知らない守護
農村を抜けると、ベネディクタの中心部へ続く道に出た。
町の中心部は、農村とはまるで雰囲気が違う。
石畳の道が整備され、建物の多くは石造りだった。
荷馬車が行き交い、商人が品物を並べ、通りには人々の声が満ちている。
遠くには、町の中心を囲む古い石壁が見えた。
その内側には、領主館や教会、神殿、冒険者ギルドが集まっている。
ラルフは、神殿へ向かう道を歩きながら、周囲の景色を見つめた。
この町で暮らして十一年。
何度も通った場所のはずなのに、今日はすべてが違って見える。
神殿の前には、何組かの親子が集まっていた。
ラルフと一緒に守護を授かる子供たちだ。
緊張した表情で親の手を握っている子もいれば、友達とふざけ合っている子もいる。
自分の守護について、得意げに話している子供もいた。
ラルフは、その様子を少し離れたところから眺めた。
ほとんどの子供には、父親か母親が付き添っていた。
当たり前の光景だった。
それだけに、自分の隣に両親がいないことが、いつも以上に強く意識された。
「ラルフ、行こう」
トーマスが声をかけた。
ラルフはうなずき、神殿の中へ入った。
神殿の内部は、高い天井に覆われていた。
壁には古い神々の姿が彫刻され、柱には長い年月を感じさせる細かな装飾が施されている。
正面には祭壇があり、その奥には淡い光を放つ石が置かれていた。
守護の授与に使われる、神殿の聖石だった。
神官が祭壇の前に立っていた。
白い衣をまとった老人で、長年にわたってこの神殿に仕えている人物だった。
「それでは、これより守護の授与を始める」
神官の声が、静かな神殿に響いた。
子供たちは一人ずつ前へ進み、聖石の前に立った。
神官が短い祈りを捧げると、聖石が光を放つ。
その光を受けた子供の前に、授かった守護の名が浮かび上がる。
神官はそれを読み上げ、記録に残していった。
「農夫」
「剣士」
「薬師」
「商人」
守護の名が告げられるたび、付き添いの大人たちから小さな歓声や安堵の声が上がった。
剣士の守護を授かった少年は、父親に肩を叩かれて誇らしげに胸を張った。
薬師の守護を授かった少女は、母親に抱きしめられていた。
ラルフは、その様子を見つめていた。
自分は、どんな守護を授かるのだろう。
期待と不安が入り交じり、手のひらに汗がにじんだ。
やがて、神官がラルフの名を呼んだ。
「次。ラルフ」
ラルフは一歩前へ出た。
祭壇の前に立つ。
聖石は、目の前にあった。
「両手を、聖石にかざしなさい」
言われたとおり、ラルフは両手をかざした。
神官が祈りを捧げる。
神殿の中が静まり返った。
次の瞬間、聖石が淡い光を放った。
光はラルフの手元から身体を包み込み、やがて目の前に文字を浮かび上がらせた。
神官は、その文字を読み上げようとした。
しかし、口を開いたまま、わずかに動きを止めた。
「……これは」
神官は目を細め、もう一度、文字を確認した。
「天秤…傭兵」
その言葉が、神殿の中に響いた。
ラルフは瞬きをした。
天秤傭兵。
聞いたことのない名前だった。
周囲の大人たちも、互いに顔を見合わせている。
「天秤傭兵って、何だ?」
誰かが小さくつぶやいた。
「傭兵は分かるけど……天秤?」
「そんな守護、聞いたことがないぞ」
子供たちの間にも、ざわめきが広がった。
ラルフは神官を見上げた。
「神官様。これは、どういう守護なんですか?」
神官は、すぐには答えなかった。
彼は聖石を見つめ、それから記録用の書物を開いた。
何か手掛かりがないか、過去の記録を探しているようだった。
しばらくして、神官は静かに首を振った。
「すまない。私にも、詳しいことは分からない」
ラルフは目を見開いた。
「分からないんですか?」
「守護の名は確かに示された。だが、この名について、私が知る記録には見当たらないのだ」
神官は言葉を選ぶように続けた。
「傭兵とは、契約や報酬に応じて戦う者のことだ。しかし、天秤という守護がどのような能力をもたらすのかまでは、私には判断できない」
