傭兵の仕事
ラルフは、その日もいつも通り薬草を採りに出かけた。
向かったのは、家の裏手ではなく、森の奥にある採集場所だった。
目的の場所に着くと、ラルフはすぐに採集を始めた。
ロイドは少し離れた木立に身体を預け、その様子を観察していた。
ラルフはしゃがみ込むと、薬草の状態を確かめ必要なものだけを手際よく摘み取っていく。
採集を終えれば足早に次の場所へと向かった。
動きに迷いがない。
ロイドは、ラルフが通った道へ目を向けた。
薬草はまだ残っている。
小さな葉を伸ばしている株はもちろん、採ろうと思えば採れそうなものにも、ほとんど手がつけられていない。
「……」
目についたものを片っ端から採っているわけではないらしい。
ラルフは一か所に留まらず、別の群生地へ移っていった。広い範囲を巡っているにもかかわらず、移動に迷いがない。
ロイドは、少し距離を詰めた。
壁外依頼で斥候を務めるときと同じように、足音を殺し、周囲の物音に紛れて慎重に近づいていく。
ロイドが少し距離を詰めようとした瞬間、ラルフが顔を上げた。
こちらを見たわけではない。
だが、何かを気にするように、周囲へ視線を走らせている。
ラルフはしばらく森の奥を見つめたあと、再び採集を始めた。
気のせいか。
ロイドは念のため、少しだけ距離を取った。
しかし、次の採集場所へ移っても、ラルフはロイドのいる方角へ目を向けた。
今度は、先ほどよりも明らかに長い。
「……気づきかけているのか?」
ロイドは思わず呟いた。
斥候として長年経験を積んできた自分が、十一歳の少年に気配を察知されている?
ありえなかった。
ラルフは周囲をしばらく警戒したあと、異常がないと判断したのか、再び採集に戻った。
やがて籠がいっぱいになると、満足そうに採集した薬草を仕分けし、帰路についた。
帰りも来た道をそのまま戻るのではなく、別の道を選んで森を抜けていく。
採集場所を巡る順番も帰り道も、あらかじめ考えていたかのようだった。
遠目に見ても採取した薬草の量は明らかに多かった。
ギルドにも薬草採集の依頼は回ってくる。経験豊富なロイドからすれば、普通ならどれくらいの範囲を歩き、どれほどの量を集めるものなのかの感覚があった。
ラルフの採集量は、その感覚から大きく外れている。
ロイドは少年の姿が見えなくなるまで見送り、その足でエレナ薬剤店へ向かった。
*
「いらっしゃいませ。あら、ロイドさん。珍しいですね」
「ああ、少し聞きたいことがあってな」
「ラルフ君の薬草採集のことですか?」
「話が早くて助かる。ああ、その件だ。あの採集量は異常じゃないか?」
店に入るなり、ロイドはエレナに尋ねた。
「やっぱりその話ですか。エドガー様から何か頼まれたんですか?」
「採集の様子を見てこいと言われてな。実際に見てきたが、俺の知っている薬草採集とはずいぶん違った」
「でしょう? 私も最初は驚きましたよ」
「品質はどうなんだ?」
「問題ありません。状態もいいですし、調合に使えないものも少ないです」
「……ふむ」
「ただ、量が量でしょう? おかげで材料には困らなくなりましたし、お店の売り上げもありがたいことに安定しています。もっとも、私の睡眠不足は続いていますけどね」
ロイドは、返事に困った。
「薬草が増えれば、作れる薬も増えますからね。備蓄も作れますし、注文にも応えられます。ありがたいことなんですけど、薬を作る時間まで短くなるわけじゃありませんから」
「……なるほど」
「薬草って面白いんですよ。同じ種類でも、日当たりのいい場所と湿った場所では育ち方が違いますし、葉の厚さや根の張り方にも差が出るんです。見た目が似ていても、調合するときの扱いが変わるものもありますから」
「……ほう」
