初めての依頼
守護を授かってから、数日が過ぎた。
ラルフの暮らしは、特に変わらなかった。
朝起きて、畑を手入れする。
食事を作り、必要な買い物をする。
隣家の一家に助けてもらいながら、どうにか毎日を過ごしていた。
守護の能力については、まだ何も分かっていない。
神殿で授与を受けたあと、ラルフは何度か自分の身体を動かしてみた。
走ってみたり、農具を振ってみたり、父から教わった簡単な動きを試したりもした。
けれど、目に見える変化はなかった。
結局、神官の言ったとおり、実際に何かを経験しなければ分からないのだろう。
そう考えるしかなかった。
そんなある日の午前中。
ラルフが畑の道具を片づけていると、隣家の方から、小さな足音が近づいてきた。
「ラルフ!」
振り返ると、リアが駆け寄ってくるところだった。
いつもなら、もう少し落ち着いて歩いてくる彼女が、今日は息を切らしていた。
「どうしたの、リア?」
「お願いがあるの!」
リアはラルフの前で立ち止まると、何度か息を整えた。
「マリーが、いなくなっちゃったの」
「マリーが?」
「うん。朝から姿が見えないの。いつもなら、お昼までには帰ってくるのに……」
彼女の顔には、はっきりと不安が浮かんでいた。
マリーは気まぐれな性格で、時々どこかへ出かけてしまうこともあった。
けれど、いつもなら昼までには帰ってくる。
だが今日は、いつもと様子が違うらしい。
「お父さんとお母さんも探してくれてるんだけど、まだ見つからないの」
「どこで見たのが最後?」
「朝、家の裏にいたの。それから、畑の方へ歩いていくのを見たんだけど……」
リアは不安そうに指を組んだ。
「お願い。ラルフも一緒に探してくれない?」
ラルフは少し考えた。
畑仕事は、ひとまず片づいている。
リアには何度も助けてもらっていた。
自分にできることがあるなら、手伝いたかった。
「うん。いいよ」
ラルフが答えると、リアの表情が明るくなった。
「本当?」
「もちろん」
ラルフはそう言って、家の中へ道具を取りに戻ろうとした。
そのとき、リアが呼び止めた。
「待って。あのね……」
振り返ると、彼女は少し迷ったような顔をしていた。
「これをあげるからマリーを探してほしいの」
リアは両手で、小さな木箱を差し出した。
木箱は古いものだった。
角には細かな傷があり、蓋の端も少し擦り切れている。
装飾もほとんどなく、どこにでもありそうな小さな箱だった。
中には農作業の際に出てくる半貴石と呼ばれる色とりどりのキラキラした石が入っていた。
リアの宝物だ。
「リアそれはいらないよ」
ラルフは首を振った。
「友達なんだから、報酬なんていい」
リアは泣きそうになりながら木箱を胸元に抱えた。
「それでも、お願いしたいの」
いつもの彼女とは、少し違う声だった。
「ラルフの守護を聞いたから。お父さんに聞いたから。傭兵さんのお仕事。だからちゃんと依頼したいの。」
「でも……」
「これ、私の宝物」
リアは木箱を見下ろした。
「でも、マリーはもっとなくしたくないの。だから私も大切なものを渡してお願いしたいの」
ラルフは、言葉を失った。
リアはきっと、いなくなった両親へのラルフの想いを自分にも重ねてお願いしてきてくれたんだろう…
ラルフは木箱を見つめた。
自分が守護を授かったときの神官の言葉を思い出す。
傭兵とは、契約や報酬に応じて戦う者。
ラルフはまだ、その言葉と自分の守護を結びつけて考えてはいなかった。
今はただ、リアが本気で頼んでいることを理解していた。
ラルフは、ゆっくりと手を伸ばした。
「……分かった。じゃあ、預かるよ」
「うん」
リアは、ほっとしたように息を吐いた。
「絶対に見つけるよ」
ラルフはそう答えた。
その瞬間、彼は自分が初めて守護の名の下に正式に依頼を受けたのだと感じた。
もちろん、冒険者ギルドで手続きをしたわけではない。
契約書もない。
報酬の金額を決めたわけでもない。
それでも、リアは依頼主として猫を探してほしいと頼み、ラルフはそれを引き受けた。
そして、リアにとって大切なものを、報酬として預かった。
それが何を意味するのか、ラルフにはまだ分かっていなかった。
木箱を大切にしまい、ラルフは準備を始めた。
マリーの捜索に必要なのは、まず手掛かりを探すことだ。
マリーが最後に目撃された場所を確認し、足跡や毛が残っていないか調べる。
餌の匂いに誘われて移動した可能性もあるし、何かに驚いて隠れている可能性もある。
自然と父から教わったことを思い出していた。
魔物の捜索でも、ペットの捜索でも、最初にすることは同じだ。
思い込みで動かず、残された痕跡を探す。
それが、父の教えだった。
「じゃあ、行こう」
ラルフはリアに声をかけた。
二人は家の裏手へ向かった。