「じゃあ……僕には、何ができるんですか?」
ラルフの声には、隠しきれない不安がにじんでいた。
神官は、申し訳なさそうに彼を見つめた。
「今の段階では、分からない。守護の名だけで、その能力のすべてが明らかになるわけではないからな。これから経験を積むことで、分かってくることもあるだろう」
ラルフは、目の前に浮かんでいた文字を見つめた。
天秤傭兵。
剣士でも、斧使いでも、魔法使いでもない。
聞いたこともない守護。
自分が何をできるのか、神官でさえ分からないという。
「……そうですか」
ラルフは小さく答え、祭壇の前から下がった。
神殿を出るまで、ラルフはほとんど口を開かなかった。
トーマスは、何か声をかけようとしているようだったが、何も言わなかった。
神殿の外では、ほかの子供たちが自分の守護について話していた。
「剣士だったから、父さんと一緒に訓練できる!」
「私は薬師。お母さんの仕事を手伝えそう」
そんな声が聞こえてくる。
ラルフの守護についても、何人かが話していた。
「天秤傭兵だってさ」
「何ができるんだろうな」
「戦えるのか?」
「傭兵っていうくらいだから、戦うんじゃないか?」
「でも、神官様も分からないって言ってたぞ」
悪意のある言葉ばかりではなかった。
単純に珍しい守護への興味もあったのだろう。
それでも、ラルフには居心地が悪かった。
自分の守護なのに、自分が一番何も知らない。
どんな力があるのか。
どんな仕事に向いているのか。
これから何をすればいいのか。
何も分からなかった。
帰り道、ラルフは何度も自分の手を見つめた。
守護を授かったことで、何かが変わったはずだった。
けれど、身体に違和感はない。
力が湧いてくるわけでもない。
何か特別な声が聞こえるわけでもない。
いつもの自分と、何も変わらないように感じられた。
「なあ、ラルフ」
トーマスが、歩きながら口を開いた。
「珍しい守護だからといって、悪いものとは限らん。今は分からなくても、これから分かることもあるだろう」
「……はい」
ラルフは答えた。
励ましてくれていることは分かった。
それでも、不安が消えるわけではなかった。
家へ戻ると、リアが駆け寄ってきた
「ラルフ! どうだった?」
「どんな守護だったの?」
ラルフは、少しだけ迷った。
「……天秤傭兵、だって」
「てんびん……ようへい?」
リアは、聞き慣れない言葉をゆっくりと繰り返した。
「うん」
「それって、どんなことができるの?」
「神官様にも分からないんだって」
「えっ、神官様にも?」
リアは驚いたように目を丸くした。
「じゃあ、ラルフが最初に見つけるんだね!」
「何を?」
「天秤傭兵が何をできるのか!」
リアは、当然のことのように言った。
ラルフは、思わず彼女を見つめた。
神官にも分からない。
記録にもない。
そんな守護を授かったことを、リアは不思議がりながらも、どこか楽しそうに受け止めていた。
「……そうだね」
ラルフは、少しだけ笑った。
「そうかもしれない」
「うん! 分かったら、私にも教えてね!」
「分かったよ」
リアは満足そうにうなずいた。
リアの言葉は、ひとりで抱え込んでいた不安を、ほんの少しだけ軽くしてくれた。
その日の夜。
ラルフは寝台に横になりながら、今日告げられた守護の名を思い返していた。
天秤傭兵。
傭兵というくらいだから、戦いに向いた守護なのかもしれない。
そうなら、冒険者として働くこともできるだろう。
冒険者として活動できるようになれば、両親の行方を調べる手掛かりも増えるかもしれない。
でも、それはまだだいぶ先の話に見えた。
今のラルフには、自分の守護の能力さえ分からないのだから。
ラルフは目を閉じた。
明日から、自分は何をすればいいのだろう。
畑を世話し、食事を作り、両親の帰りを待つ。
そして、いつか二人を探し出す。
そのために、自分に何ができるのかを知りたい。