「採集する時期も大事です。若い株はまだ薬効が安定しませんし、育ちすぎても使いにくくなる種類があります。だから、どこに生えているかだけじゃなくて、いつ採るかも考えなければいけないんです」
エレナの声が弾んでいた。
ロイドは、わずかに眉を動かした。
薬草の話になると、ずいぶん楽しそうだな。
「ラルフ君の採ってくるものは、そういう意味でも状態がいいんですよ。もちろん、私が採集現場を見たわけではありませんから、どうやっているのかは分かりません。でも、納品された薬草を見る限り、雑に採っているとは考えにくいですね」
「……ふむ」
「採り方によっては、次に生えてくる量にも影響します。根を傷めたり、まだ小さな株まで採ったりすると、同じ場所で採集を続けられなくなってしまいますから。ラルフ君の薬草は、その点でも状態がいいんです。あれだけの量を採っているのに、どうやって群生地を維持しているのか、一度見てみたいですね」
「なるほどな」
「そうそう。薬草が増えたことで、保管方法も考え直さなければいけなくなったんです。種類によって乾燥させる時間も違いますし、湿気を嫌うものもありますから。今の棚の配置だと、どうしても置き場所が偏ってしまうんですよね」
「……」
「今まで後回しにしていた調合にも手をつけられるようになりましたし、せっかくなら備蓄の種類も増やしたいんです。そうなると、保管場所だけじゃなくて、調合の順番も考えなければならなくて……」
「……ふむ」
「薬草は新鮮なうちに処理したいものもありますし、乾燥させてからのほうがいいものもあります。種類ごとの特性を考えずに一度に処理すると、かえって手間が増えてしまうんですよ」
「……なるほど」
「ですから、採集する側と、こちらで使う側の予定を合わせられれば、もっと効率がよくなると思うんです。たとえば、今週はこの種類を多めにお願いして、来週は別の種類を中心にしてもらうとか。そうすれば、こちらも計画を立てやすくなりますし、採集する側も……」
ロイドは、静かに目を伏せた。
まずい。
どうやら、話が終わる気配がない…
「そういえば、この間、近所の奥さんが薬草茶を買いに来たんですけどね。どれを選んだらいいか分からないって、ずいぶん悩んでいまして。結局、用途を聞いて一緒に選んだんですよ。薬草って、知れば知るほど奥が深いんです」
「……」
「それで、薬草茶を飲む時間も大事なんですよ。朝に向いているものもあれば、夜に飲むほうがいいものもありますし、体調によって合うものも違いますから。今度、簡単な説明書きでも作ろうかと思っているんです」
ロイドは、静かに頷いた。
どうやら、もうしばらく続くらしい。
「そのときにですね、その奥さんと、どこのお菓子がおいしいかって話になりまして。それで、何て言ったと思います? それから薬草の話に戻るんですけどね……」
「……」
ロイドは、勇気を振り絞った。
「……専門家の話を聞けて、非常に参考になった。薬草の品質に問題がないことも確認できた。感謝する。俺はそろそろギルドに戻る……戻りたい……」
「あら、もうお帰りですか? もし採集について何か分かったら、ぜひ教えてくださいね。私も、あれだけの量と品質をどうやって維持しているのか、気になっていますから」
「あ、ああ。機会があればな」
ロイドは早々に店を出た。
扉が閉まる。
「……危ないところだった」
長年の斥候としての勘に狂いはなかった。
魔物の群れを前にしたときよりも、撤退の判断は早かった。
*
午後の訓練が終わり、ラルフは木剣を片づけた。
ロイドも剣を置き、水筒に手を伸ばす。
ラルフは水を飲んで呼吸を整えると、少し考えるような顔をした。
「あの、ロイドさん。ちょっと相談してもいいですか?」
「ん? どうした?」
「実は、昨夜考えてたんですけど……」
「ん?」
