魔の森
門の守衛に挨拶し街を出て、街道を少し歩く。
初めて出る門の外、思っていたよりは普通。そんな印象を受けた。
「ここが魔の森ですか?」
「ああ。街から七百メートルも離れていない。今日は奥には入らず、この辺りにどんな魔獣がいるのかを見ていくぞ」
ラルフは森を見渡した。
「こんなに街の近くにもいるんですね」
「最近は魔獣の生息域も変わってきているからな。昔から魔獣が少ない場所だからといって、今も安全とは限らない」
ロイドは森の入り口を指さした。
「魔獣にはランクがあるのは知っているな?」
「E、D、C、B、Aですよね」
「そうだ。お前が以前戦った狼はCランクだ。Cランクの中でも中程度の強さだったな」
「……あれで中くらいなんですか」
「ランクが同じでも個体差はある。この辺りにはEやDランクが多い。基本的に上位の魔獣ほど自分の縄張りを大事にする。比較的弱い魔物が多いエリアだが、森に入るときは決して一人で来るな。何かあったとき誰も助けてはくれない」
「はい」
「依頼を受けるなら、ギルドでパーティーを組むといい。お互いの死角を補えるようにするんだ。とりあえず今日は日が落ちるまで、遠くから観察してみよう」
ロイドが岩陰から森の中を指さした。
「あそこにいるのが見えるか?」
草むらの間を、小型の魔獣が歩き回っていた。
「犬みたいな魔獣ですね」
「Eランクのグラスハウンドだ。臆病で、人間を見ると逃げることが多い。だが、追い詰めれば反撃してくるし、群れでいることもある」
ラルフは魔獣の動きを追った。
グラスハウンドは地面の匂いを嗅いでは顔を上げ、周囲を警戒している。
「餌を探しながら、敵がいないか確かめているんだ」
ロイドがそう説明した直後、グラスハウンドが顔を上げた。
視線が、二人のいる岩陰へ向く。
「……気づかれたんでしょうか」
「動くな」
ロイドが小声で告げた。
二人は身を伏せたまま、魔獣の様子を見守った。
やがてグラスハウンドは興味を失ったように顔を背け、草むらの奥へ消えていった。
「臆病な魔獣でも、こっちの都合で逃げてくれるわけじゃない。風向きが変われば、匂いで気づかれることもある」
「はい……」
ラルフは、知らず知らずのうちに息を詰めていたことに気づいた。
「次はあれだ」
ロイドが指した先には、岩の上に小さなトカゲのような魔獣がいた。
「Dランクのグリーンリザード。毒を持っている」
「毒ですか?」
「毒持ちは1番に警戒しろ。噛まれれば身体が痺れることもある。あまり動かず、獲物が近づくのを待つことも多い」
ラルフは岩の周囲に目を向けた。
「……草むらにも、もう一匹いますね」
「よく気づいたな。一匹を見つけても、ほかにいないとは限らない。毒を持つ相手には不用意に近づくなよ」
そのとき、岩の上のグリーンリザードが、すっと身体を低くした。
ラルフは身構えたが、魔獣は岩から飛び降りると、草むらへ姿を消した。
「逃げたんですか?」
「そうかもしれないし、別の場所から獲物を狙うつもりかもしれない。訓練と同じだ。姿が見えなくなったからといって、いなくなったと決めつけるな」
ロイドは草むらを一瞥してから、別の場所へ移動した。
「最後に、あれを見ておけ」
倒木のそばに、枯れ葉と見分けがつかないほど周囲に溶け込んだ魔獣がいた。
「全然動きませんね」
「Dランクのリーフストーカーだ。待ち伏せ型で、獲物が近づくまで動かない」
ラルフは目を凝らした。
「あっちにもいます」
倒木の向こう側にも、同じような姿が潜んでいた。
「そういうことだ。動くものばかり探していると、こういう相手を見落とす」
そのとき、倒木の向こうで枯れ葉が揺れた。
ラルフが目を向けると、小さな獣が草むらから飛び出した。
次の瞬間、リーフストーカーが跳ねた。
獣がいた場所へ一気に飛びかかり、鋭い爪を振るう。
獣は間一髪で逃げた。
リーフストーカーは追いかけることなく、再び地面に伏せた。まるで、何事もなかったかのように。
ラルフは息を呑んだ。
「……あんなに近くまで来ても、動かなかった」
「獲物を待っていたんだ。自分から追いかけるより、近づいてきた相手を仕留めるほうが得意なんだろう」
「動かないからって、何もしていないわけじゃないんですね」
「そうだ。森では、相手が何をしているのか、何を待っているのかまで考えるんだ」
ラルフは頷き、周囲を見渡した。
草むらにも、岩陰にも、倒木のそばにも、それぞれの場所で生きる魔獣がいる。
そして、自分が気づいていないだけで、ほかにも何かが潜んでいるかもしれない。
「ロイドさん。街のすぐ近くなのに、こんなに気をつけることがあるんですね」
「森に入るっていうのは、そういうことだ。魔獣の強さだけじゃない。習性を知り、周囲を見て、自分がどこにいるのかを把握する。それが生きて帰るための基本だ」
「はい!」
「そろそろ日が落ちるな。ここまでにしてよう。ギルドには魔獣の情報もまとめてある。今見た魔獣の特徴がどのように紹介されているか見てみるといい。」
ラルフは森の奥へ目を向けた。
木々の隙間は暗く、その先がどこまで続いているのか分からない。
「……まだ、知らないことばかりですね」
「だから、少しずつ覚えていくんだ」
ロイドは笑って歩き出した。
ラルフもその後を追いながら、もう一度だけ暗い森を振り返った。




