できた。
ラルスが、三度に渡る婚約破棄の不甲斐ない話を口にすると、ソフィーは華奢な指を口元に当て、呆れたように言った。
「あら、それは仕方ないわ。結婚適齢期の女性なら、婚約者の多少の粗には目をつぶってくれるかもしれないけれど、現実よりも空想で夢をみたいお年頃の少女にとっては自尊心の強い、ましてや自分のことを大切にしてくれないかもと思わせる男との結婚なんて自害ものよ」
「じ、自害もの…なんですか?」
そこまで!? と思ったが、よくよく考えれば、相手は確かに自分よりも地位の高い令嬢ではあったが、リドホルム家の財産は婚約者の親にとってはかなり魅力的だったはずだ。
それを無にしてまで婚約破棄の手段をとったのは、娘から自殺を仄めかすような言葉を聞いたのかもしれない。
「そこまで飛躍するものなのですか?」
「一概には言えないけれど。でも、女性はただでさえ共感を求める生き物なのよ。なのに、共感も同意もしてくれない、ましてや自分を否定し、侮辱するような男に恋心など抱くわけがないでしょう。男性にとっては愚かしく聞こえるかもしれないけれど、繊細なガラス細工のような幼いご令嬢にとって、そんな殿方に嫁がなければならない未来は、まるで茨の道を歩く悲劇のヒロイン。すべての不幸せを背負ったかのような錯覚に陥るのよ」
「悲劇のヒロイン…」
ということは、自分は悪役だったということか。




