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祝福された異端の子  作者: しろうさぎ


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決起



朝の光が、ベネディクタの街を照らしていた。


街門前の広場には、騎士たちが集まっていた。


鎧の留め具を確かめる者。剣の柄を握り、抜き差しを確認する者。荷車に積まれた物資を点検する者。


いつもの出発とは違う。


今日、彼らが向かうのは魔の森。


討伐対象は、ヘルビースト。


八年前、多くの騎士と冒険者を死に追いやった魔獣だった。


騎士団からの参加者は三十三名。


団長と副団長をはじめ、数々の戦場を経験してきた歴戦の騎士たちが集まっている。


冒険者ギルドからは十四名。


斥候、伝令、後衛の攻撃要員、そして支援を担う者たち。


合計四十七名。


その全員が、これから命を懸けた戦いに向かおうとしていた。


「装備の最終確認を怠るな! 予備の矢と薬品も確認しておけ!」


騎士団長の声が広場に響く。


団員たちは短く返事をし、それぞれの準備を続けた。


冒険者たちも、互いに装備を確認し合っている。


その中に、ロイドさんと僕の姿もあった。


僕は剣の位置を確かめ、背負った荷物を直した。


何度確認しても、忘れ物があるような気がした。


「ラルフ」


ロイドさんに呼ばれ、顔を上げた。


「はい」


「落ち着け」


「……はい」


僕は息を吐いた。



そのとき、広場の奥から人々の視線が集まった。


エドガー様が現れたのだ。


護衛の騎士を伴い、広場の中央へ歩いてくる。


いつもの執務室で見る姿とは違っていた。


背筋を伸ばし、集まった者たちを見渡す。


十五歳の少年。


けれど、彼はこのベネディクタを預かる領主代行だった。



エドガー様は、騎士団長と副団長、そして冒険者ギルドの代表に目を向けた。


三人が頷く。


広場に、静けさが広がった。


エドガー様が口を開いた。


「諸君。出発の前に、伝えておきたいことがある」


声は大きくない。


それでも、広場の隅まで届くようだった。


「今回の討伐対象、ヘルビーストは、極めて危険な魔獣だ」


誰も動かなかった。


「その危険性は、私がここで説明するまでもないだろう。八年前の戦いで、我々は多くの命を失った」


エドガー様は、一度言葉を切った。


「今日、ここに集まった者たちの中にも、あの戦いを知る者がいるはずだ」


歴戦の騎士たちの顔は変わらなかった。


だが、その沈黙が、八年前の出来事を知っていることを物語っていた。


「私は、諸君に危険を忘れろとは言わない。恐れるなとも言わない」


エドガー様は、集まった者たちを見渡した。


「恐れるべきものを恐れずに進むことは、勇気ではない。ただの無謀だ」


広場は静まり返っていた。


「今回の作戦は、全員が一丸となって魔獣に突撃するものではない。それぞれの役割を果たし、情報を共有し、状況に応じて撤退する。そのために、諸君は集められた」


騎士たちの表情は真剣だった。


「騎士団には、騎士団の役割がある。冒険者には、冒険者の役割がある。前に出る者もいれば、後ろから支える者もいる。危険を冒して情報を持ち帰る者もいる」


エドガー様は、冒険者たちにも目を向けた。


「役割に上下はない。どれほど強い者であろうと、情報がなければ判断を誤る。どれほど優れた作戦であろうと、伝令が届かなければ意味をなさない」


僕は、思わず背筋を伸ばした。


斥候は、敵を倒すためにいるわけではない。


知り、生きて伝える。


エドガー様は、静かに続けた。


「諸君に、必ず勝利して帰れとは言わない」


広場の空気が変わった。


「戦場では、どれほど準備を重ねても、想定どおりに進まないことがある。命令を守ることが、かえって命を危険にさらすこともあるだろう」


エドガー様は、一人ひとりの顔を確かめるように見た。


「だからこそ、覚えておいてほしい。作戦を完遂することだけが、諸君の責任ではない」


その声に、少しだけ力がこもった。


「生きて戻り、得た情報を伝えること。それもまた、諸君の責任だ」


僕は、ロイドさんの言葉を思い出した。


――生きて帰るぞ。


エドガー様は、さらに言葉を重ねた。


「そして、諸君が守るものを忘れないでほしい」


街門の向こうには、ベネディクタの街が広がっている。


朝の支度をする人々。店を開ける者。家族を送り出す者。


いつもと変わらない日常が、そこにあった。


「この街には、諸君の帰りを待つ者がいる。家族がいる者もいるだろう。友人がいる者もいるだろう」


エドガー様は、広場の奥に見える街並みへ視線を向けた。


「諸君が守ろうとしているのは、城壁でも、土地でも、私の命令でもない。この街で暮らす人々の生活だ」



静かな言葉だった。


けれど、誰も目を逸らさなかった。


「そのために、諸君は危険を冒す。だからこそ、私は諸君の命を軽く扱うつもりはない」


エドガー様は、深く息を吸った。



「諸君を送り出すのは、私だ。作戦を決めたのも私だ。だから、諸君が背負う危険から、私は目を背けない」



十五歳の少年が、四十七名を前にしていた。


その言葉がどれほど重いものなのか、僕には分からない。


けれど、エドガー様は目を逸らさなかった。


「諸君の力を信じている」


エドガー様は、はっきりと言った。


「そして、諸君が無事に帰ってくることを願っている」


短い沈黙が落ちた。


やがて、エドガー様は一歩下がった。


「以上だ。各員、持ち場につけ」


騎士団長が一歩前に出た。


「騎士団、整列!」


号令が響いた。


騎士たちが動き始める。


装備を整え、隊列を組み、互いの位置を確かめる。


冒険者たちも、それぞれの担当者のもとへ集まった。


斥候部隊は先行する。


伝令は各部隊との連絡を担う。


後衛と支援部隊は、主力の動きに合わせて進む。


四十七名が、それぞれの役割に従って配置されていった。


僕はロイドさんの隣に立った。


ロイドさんは前を向いたまま、短く言った。


「行くぞ」


「はい」


街門が開かれる。


その向こうには、ベネディクタの外へ続く道が伸びていた。


僕たちは、街を振り返らなかった。


先行する斥候部隊が歩き始める。


その後に、騎士団と冒険者たちが続いた。


四十七名の足音が、街門の外へと遠ざかっていった。


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