邂逅
ヘルビースト探索が始まった。
僕たちは三人で、決められた地点の探索を進めていた。
ロイドさんと、ベテラン冒険者のギアさん。そして僕。
森の中を進むにつれて、胸の奥がざわつき始めた。
嫌な感じがする。
最初は、ほんのわずかな違和感だった。
それが、歩くたびに強くなっていく。
息が苦しい。
足が重い。
もう、行きたくない。
この先には絶対に行きたくない。
「……すみません」
声が震えた。
「僕……この先、行けません」
ロイドさんが振り返った。
僕の顔を見つめ、何も聞かずに頷く。
「分かった。ここで待ってろ」
ロイドさんは一人、森の奥へ進んでいった。
僕の能力を信頼してくれている。
だからこそ、僕の反応を無視しなかった。
ロイドは慎重に歩みを進めた。
大型の獣魔獣がいると分かるような痕跡はない。
枝が折れているわけでも、地面が荒れているわけでもない。
それでも、油断はしなかった。
木々の間に視線を走らせ、足を止め、耳を澄ます。
そして――
ピタリと、足が止まった。
殺気。
森の奥から、ドス黒い殺気が流れてくる。
チッ……。
舌打ちが、小さく響いた。
あの防衛戦で感じたものと同じだった。
呼吸を整え、木々の隙間へ目を凝らす。
いる。
深い森の向こう。
黒い巨体が、鎮座していた。
ヘルビースト。
その頭が、こちらを向いている。
遠い。
木々も密集している。
すぐに襲いかかってこられる距離ではない。
それでも、ロイドは目を離さなかった。
――向こうも、気づいている。
いつでも殺せる。
圧倒的な殺気だった。
ロイドは静かに後退し、来た道を戻った。
ロイドさんは、僕たちのところへ戻ると僕の肩に手を置いた。
「よくやった」
その言葉に、張り詰めていた息がようやく抜けた。
本当に、いたんだ。
「向こうも気づいている」
「え……」
「いつでも殺せると考えてるんだろう」
ロイドさんの表情に、笑みはなかった。
「ここからは作戦どおりだ」
ロイドさんは、事前の作戦会議でヘルビーストが通りにくい場所を地図で教えてくれていた。
木々が密集し、人間なら通れても、あの巨体では動きが制限される場所。
そこを利用して誘導する。
「ギア、ラルフ。お前たちはスレイに伝えろ。誘導先はA地点かB地点だ」
「分かりました!」
「絶対に伝えます!」
「俺はあいつを誘導する。A地点かB地点。いいな!」
「はいっ!」
ロイドさんが頷く。
「行くぞ」
僕とギアさんは走り出した。
木の根を飛び越え、枝を避け、決められた道を進む。
息が上がる。
それでも止まれない。
ロイドさんは、今もあの殺気の中にいる。
あの黒い巨体を相手に、一人で。
やがて、森の外れに待機していた騎馬隊が見えた。
「スレイさん!」
「見つけたのか?」
「はいっ! ロイドさんが誘導を始めています! 誘導先はA地点かB地点です!」
スレイさんの顔つきが変わった。
「全員、配置につけ!」
「目標、地点AB! 地点AB!」
「合図を確認後、攻撃位置につけ!」
騎士たちが一斉に駆け出した。
馬が嘶き、鎧が鳴る。
弓兵が位置につき、盾を持った騎士たちが隊列を整える。
そのときだった。
パンッ!
森の奥から、乾いた破裂音が響いた。
僕たちは一斉に振り返った。
パンッ! パンッ!
続けざまに音が響く。
ロイドさんの合図だ。
「……始まった」
ギアさんが呟いた。
パンッ! パンッ! パンッ!
音が続く。
近づいている。
確実に、こちらへ。
「来てる……」
僕の喉が鳴った。
スレイさんが騎士団を見回す。
まだだ。
まだ、配置が整っていない。
「配置はどうなっている!」
「騎馬隊がまだですっ!」
伝令役の声が飛ぶ。
パンッ!
また一発。
さっきより、近い。
スレイさんの眉間に皺が寄った。
間に合わない。
このままでは、ロイドさんが危険だ。
予定の地点に誘導する前にヘルビーストが森を抜ければ、作戦は崩れる。
「まずい……!」
ギアさんが呟いた。
僕は森を見つめた。
パンッ!
最後の破裂音。
そして――
「ロイドさんっ!」
木々の間から、ロイドさんが飛び出してきた。
全力疾走。
その背後に、黒い巨体。
ヘルビーストだ。
地面が揺れる。
枝が折れる。
黒い影が、ロイドさんとの距離を詰めていく。
ロイドさんが進路を変えた。
騎士団の方へ。
自分を追わせるためだ。
「ロイドさん、危ない!」
声が裏返った。
届かない。
ロイドさんは走る。
ヘルビーストが追う。
そして、二つの影が森を抜けた。
ドンッ!
巨体が地面を踏みしめ、土が跳ね上がる。
ロイドさんは、間一髪で横へ飛び退いた。
ヘルビーストの頭が、騎士団へ向く。
その一瞬。
スレイは弓を構えた。
ヒュッ!
矢が飛ぶ。
ガンッ!
硬い音。
矢は頭蓋骨に弾かれた。
ヘルビーストがスレイを向く。
そして――
ドンッ!
地面を蹴った。
速い。
黒い巨体が、一直線に迫る。
「盾隊、配置完了!」
「後衛、配置完了!」
伝令の声が、立て続けに響いた。
スレイは迫り来る巨体を見据えた。
「待たせたな…今度は仕留める」
弓を引き絞る。
そして、叫んだ。
「全員、斉射!」
無数の矢と魔法が、一斉に放たれた。
矢が空を裂く。
炎が走る。
黒い巨体に、次々と着弾した。
「命中! 効いてます!!」
伝令役の声が響いた。
最悪のヘルビースト戦が始まった。