「傭兵の仕事って、どんなことをするんでしょうか?」
「……急にどうした?」
ラルフは、少し言いにくそうに頬をかいた。
「同じ年頃の子たちが見習いに入ったり、仕事を覚え始めたりしているのを見て……。みんな、自分の守護に合わせて、少しずつ進む道を決めているんだなって……」
「ああ。十一歳になれば、そういう話も増えるな」
「それで、僕はどうなるんだろうって」
ラルフは自分の手を見つめた。
「僕の守護は『天秤傭兵』です。でも、傭兵って、具体的にどんな仕事をするのかよく知らなくて。以前、ロイドさんがギルドの仕事と相性がいいって話してくれたから……」
ロイドは、ラルフの顔を見た。
両親のことで頭がいっぱいだったこいつも、ようやく自分の将来を考える余裕が出てきたのか。
「なるほどな」
「はい。ちょっと気になって」
「そうだな……」
ロイドは少し考えたあと、ラルフに尋ねた。
「お前、薬草を採りに行くとき、何を気にしてる?」
「え? 薬草ですか?」
「ああ。毎日集めてるんだろう。何か考えてやってることがあるんじゃないか?」
ラルフは少し考えた。
「そうですね……。まず、どこにどんな薬草が生えているかは、なるべく覚えるようにしています。同じ場所ばかりで採っていたら、なくなってしまいますから」
「ほう」
「まだ小さいものは残しておきます。あと、前に採った場所をいつ見に行くかも考えています。少し時間がたてば、また採れるようになる場所もあるので」
「ふむ」
「それから、エレナさんがどれくらい薬草を必要としているかも考えています。たくさん採れたら喜んでくれますし、薬が増えれば、必要な人たちにも届けられると思うので。できるだけいい状態のものを、たくさん持っていけたらいいなって」
ロイドは、静かに頷いた。
「それだよ」
「え?」
「今、お前が話したことだ。どこに何があるかを知って、採りすぎないようにして、必要な量を考える。相手が何を求めているかも考えてる。そういうのは、ほかの仕事でも同じなんだ」
ラルフは、きょとんとした顔をした。
「そうなんですか?」
「ああ。例えば、荷物を運ぶ仕事なら、ただ運べばいいわけじゃない。どこへ、何を、いつまでに届けるのか。護衛なら、誰を何から守るのか。農作業の手伝いなら、何が足りなくて困っているのか。仕事によって違いはあるが、相手が必要としていることを考えるのは同じだ」
「……なるほど」
「冒険者ギルドには、そういう依頼がいろいろ集まってくる。薬草採集もそうだし、町の手伝いもある。冒険者見習いは、最初から魔物と戦うわけじゃない。そういう仕事をしながら、少しずつ経験を積んでいくんだ」
「じゃあ、僕が今やっていることも、経験になっているんですね」
「もちろんだ。エレナと直接やり取りしているから、ギルドを通していないだけだな」
ラルフは、少し嬉しそうに笑った。
「僕にも、できることがあるんですね」
「あるさ。ギルド長の俺が言うのも角が立つかもしれないが、俺からしたら冒険者というのは何でも屋だな」
「何でも屋ですか?」
「ああ。町のさまざまな困りごとが集まるからな。強い魔物を倒すのだけが仕事じゃない」
「なるほど……」
「一度、ギルドの依頼書を見てみるといい。お前にも分かるさ。相談なら、ギルドとしていつでも乗れるぞ」
「さっそく見てみます! ありがとうございました!」
ラルフは嬉しそうにギルドへ駆けていった。
ロイドは、その背中を見送った。
冒険者としての才能は間違いなくある。
だが、才能があるからといって、進む道を急いで決める必要はない。
ラルフは、まだ十一歳だ。
これから自分に何ができるのかを知っていけばいい。
そのために、支えてやれる大人がそばにいればいいのだ。
ロイドは、ラルフの姿が見えなくなるまで見守っていた。




