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祝福された異端の子  作者: しろうさぎ


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32/40

素質

 

翌日、ラルフは冒険者ギルドでロイドと合流した。


「おう!ラルフ。今日はどうする?」


「森へ行きたいですっ!」


「ずいぶん熱心だな。よし、んじゃ今日はもう少し森の中まで入ってみるか」


「はい!」


ギルドを出て、森へ向かう道を歩く。


ラルフは気になっていたことを尋ねた。


「ロイドさん。魔獣を調べててずっと疑問だったんですが、初めて見る魔獣のランクって、どうやって見分けるんですか?」


「ん?簡単だ。でかくて、速くて、強くて、怖いやつほど高ランクだ」


「……どこかの定食屋さんみたいですね」


「ははっ確かにそうだな!」


ロイドは楽しそうに笑った。


「まあ、見た目だけで決められるもんじゃないな。大きくても動きが鈍いのもいれば、小さくても厄介な毒を持つやつもいる。攻撃力だけじゃなく、速さや習性、対処の難しさも含めて判断するんだ」


「じゃあ、見たことのない魔獣に出会ったら?」


「まず距離を取る。むやみに近づかず、動きや周囲の様子を観察する。分からないことが多いなら、戦わずに引くのが鉄則だ」


ロイドはラルフの頭に手を置いた。


「冒険者は、生きて帰ってこそだ」


「はい!」



         *



頭上を覆う枝葉のせいで、森の中は街道よりも薄暗かった。


踏みしめる落ち葉が、かさりと音を立てる。


ラルフは腰の剣に手を添え、前を歩くロイドの背中を追った。


「昨日と違って、今日は中に入る。足元ばかりじゃなく、木の上や、左右の茂みも確認しろ」


「はい」


「俺から少し離れて周囲を見てもいい。ただし、お互いが見えないところへは行くな」


ラルフは頷き、ロイドの斜め後ろへ移動した。


目の前には木々が立ち並び、大小さまざまな草が地面を覆っている。倒れた木の幹には苔が生え、ところどころに小さな穴が開いていた。


「ラルフ、あそこの地面を見てみろ」


ロイドが指さした先には、土が掘り返された跡があった。


「何かが通った跡ですか?」


「そうだ。爪の跡が残っている。大きさからすると、E−Dランクくらいの魔獣だろうな」


ロイドはしゃがみ込み、地面を指でなぞった。


「土がまだ乾ききっていない。そう古い跡じゃない。が、今も近くにいるとは限らない」


ラルフも隣にしゃがみ、跡を観察した。


土の盛り上がり。潰れた草。近くの木の根元に残った、浅い引っかき傷。


その周囲にも注意を向ける。


ラルフは顔を上げ、森の奥を見渡した。


「……あっちかな」


「何がだ?」


「この跡見てたら…あっちが気になります」


ラルフが示したのは、少し離れた茂みだった。


ロイドはすぐには動かなかった。


耳を澄ませ、風の向きを確かめ、周囲の地面を見渡す。


何も聞こえない。目立った痕跡もない。


「理由は?」


「……うまく言えません」


ラルフは困ったように眉を寄せた。


ロイドはラルフの顔を見たあと、ゆっくりと茂みへ視線を向けた。


「分かった。俺が確認する。お前はここで待っていろ」


ロイドは足音を殺し、木の陰を伝って茂みへ近づいた。


枝を避け、地面を確認し、視界を遮る葉の隙間から奥を覗く。


茂みの奥で何かが動いた。


草の間から、小型の魔獣が顔を出す。犬に似た姿のグラスハウンドだった。


魔獣は鼻先を動かし、周囲の匂いを嗅いでいる。


ロイドは静かにラルフのもとへ戻った。


「よく気づいたな。あそこに一匹いた」


「本当ですか?」


「ああ。ただ、どうして分かった?」


「だから、分からないんです……」


ラルフは首を傾げた。


ロイドはしばらく少年を見つめたが、それ以上は追及しなかった。


「まあいい。次は、どうやって近づくか考えてみろ」


ラルフはグラスハウンドのいる茂みを見た。


風は、こちらから魔獣へ向かって吹いている。


「このまま近づいたら、匂いで気づかれますよね?」


「そうだ。どうする?」


ラルフは周囲を見回した。


左側には草の薄い地面が続いている。右側には倒木があり、その向こうに岩が並んでいた。


「右側から回れば、倒木と岩で姿を隠せると思います。風下ですし。でも、足音が出るかもしれません」


「いい判断だ。じゃあ、どうする?」


「……ゆっくり進みます。枝を踏まないように」


「よし。行ってみろ」


ラルフは慎重に歩き始めた。


一歩進むたびに足元を確かめ、枯れ枝を避ける。倒木の陰に身を隠し、岩の向こうから茂みを覗いた。


グラスハウンドはまだ気づいていない。


ラルフはロイドへ振り返り、小さく頷いた。


ロイドが合図を送る。


二人はそれ以上近づかず、魔獣の様子をしばらく観察した。


やがてグラスハウンドは顔を上げ、別の方向へ歩き去っていった。


「よし、ここまでだ」


ロイドがラルフの肩を叩いた。


「気づかれませんでしたね!」


「今回はな。だが、風向きが変わっていたらどうなっていたか分からない。相手がこちらに気づいた場合、どう動くかも考えておく必要がある」


ラルフは真剣な顔で頷いた。



         *

 


