初めての依頼 ③
ラルフは、森の中で立ったまま、しばらく周囲を見渡していた。
木々の間には草が生い茂り、地面には枯れ葉が積もっている。猫が隠れられそうな場所はいくらでもあった。
けれど、ラルフの視線は迷わなかった。
「こっちだ」
そう言って、森の右手へと歩き始める。
「えっ、そっちなの?」
リアは慌てて後を追った。
「うん。マリーはこっちに行ったみたいだから」
「どうして分かるの?」
「どうしてって……」
ラルフは言葉に詰まった。
こちらへ進めばいいと、ごく自然に思えたのだ。
「……なんとなく?」
「なんとなくって!」
リアは不思議そうに首を傾げた。
それでも、ラルフが迷いなく歩いていくので、ついていくことにした。
木の根元を通り過ぎ、茂みの間を抜ける。
やがて、少し開けた場所に出た。
ラルフは、まだ離れた場所にある地面へ目を向けた。
「……あった」
「何が?」
「あそこ。猫の足跡」
リアはラルフの指差す方向を見た。
草地の向こうに、土の露出した場所がある。けれど、そこに何が残されているのか、リアにはまるで分からなかった。
「どこ? 何も見えないよ?」
「ほら、土のところ。小さな窪みが続いてるだろ?」
リアは目を凝らした。
しばらくして、ようやく地面に小さな点のようなものが並んでいることに気づいた。
「あっ……本当だ!」
近づいて確かめると、確かに猫の足跡が残っていた。
「やっぱりラルフ目がいいんだね!」
「そうなのかな?」
ラルフは首を傾げた。
ただ、見ようとすれば見える。
二人は足跡を追い、さらに森の奥へと進んだ。
しばらくすると、ラルフが足を止めた。
「……トーマスさん、あっちにいるんだ」
「えっ? お父さん?」
リアは驚いて振り返った。
「うん。森の外側を回ってるみたい。こっちに近づいてきてるよ」
ラルフは斜面の向こうを指差した。
しかし木々が生い茂り、人の姿など見えなかった。
「どこにもいないよ?」
「木の向こうだから、見えないんじゃないかな」
「でも、声も聞こえないよ?」
リアは耳を澄ませた。
風が葉を揺らす音と、遠くで鳴く鳥の声しか聞こえない。
「足音がするんだ。ときどき、マリーを呼ぶ声も」
「え?聞こえるの?」
「うん。ほら、今も」
ラルフがそう言った直後、遠くでトーマスの探す声が聞こえる。
「……本当だ」
「大丈夫だよ。トーマスさんも探してくれてるから。僕たちはこっちを探そう」
リアは、その背中を見つめた。
遠くの足跡を見つける。
聞こえないはずの音を聞き分ける。
しかも、音のした場所から、誰がどこを歩いているのかまで判断しているようだった。
「ねえ、ラルフ」
「ん?」
「それって、本当に普通なの?」
「何が?」
「だから、今の! お父さんがどこにいるか分かったことでしょ!」
「うーん……。父さんと母さんに周りの音には気をつけるように言われてたから」
「それだけで分かるの?」
「分かるというか……聞こえるから」
ラルフは困ったように笑った。
リアはまだ納得していない様子だったが、これ以上尋ねても答えは変わらなかった。
二人は再び歩き始めた。
またもやラルフの足が止まった。
今度はなぜか道の脇に生えている草を見つめている。
妙に目を引く草だった。
葉の縁は細かく波打ち、表面には淡い銀色の筋が走っている。日の当たりにくい場所にもかかわらず、葉は不思議なほど瑞々しかった。
「……これ、なんだろう」
「どうしたの?」
リアも隣にしゃがむ。
「この草、気になるんだ」
「変わった草なの?」
「見た目は、そんなに変わらないんだけど……」
どうして気になるのか、自分でも説明できなかった。
ただ、通り過ぎてはいけないような気がした。
その瞬間、母が薬草を扱っていたときの記憶がよみがえった。
傷を負った冒険者を治療する母の姿。
薬草を一つずつ並べ、種類を確かめていた姿。
「……あっ」
ラルフは小さく声を漏らした。
「これ、薬草かもしれない」
「薬草?」
「うん。母さんが使っていたものに似てるんだ」
ラルフは慎重に周囲の草を分け、根元を確認した。
確信は持てなかったが葉の特徴を見ているうちに、母から聞いた説明が少しずつ思い出されてきた。
「名前までは分からないけど……。たぶん、普通の草じゃないと思う」
「すごい! 薬草まで見つけられるんだね!」
リアは目を輝かせた。
「いや、見つけたというか……。なんとなく気になっただけだよ」
ラルフは照れくさそうに頭を掻いた。
ラルフは、採取したその草をもう一度見つめた。
自分でも不思議だった。
周囲にいくらでも生えている草の中から、これだけが気になった。
「あ、ごめん……今は、マリーを探そうか」
「うん!」
二人が歩き始めると、ラルフはすぐに進む方向を定めた。
少し先の茂みの向こう。
そこに何かがいる。
「こっちだよ」
その声に、リアは慌ててついていった。
大きな木の根元、岩と茂みに囲まれた場所に小さなくぼみが見える。
外からは見えにくく、猫が身を隠すにはちょうどよさそうだ。
ラルフは、茂みの奥へ目を向けた。
「マリー?」
「……にゃあ」
かすかな鳴き声が返ってきた。
「いた!」
リアが声を上げる。
茂みの奥から、茶色と白の毛並みが姿を現した。
「マリー!」
リアは駆け寄り、そっと抱き上げた。
マリーは嫌がる様子もなく、リアの腕の中で喉を鳴らしている。
「もう! 心配したんだから!」
リアはマリーを抱きしめた。
「どこに行ってたの? ずっと探してたんだよ!」
「にゃあ」
マリーは何事もなかったかのように鳴いた。
「無事でよかったね」
「うん! 本当にありがとう、ラルフ!」
リアは満面の笑みで振り返った。
「ラルフがいなかったら、きっと見つけられなかったよ!」
「そんなことないよ。トーマスさんも探してくれてたし」
「でも、お父さんがどこにいるかも分かったし、遠くの足跡も見つけたし、薬草まで見つけたんだよ?」
リアは指を折りながら数えた。
「やっぱり、すごいよ!」
「……そうなのかな」
ただ、マリーを探していただけだ。
けれど、いつもなら気づけないものが見え、聞こえ、自然と進むべき方向が分かった。
ラルフは、自分の手のひらを見つめた。
「リアー。ラルフー。」
トーマスさんもこちらを見つけたようだ。
リアはマリーを抱きながらトーマスさんに向かって笑顔で駆け出していった。
これならお父さんやお母さんも探せるかもしれない…
ラルフの胸に久しぶりの暖かい気持ちが流れていた。
薬草を手にリアが転ばないよう後からついていく。
ラルフの表情も明るかった。




