崩壊
「命中! 効いてます!!」
矢が刺さる。魔法が炸裂する。ヘルビーストの巨体が揺れた。
「次の攻撃に備えろ!」
ヘルビーストが吠えた。
巨体が沈み、地面を蹴る。
黒い影が前衛の盾隊へ突っ込んだ。
「盾を――!」
遅かった。
盾ごと兵士が吹き飛んだ。頭部が弾け、血が散る。隣の兵士も巻き込まれ、宙を舞った。
三人が地面に叩きつけられる。
二人は動かない。頭を吹き飛ばされていた。
残る一人は肩を押さえ、苦痛に顔を歪めている。
「頭を下げろ! 盾を掲げろ! 吹き飛ばされるぞ!」
ヘルビーストが再び襲いかかる。盾が軋み、兵士たちの足が地面を滑った。
「耐えろおおおっ!」
前衛が踏みとどまった。
「ロイドさん! 血がっ!!」
「大丈夫だ!」
肩を押さえたロイドが、ラルフのもとへ戻る。
「スレイ!! 前線に出るぞ!!」
ヘーゼルが戦斧を握り、駆け出した。
「前衛、団長に続け! 中衛は援護! 後衛は射線を確保しろ!」
ヘーゼルが側面へ回り込む。
ヘルビーストは前衛に意識を向けていた。
死角から振り下ろされた戦斧が、前脚を叩き割る。
黒い巨躯が傾いた。獣は咆哮し、傷ついた脚をかばうように身をよじった。振り回された前脚が盾を叩き、兵士たちの身体が大きく揺れる。
「頭を下げろ! 盾を掲げろ!」
ヘーゼルが斧を引き抜き、飛び退いた。
「槍隊、突け!」
槍が一斉に突き出され、黒い身体に突き刺さる。
傷ついた脚が崩れ、巨体が地面に傾いた。
「後衛、準備完了!」
「射線を空けろ! 狙え!」
前衛が左右に退く。弓隊が矢をつがえ、魔法隊の手に光が集まった。
「撃てえええっ!」
矢が放たれる。
魔法が炸裂する。
ヘルビーストの巨体が跳ねた。
立ち上がろうとする。
脚が崩れる。
地面に落ちる。
もう一度、身を起こそうとした。
前脚が震え、巨体が沈む。
動きが止まった。
「……仕留めた…か?」
「油断するな!」
兵士たちは武器を構えたまま、倒れた魔獣を見据えていた。
前衛には死者が出た。
それでも、戦列は崩れていない。
ヘルビーストは瀕死だった。
あと一撃。
「後衛、次の攻撃を準備しろ!」
木が折れた。
地面が揺れる。
「――何だ?」
左手の森。
黒い影。
飛び出した。
速い。
「伏せろおおおっ!」
間に合わなかった。
黒い巨体が後衛へ突っ込んだ。先頭の兵士の頭が弾け、血が飛び散る。隣の兵士が盾ごと跳ね飛ばされ、その身体が後方の兵士に激突した。押し倒された兵士たちの上に、さらに別の身体が叩きつけられる。鎧が潰れ、盾が砕け、槍が折れる。逃げようとした兵士が倒れた仲間につまずき、その背中を黒い巨体が踏み越えていく。
弓を構えた兵士が吹き飛ぶ。魔法を放とうとした兵士が地面に叩きつけられる。飛んできた身体が別の兵士を巻き込み、逃げ道を塞ぐ。血に濡れた地面に人が折り重なり、その上を黒い獣が駆け抜けていく。
悲鳴。
叫び。
黒い巨体が、すべてを薙ぎ払う。
「何だ、あれは……!」
黒い巨体。
鋭い牙。
ヘルビーストだった。
「二体だと……!?」
ヘーゼルが振り返る。
「下がれえええっ!」
スレイが叫ぶ。
「全軍、退避! 前衛は後衛を援護しろ!」
兵士たちが動き出す。
だが、間に合わない。
逃げ遅れた兵士が剣を振り上げた。鋭い爪が男の身体を引き裂く。悲鳴をなく潰される、駆け寄った騎士も噛み千切る。負傷者を引きずって逃げようとする者。黒い巨躯が迫る。盾を捨てて走る者、腰を抜かして動けない者、仲間を置いて逃げ出す者。
二体目の黒い獣は誰一人として区別しなかった。
凄惨に蹂躙していく。逃げる者、倒れる者、仲間を助けようと手を伸ばす者。そのすべてを黒い巨体が薙ぎ払い、頭が砕け、身体が飛び、鎧が潰れていく。つい先ほどまで統制されていた戦場が、死と混乱に呑み込まれていった。
ラルフは立ち尽くしていた。
人間が吹き飛ぶ。
血が飛び散る。
仲間が死んでいく。
「……え?」
勝てると思っていた。
一体目は瀕死だった。
あと一撃だった。
なのに。
黒い獣が、こちらを向いた。
目が合った。
ロイドが走った。
「ラルフッ!!」
悍ましい黒い巨躯が駆った。
その場にいた誰もが知らなかった。
ヘルビーストはつがいで行動することを。




