模擬訓練
盾と盾が激突した。
鈍い音とともに、前列の兵士たちが押し込まれる。足元の土が削れ、一人が膝をついた。隣の盾との間に生じた隙間へ、後方から槍が突き出される。
「列を戻せ! 間を空けるな!」
ヘーゼルの号令が飛ぶ。
騎士たちは崩れた隊列を立て直し、再び標的へ向かっていった。
訓練場の後方では、弓兵たちが一斉に矢を放っていた。標的の胴体に矢が突き刺さる。続いて魔法が飛び、土煙が上がった。伝令が旗を振り、攻撃の停止を知らせる。
その合図を見落とした魔法使いが、慌てて魔法を抑え込んだ。
別の場所では、騎兵が標的の周囲を駆けていた。一定の距離を保つはずが、一騎が近づきすぎたことで標的の向きが変わる。後続の騎兵まで巻き込まれ、隊列が乱れた。
「やり直し!」
スレイの声が響く。
負傷者を想定した救援訓練も続いていた。各隊の連携役が腕を振り、旗を掲げる。救援班が駆け出し、倒れた兵士役を担架へ運び込んだ。
盾兵が列を組み直す。槍兵が構えを変える。弓兵が弦を引き、魔法使いが次の合図を待つ。
何度も、何度も。
ヘーゼルとスレイは、訓練の一部始終を見届けていた。
*
エドガーの執務室。
机の上には、訓練結果をまとめた報告書が置かれていた。
「それで、実際にやってみてどうだった?」
エドガーの問いに、ヘーゼルが答えた。
「課題は多いですが、各部隊の連携は改善しています。ただし、正面からの突進を受け止めるのは難しいでしょう」
「盾兵の防御が不十分なのか?」
「それだけではありません。盾兵が持ちこたえても、その衝撃で後列の槍兵が乱れれば反撃に移れません。槍を長くすれば間合いは稼げますが、味方の槍と干渉しやすくなる。扱いやすさとの調整が必要です」
ヘーゼルは報告書の一項目を指で示した。
「遠距離攻撃については、頭部より胴体の方が命中させやすい。ただし、命中と有効打は別です。皮膚の厚さを考えると、矢がどこまで通用するかは実戦で確かめる必要があります」
「斥候の報告にあった古傷は?」
「位置は全員に共有しています。狙いどころの候補にはなりますが、そこが確実な弱点だとは断言できません。右目はドノガ殿が負わせた傷によって閉じていますが、死角を突くにも隊列を崩す危険があります」
エドガーは報告書へ目を落とした。
「連携の方は?」
「伝令の合図を統一し、声と旗、腕の動きを併用しています。見落としは減りましたが、戦場で確実に伝わるよう、さらに反復が必要です。救援班との連携も同様です」
「騎兵はどうだ?」
「標的との距離を保ち、後衛へ向かわせない動きは身につき始めています。ただ、接近しすぎれば標的の向きを変えてしまう。独断で追撃せず、進路の変化を全体へ伝えることを徹底させています」
エドガーはしばらく考え込んだ。
「つまり、陣形と連携を整えても、正面から受け止められる保証はないということか」
「はい」
ヘーゼルは即答した。
「ヘルビーストの体格と速度を考えれば、正面からの衝突そのものを避ける方法も考えるべきです」
「先制攻撃…か」
「ええ。敵がこちらを見つける前に位置を把握し、攻撃を集中させる。そのタイミングで相手の出鼻をくじければ…少なくとも、正面激突より勝機はあるでしょう」
エドガーは報告書を閉じた。
「その場合、重要になるのは斥候だな」
「はい。こちらが先に発見できなければ、先制攻撃は成立しません。敵の位置や進行方向を、どれだけ早く正確に把握できるか。それが今回の討伐の成否を左右するかと」
エドガーは頷いた。
「敵の姿を捉えられなければ、陣形も攻撃も意味をなさない、か」
その視線が、机の端に置かれた薬草採集の報告書へちらりと向いた。




