天秤
黒い影が迫った。
「ラルフ!」
ロイドさんの声。
身体が突き飛ばされた。
地面を転がる。
息が詰まった。
顔を上げた。
ロイドさんがいた。
目の前に。
前脚が、ロイドさんの胴を貫いていた。
「……え?」
何が起きたのか、分からなかった。
ロイドさんの身体が持ち上がる。
血が滴る。
剣を握った右手が、力なく垂れた。
「ロイド……さん?」
ヘルビーストが前脚を引き抜いた。
身体が地面に落ちる。
「ロイドさんっ!」
駆け寄ろうとした。
足が動かなかった。
ロイドさんがこちらを見た。
ロイドはかすれた声でつぶやいた。
「生き残れ……」
ラルフの「天秤」に、生き残るという依頼が
載せられた。
ロイドは、自分の胴を前脚で貫いたヘルビーストに向き直った。
「俺の命はくれてやる、クソ野郎っ……」
ラルフの「天秤」に、ロイドの命が載せられた。
ロイドは剣を握り直した。
その直後、ヘルビーストがロイドの頭部を噛みちぎった。
ラルフの「天秤」が、最大で釣り合った。
「あ……あぁぁ……」
「ああ嗚呼ああぁぁ!」
全てがゆっくりだった。
倒れていくロイドさんが
なんで?
だめだ
なんで?
ロイドさん
生き残る?
なんで?
こんな隙だらけの相手に?
なんで?
お前
何した?
返せよ
胸の中で何かが爆ぜた
返せ
殺す
殺す殺す
殺す殺す殺す
コロしてやるっ
黒い塊があふれだした
止まらない
身体が動いた
剣を握っていた
ヘルビーストが、向いた
遅い
何もかもが遅い
見える
全部、見える
眼も、鼻も、牙も、顎も、首も、前脚も、後脚も
斬り刻む
叩き潰す
斬った
刺した
叩き潰した
眼を潰し、鼻を裂き、牙を砕き、顎を割り、首を斬りつけ、前脚を断ち、後脚を砕き、黒い巨体を斬り刻む
斬る
刺す
叩き潰す
ヘルビーストが吠えた
遅い
遅すぎる
逃がさない
逃がすものか
剣を振るう
肉を裂く
骨を断つ
何度も
何度も
何度も
何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も
何度も何度も
何度も
何度も
血みどろになるまで
何度も
何度も
「ラルフッ!!」
誰かの声がした。
聞こえない。
剣を振るう
刺す
叩きつける
何度も
何度も
「ラルフ! もういいっ!」
腕をつかまれた。
剣を振ろうとした。
動かない
「ラルフ! もういいんだ……!」
ヘーゼルだった。
小さな身体を、強く抱きしめていた。
ラルフの手から、剣が落ちた。
血
地面
黒い獣
ロイドさん
風が木々の間を静かに吹き抜けていった




