急報
ベネディクタへ続く街道を、一頭の馬が駆けていた。
馬の呼吸は荒く、脚には疲労が見えている。
その背に乗る騎士も、無傷ではなかった。
鎧には傷が走り、肩口には乾いた血が付着している。
それでも、騎士は手綱を緩めなかった。
スレイ。
ベネディクタ騎士団の副団長の一人である。
彼は街の高台が見えたところで、ようやく速度を落とした。
門の周辺には、見慣れない防護柵が設けられていた。
門扉も破損している。
遠目にも、街で何かが起きたことは明らかだった。
「……遅かったか」
スレイは小さくつぶやいた。
だが、街はまだそこにあった。
門の前では騎士たちが警戒に当たっている。
スレイは馬を進めた。
「止まれ!」
見張りの騎士が声を上げる。
しかし、近づいてきた人物を認めると、その表情が変わった。
「スレイ副団長!」
「騎士団長はどこだ」
「詰所におられます!」
「急報だ。先に伝えろ。それと、狼煙の準備を」
「はっ!」
騎士が駆け出した。
スレイは馬を預けると、門の内側へ進んだ。
街の被害が、さらに鮮明に見えてくる。
壊れた家屋。運び出される瓦礫。
街が魔物の襲撃を受けたのだと、すぐに理解できた。
しかし、今は立ち止まるわけにはいかない。
彼には、何としても届けなければならない情報があった。
◇
騎士団の詰所では、ヘーゼルが復旧作業の報告を受けていた。
そこへ、一人の騎士が駆け込んできた。
「騎士団長!」
「何事だ」
「スレイ副団長が帰還しました! 至急報告したいとのことです!」
ヘーゼルが立ち上がった。
「通せ」
ほどなくして、スレイが入室した。
鎧の傷と疲労の色を見て、ヘーゼルは表情を引き締めた。
「スレイ。状況を報告しろ」
「はっ」
スレイは姿勢を正した。
「交易隊は、交易先のダライの町に留め置いております。ベネディクタまでの復路の街道の安全が確保できず、出発を見合わせました」
「理由は」
「魔物の分布が大きく変化しています。街道周辺にも危険な魔物が出没しており、通常の護衛体制では安全を保証できません」
ヘーゼルは黙って続きを促した。
「偵察中、ヘルビーストと遭遇しました」
ヘーゼルの目が細くなる。
「……やはり、交易路にもいたか」
「ご存じでしたか」
「こちらでも姿を確認している。続けろ」
「交戦は避け、撤退しました。交易隊を進ませるのは危険と判断した上で、報告のためグレンと私が先行してこちらに参りました」
「グレンはどうした」
「道中で魔物の襲撃を受け、分散しました」
スレイは一度呼吸を整えた。
「互いに回避を優先し、ベネディクタへの到達が困難と判断した場合は、ダライの町へ戻る手筈です」
「連絡方法は」
「どちらかがベネディクタへ到着した際には、この高台から狼煙を上げ、到着を知らせる取り決めです。街までの距離は約十二キロ。狼煙を確認できれば、もう一方も状況を判断できます」
ヘーゼルはうなずいた。
「よくやった。回避を優先し、連絡手段も確保した。適切な判断だ」
「ありがとうございます」
「狼煙を上げろ。グレンの動向も確認する」
「はっ」
ヘーゼルはスレイの肩口に目を向けた。
「負傷しているな」
「軽傷です。報告を優先しました」
「分かった。ほかには」
スレイの表情が変わった。
「……もう一件、重要な報告があります」
ヘーゼルは椅子に腰を下ろした。
「聞こう」
「ダライの町で、ベルク様とミア様を確認しました」
ヘーゼルの手が止まった。
「……何だと?」
「二人とも生存されています」
部屋に沈黙が落ちた。
ヘーゼルは、スレイをまっすぐに見た。
「間違いないのか」
「ありません。私が直接確認しました」
「状態は」
「ベルク様は意識不明の重体です。現在も療養中で、ミア様が付き添っています。すぐに移動できる状態ではありません」
ヘーゼルは深く息を吐いた。
ベルクとミア。
騎士団と冒険者ギルドが捜索しても、手がかりさえ見つからなかった。
その二人が、生きていた。
「……よく確認してくれた」
ヘーゼルは静かに言った。
「二人がダライの町にいる理由は分かるか」
「街道の調査中、ヘルビーストに襲われ逃げていた避難民の馬車を発見し、交戦、救助したそうです。その際、ベルク様が重傷を負いました」
「それで、ダライの町へ?」
「はい。馬車はそのまま交易先の町へ向かい、二人も運ばれたとのことです」
ヘーゼルはしばらく黙っていた。
「……ベルクらしいな」
やがて、短くそうつぶやいた。
「ミアの状態は?」
「大きな負傷はありません。ただ、ベルク様の看護を続けているため、疲労はあるようでした。今もベルク様の看病を助けるため護衛に帯同した騎士団の回復術師がお付きしています」
「そうか」
ヘーゼルは机の上の地図へ目を落とした。
二人が生きている。
それは確かな朗報だった。
だが、街道は危険な状態にあり、交易隊も動けない。
ベルクが重傷である以上、すぐに迎えに行くことも難しい。
「ミアには、こちらへ報告することを伝えたのか」
「はい。ベネディクタへ到着できれば、必ず報告すると伝えてあります。ミア様からは息子のラルフに現状を伝えてほしい。必ず帰るからと」
「ダライの周辺の状況は?」
「彼の地は森を出て5キロほどありますので、現状周辺の脅威は認められていません」
「分かった」
ヘーゼルは立ち上がった。
「スレイ。よく戻った。報告は十分だ。治療を受け、休息を取れ」
「はっ!」
スレイが敬礼し、退室する。
ヘーゼルは窓の外へ目を向けた。
ほどなくして、街の高台から一筋の煙が立ち上った。
狼煙だった。
風に流されながら、煙は空へ伸びていく。
それは、スレイがベネディクタへ到着したことを知らせる合図だった。
グレンがその煙を見ることができるのか。
すでに交易先の町へ引き返しているのか。
それとも、まだ危険な街道を進んでいるのか。
現時点では分からない。
ヘーゼルは煙を見つめたまま、しばらく動かなかった。
やがて、机に戻り、部下を呼んだ。
「エドガー様に報告に上がる。ロイドを呼べ。至急だ」
「はっ!」
騎士が駆け出していく。
ヘーゼルは椅子に腰を下ろした。
ベルクは深手を負い、街道にはヘルビーストが出没している。
それでも、生きているという事実は変わらなかった。
ヘーゼルは窓の外へ目を向けた。
高台から上がる狼煙は、まだ空に伸びていた。
長く途絶えていた知らせが、ようやくベネディクタへ届いた。




