ソフィー・リニエールというご令嬢~ラルス・リドホルムの崇拝Ⅲ~
(同じ年なのに、すでに事業を? でも、そんな話父上からなにも……あ…)
一度だけ、父が客人と話しているところを漏れ聞いたことがあった。
その時は、いったい誰の話をしているのか分からなかったが、今思い起こせば、彼女のことだったのだろう。
『あのお年で、他国の商人に認められるほどの力量だ、末恐ろしい少女だよ。できれば、ああいう女性を息子には射止めてほしいものだが。まぁ、まだ荷が重いかな』
パイプを燻らせながら、客人と話す父の声は冗談交じりだったが、本音だったのだと思う。ちょうど、婚約者の家から婚約破棄を告げられた後だったこともあり、ラルスにはかなりキツイ言葉だった。
金獅子と、父にあれほど称賛される少女に、暴言を吐いてしまった。冷や汗どころではない。ショックで倒れそうになりながらも、ふと気づく。
(ただ謝罪するより、この本を読んでから謝罪するほうが、誠意が伝わるかな?)
一刻も早い謝罪をと思っていたが、ソフィーはアランに別室に呼ばれてしまった。これでは今日の謝罪はできそうもない。それなら、この本を読んでからの方がよい。そう思って、すぐに自室に戻り、机に座った。
『モテる男の必須条件を獲得するためには!』
「すごいタイトルだな…」
よくよく見ると、身も蓋もないタイトルだ。著者名に、ソフィー・リニエールの名がなければ、あの美少女が書いた本だと分かる者はいないだろう。
しかし、ぺラリと本をめくると、そこには秀麗な文字で、ラルスの肉を抉るような内容が書かれていた。
特に一番抉られたのは、第十六章の『知らず知らずに縛られる父という存在から、どう脱皮するか』という記述だった。
内容は、父が偉大であれば偉大であるほど、息子は父の存在におびえ、忠実な僕になるか、逆に反逆するかの二通りに分かれるパターンが多い。どちらにしても、重圧から逃れるために、第三者から軽んじられることを極端に嫌い、自尊心が高くなる傾向にある、と書かれていた。
自分はまさにそれにあたることに気づき、読みながら唇を噛みしめた。
読むごとに、全てが自分のことのようで、胸が痛い。まるで、自分の弱さを見透かされているような気持ちだった。
マナー本と言われるものもあまり存在せず、マナーはすべて家庭教師に教えを乞うのが当たり前の貴族社会で、自己啓発本に近いものを読んだことなどなかったラルスは、抉られる痛みの外に納得するところもあった。
そうか、自分はいまこの本のような状態にあり、それを打開する方法もあるのだと。
自分の鬱屈とした気持ちを文にされると、人の口で説教されるよりもスッと入ってくる。
『モテる男の必須条件を獲得するためには!』などという、生々しいタイトルのわりに、この本には押しつけがましさよりも、理路整然とした文脈だけが書かれていた。
感情らしい感情が窺えたのは、本の最後だった。
――――自分が自分を愛することを恐れずにいれば、他者からの愛も受け入れられる。愛を受け入れられれば、愛を返せる自分になれるだろう。
小さな、静かな想いが伝わるようだった。
読み終えた後、少しなにかが自分の中で変わった気がした。
重圧に怯え、意固地に身構えていた日々を思い、自分自身を本当に愛していなかったことを知る。自尊心の高さは、自分を愛しているからではなく、弱い自分を隠すための楯だった。
しかし、
「でも、愛と言われても…」
自分に必要な愛とは、いったい何か分からない。
家族からは愛されていると思うが、しかしそれは同時に重圧でもあった。
友人たちはいるが、今日のような窮地に立てば傍にいてくれる人は激減するのが現実だ。
親友であるアーロンを思い浮かべる。大切な友人だが、愛と言われるとなんだかそれも違う気がする。




