捜索! マツタケは胞子を飛ばす
本日は、農協記念日! ということで更新!
この島の住民は、ほぼ大陸からの『移民』であり、島に秘密があるということを知るのは、『農協』関係者だけだ。
ゆえに、冬枯れの近いこの時期、懐かしき大陸の『風習』を思い出した『素人』が、塀の外に出ようとすることがある。
キノコ狩りだ。
この島でも、大陸と同種のキノコが店先に並ぶ。しかも、味は、すこぶる良いと評判だ。
しかし、この島のキノコは、野生種である。毒であろうが、食用であろうが危険ということを素人は知らない。
この場合、キノコは野菜じゃないぞという、ツッコミは、あるだろう。が。植物学的には、野菜ではないが、この島において、キノコは、野菜と同様に野生種なのだ。
「……というわけで、家族から捜索願いが出ている」
所長のカチャ・トーラの表情が険しい。
「探してほしいのは、フリ・カッセ議員。七十八歳。孫に大陸時代の話をしていて、思い立ったらしい」
「議員が何やってんだか……」
俺はため息をついた。
いくら元気といっても、いい年をしたじいさんで、しかも島の議員である。
この島では、門の外に出て良いのは、農協関係者だけだということは、百も承知であろう。農協法、第六条違反である。知らないわけはない。
もっとも、その法律がなぜ、制定されているのか、理由を知っているのは、ごくわずか。
門の外が立ち入り禁止の理由を議員も知らなかったのであろう。
「それで、何を捜しにいかれたのです?」
「マツタケよ」
カチャは、にやりと笑った。
かぐわしい香りを持つキノコは、絶大な人気を誇る、高級食材だ。この島の荒野の向こうにある赤松の山に、群生していて、大陸へも輸出されている。
「たぶん死ぬほど怖い思いをなさっているわ。それと、ドル・チェも研修でつれていって。捜索も、農協の業務のひとつだし」
「研修生を引き連れて、さらに救出もしろと?」
さすがに、きついのではないか、と、俺は異を唱えた。
「大丈夫よ、あなたたちなら」
美しい柔和な笑顔。男心をくすぐる、まさしく絶対兵器である。
この顔に逆らえる男は、いないであろう。
「……わかりました」
俺とブルは、頭を下げた。
「ああ、来たね」
ブルが走ってきた女性を手招きした。
「はい。今回もよろしくお願いします!」
はきはきとした声で、ドルは頭を下げる。
麦わら帽子に、長袖のシャツに、長ズボン。長い地下足袋に手袋を着用している。
前回に比べ、超優秀な服装である。
キラキラと輝く大きな瞳は、相変わらず可愛らしい。
「ゴーグル、防塵マスクは?」
「はい。持ってきてます」
ドルは、背負っていたリュックを指さした。
「装着しておけ。遭遇してからでは遅い」
「はい!」
「傘は?」
「もちろん、持ってきてます!」
「……なら、いい」
俺たちは、装備を整え、裏門を出た。
キノコを狩るには、荒野を抜け、山に入らなければならない。
山に入る前に、トゲトゲした葉を持つ大根の集団に出くわした。今日の目的は大根ではない。
俺たちは、トゲトゲの葉を振り回す大根を回避しながら、山へと急いだ。
「良い大根だったなあ」
ブルが未練ありげに呟く。
「少しくらい収穫してはいけなかったのですか?」
「無理だな。議員が歩ける状態とも限らんし」
今回は人命救助が優先である。
山にたどり着くには荒野を抜けねばならず、運よくそこまで『何事もなく』つけたにしても、山にも野生種の危険なものはたくさん存在する。
「お二人は、キノコ狩りはよくなさるのですか?」
俺たちは、細い山道に入る。当然、山道の整備をしているのは農協の仕事だ。
もっとも、山に入る人間は限られているため、『道』のようなモノ、という方が正しい。
「まあ、な」
俺は、肩をすくめた。
「奴らとやりあうときは、足場が悪いから、気を付けてね」
平地の野菜に比べ、やはり山は歩きにくいため、負傷が多い。
値段が高価になってしまうという事情は、そこにある。
「ひぃぃぃぃ」
男性の悲鳴がかすかに聞こえた。
「あっちだな」
耳を澄まし、俺たちは駆け出した。
男は松林の中で、腰を抜かしていた。
周りには、つくつくと丸い傘を持つ、マツタケたちが取り囲んでおり、あたりは、まるで雪が降ったように真っ白になっている。
「フリ・カッセ議員!」
俺は叫びながら、奴らの前に立つ。
ゴーグルと防塵マスクのおかげで、奴らの『胞子』の攻撃は効かない。
魅惑の香りもマスクが遮断している。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
ドルの声に応える、議員の声。呆然としてはいるようだが、意識はあるようだ。
ならば。
「せっかくだから、収穫、させてもらおうか」
「だね。囲まれちゃっているし」
俺と、ブルは、にやりと目くばせをしあう。
野生のマツタケは、しつこい。一度絡むと、相手が倒れるまで胞子を飛ばし続けるのだ。
俺は、マツタケたちとの距離を詰める。
焦ったやつらは、胞子を俺に向かって吹いた。
「させるかっ」
俺はすばやく傘を広げ、胞子をふせぎ、その太い石突にむかって手刀をくりだす。
「ブル!」
「あいよっ!」
俺はマツタケを狩り、ブルに向かって、放り投げた。
フリ・カッセ議員は、無事、町へとたどり着き、病院に入院した。
彼は、農協法に違反したという理由で、罰金を支払うことになっている。
公的な調書には、彼は山に入って早々にケガをして、キノコに襲われたと証言しているが、疲労による幻覚ではないかと、調査官は記入している。
ちなみに。この時期、農協の寮の中庭に、洗ったばかりの傘が大量に干されて、島の風物詩になっているが、その理由は知られていない。
島『ベジル』の秘密は、農協が今日もひそやかに守り続けている。