ソフィー・リニエールというご令嬢~ラルス・リドホルムの崇拝Ⅱ~
一通りの紹介が終わると、少女はロレンツオに連れられ部屋を出る。そのさい、少女がふわりとドレスをはためかせ、花の香りを後に残してゆく。完全に部屋からその姿が見えなくなると、やっと緊張感から解放された。
銅星のリーダーと言われている男が、一緒にいた顔立ちの整った少年に「すげー美少女だけど、やっぱお嬢様って感じだな。大人しそう」と話しているのが聞こえてきた。
(大人しそう? ……いや、あれは化ける女の顔だ)
ラルスは自分を凡人だと自負しているが、なぜか服を見るとその人となりが少しだけ分かる。
美しい華美なドレスに負けない女性は、それだけで宝石のような輝きを持っているものだ。
たとえそれが原石であったとしても、いつか必ず輝く。
ソフィー・リニエールは原石ではなく、すでに研磨された宝石だった。
(きっと緻密で、計算にたけた人なんだろうな)
髪と目の色を配慮し、肌に合うよう選ばれた色のドレス。刺繍のこだわり、レースの量。
しかもあのデザインはリドホルム家が手掛けたものではない。他でも見たことがない、かなりのこだわりを感じるあのデザインは、たぶん完全オリジナルだ。ドレスのセンスを仕立屋に任せる貴族は多いが、彼女は違う気がした。
なぜだか分からないが、入ってきた瞬間、ゾワリとする何かを彼女から感じたのだ。
幼いころから父はよく“第一印象で感じるものは、その人の本質だったりするから見落とすな”と言っていたが、これがそれにあたるのか、半人前の自分では判断できない。
鬱々とした気持ちで教室に帰れば、友人たちがラルスの許へ集まった。
「どうだった、紫星様は?!」
最初に口を開いたのは、伯爵家の長子、アーロン。
彼の父は、王宮の財務を担当している。卒業すれば、彼も王宮で働くことになるだろう。商売を行っているラルスの家とは立ち位置も爵位も違うが、アーロンは人当たりの良い少年だったため、ラルスの一番の友人だった。
嬉々として問われ、ラルスは視線を横に逸らしてしまう。
「ああ…」
「ラルス?」
「まぁ…お呼びじゃないかな…」
陰鬱な気持ちが、そのまま声に出てしまった。周りにいた友人たちは、それだけで悟ったのだろう。仕方ない、だって所詮金星だし、という雰囲気が流れた。
その二日後、金星に見学に来たソフィー・リニエールを見て、ラルスが言った意味が分かったのだろう。皆、諦めたような顔色だった。
護衛は、あの黒星を最年少で卒業したジェラルド・フォルシウスが取り仕切り、今日の護衛はロレンツオ・フォーセルの弟、ルカ・フォーセル。銀星たちは、ロレンツオが認めた少女を全力でサポートするだろう。
爵位も地位も能力も高い者たちに守られる彼女に、未だ親の保護だけで生きている金星の手など必要ない。
だからだろう、昼食後うっぷんを晴らすように女性蔑視の話になってしまったのは。
日頃から気に入らない女性の話などは話題によくあがっていたため、皆あまり躊躇がなかった。まさか、一番マズい中傷を本人に聞かれるとは思ってもいなかったのだ。ラルスも周りの友人たちも真っ青になった。
黒星一つを賜ったキース・ダドリーまで登場し、もう何がどうなったのか分からないうちに、ラルスは一冊の本を顔に叩きつけられた。
女性にそんな扱いをされたのは初めてだったが、怒りよりも困惑が大きく、そうこうしているうちに謝罪する機会を逃した。
「ごめん、ラルス。僕たちがあんな余計な話を始めたから……」
女性蔑視の話を始めたのはアーロンではないが、自分も口にした負い目からか、その顔色はラルス同様に悪かった。
この授業が終わったら、とにかく謝らなければ、金星全体の責任になってしまう。
忘れろと紫星の名で命令されたが、謝罪をしなくてもよいというわけではない。
決意していると、現れたのは金星の生きる伝説、金獅子のアラン・オーバンだった。
アランが“王の剣”の講師を任されていることは知っていたが、彼が講師として教壇に立つのは数年に一度あるかないかだ。
その彼の口から話されるソフィー・リニエールの商才は、まだ学生であることを理由にのうのうと暮らしていた者たちに衝撃をもたらした。