さらに森の奥へ進んだ。


今度は、木の根元に小さな穴が開いていた。周囲の草が踏み荒らされ、土には細かな爪跡が残っている。


「魔獣の跡だ。周囲を確認しろ」


ラルフは目を凝らした。


穴の近く。倒木の下。木の根の隙間。


何かが気になった。


「……上です」


ラルフは木の枝を見上げた。


ロイドも視線を上げたが、葉が重なっていて、すぐには何も見えなかった。


「どこだ?」


「右の、太い枝のところです」


ロイドは角度を変えた。


葉の間に、茶色い毛並みが見えた。


Eクラス程度の小型の魔獣が枝に身体を伏せ、こちらの様子を窺っていた。


魔獣が枝から飛び降りた。


地面に着地すると、低い姿勢でラルフたちへ向き直る。


「下がれ!」


ロイドが前へ出た。


魔獣が飛びかかる。ロイドは半歩横へずれ、剣の柄で魔獣の身体を弾いた。


魔獣が地面を転がる。


「今だ!」


ラルフは剣を構えた。


だが、魔獣が素早く立ちなおり踏み込むタイミングを失った。


「慌てるな! 相手の動きを見ろ!」


ロイドが魔獣の進路を塞ぐ。


魔獣は左右へ動き、隙を探していた。


ラルフはその動きを追った。


右へ動く。止まる。低く身を沈める。


魔獣が飛びかかった。


ラルフは反射的に横へ避けた。


茶色い体躯が目の前を通り過ぎる。


「そこだ!」


ロイドの声に、ラルフは振り返り、


体勢を立て直す前に、剣を振り下ろす。


深い一撃を受けた魔獣は数歩よろめき、そのまま倒れた。


「……やった」


緊張と興奮でラルフはしばらく動けなかった。


ロイドが魔獣へ近づき、動かないことを確かめる。


「初めての討伐だな!」


「はい……!」


ラルフの顔が、ぱっと明るくなった。


「でも、最後はロイドさんが助けてくれたから……」


「最初から一人で何でもできる奴はいない。大丈夫だ。次に生かせばいい」


ロイドは剣を納めた。


「それより、討伐したら終わりじゃないぞ」


「え?」


「素材を採る。魔獣によっては、皮や牙、爪が売れる。傷をつけすぎれば価値が下がることもある。どう扱うか、覚えておけ」


ロイドはナイフを取り出し、魔獣の皮を剥ぐ手順を見せた。


どこから刃を入れるのか。皮を傷つけないためには、どの角度で刃を動かすのか。力を入れすぎると、どこに傷がつくのか。


ラルフは一つ一つ目で追った。


「次はお前がやってみろ」


「はい!」


ラルフはナイフを受け取り、教わったとおりに刃を入れた。


だが、最初の一手で力を入れすぎ、皮の一部を傷つけてしまった。


「あっ……」


「力を抜け。刃を押し込むんじゃない。皮と身の間の組織を探るように動かせ」


ロイドが手元を指さす。


ラルフは刃の角度を変え、ゆっくりと動かした。


少しずつ、皮が身から剥がれていく。


時間はかかったが、最後まで自分の手で作業を終えた。


「できた……!」


「上出来だ。最初からきれいにできる奴はいないからな」


「 お前も帰ったら自分に合うナイフを何点か探すといい。冒険者の必需品だ」


ロイドは剥いだ皮を確認し、袋へ収めた。


ラルフは自分の手を見つめた。


魔獣を倒すだけでは冒険者の仕事は終わらない。


素材を無駄にしないことも、冒険者に必要な技術。


成長の実感が嬉しかった。



         *



昼を過ぎたが、二人はさらに森の中を進んでいた。


ロイドは周囲を確認しながら、時折、地面の痕跡や木の幹についた傷をラルフに見せた。


ラルフも、それらを見逃さないよう注意していた。


だが、しばらく歩いたところで、ラルフが突然足を止めた。


「ロイドさん」


「どうした?」


「……こっちへ行かない方がいいと思います」


ラルフが示したのは、二人が進もうとしていた方向だった。


ロイドは足元を見た。


目立った足跡はない。草が大きく踏み荒らされた様子もない。風向きにも、特に変わったところはなかった。


「何か見つけたのか?」


「いえ……でも、なんだかひどく嫌な感じがします」


ラルフは自分でも困惑していた。


何が嫌なのか、どこがおかしいのか。説明しようとしても、言葉が出てこない。


ただ、そちらへ進んではいけない。


そんな感覚だけが、はっきりとあった。


ロイドは周囲を見渡した。


森の中は静かだった。鳥の声が聞こえ、遠くで枝が揺れる音がする。


経験から危険を察知しようと、ロイドは耳を澄ませ、風の匂いを確かめた。


それでも、明確な異常は見つからなかった。


「……分かった。少し待て」


ロイドは進路を変え、近くの木の陰から慎重に周囲を探った。


そのときだった。


遠くの木々の間で、何か大きな黒い影が動いた。


ロイドの目が細くなる。


影は木の幹の向こうへ消えた。姿をはっきりと確認することはできなかったが、見間違いではない。


ロイドはすぐにラルフのもとへ戻った。


「ラルフ、静かに。俺の後ろへ」


その声には、先ほどまでとは違う緊張があった。


ラルフは息を潜め、ロイドの指示に従った。


ロイドは黒い影が消えた方向を見つめていた。


あの大きさ。あの動き。


八年前の記憶が、脳裏をよぎる。


ヘルビースト。


確証はない。だが、もしそうなら、絶対に長居するわけにはいかなかった。


ロイドはラルフの肩へ手を置いた。


「戻るぞ。音を立てるな」


二人は来た道を慎重に引き返し始めた。


ロイドは周囲への警戒を一時も解かなかった。黒い影が再び現れないか、足音が近づいてこないか。最大限の注意で何度も背後を確認しながら、少しずつ森の出口を目指す。


やがて、木々の隙間から街の近くの道が見えてきた。


そこでようやく、ロイドは足を止めた。


「……ふぅ。ここまで来れば大丈夫だろう」


ラルフも大きく息を吐いた。


「さっきの、何だったんでしょう?」


「分からん。だが、分からないものに近づかないのが基本だ」


ロイドはラルフの顔を見た。


「それより、どうしてあの方向が危険だと思ったんだ?」


「……分からないです」


ラルフは困ったように笑った。


「本当に、なんとなくです」


ロイドはしばらく黙っていた。


自分なら、足跡や匂い、物音、風向きから危険を探る。


長い経験のなかで少しずつ身につけてきた技術だ。


だが、ラルフは違う。


目に見える痕跡もなく、明確な理由も説明できない。それなのに、危険があるかもしれない方向を察知した。


今日だけではない。採集している森の中でもみられた動きだ。


偶然で片づけるには多すぎる。


「……お前、やっぱり面白い感覚を持っているな」


「そうですか?」


「ああ。だが、それだけに頼るなよ。過信は慢心を生む」


「はい!」


ラルフは素直に頷いた。



ロイドはもう一度、森の奥へ目を向けた。


「こんなところまで来てるのか…やはり、早く片をつけないとな…」


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