戦士の資格
ラルフが目を覚ましたのは、スタンピードの翌朝だった。
身体を起こすと、肩や脇腹にわずかな違和感が残っていた。回復魔法のおかげで傷はほとんど癒えていたが、身体にはまだ疲労が残っている。
「ラルフ!」
声のした方を見ると、リアが心配そうにこちらを見つめていた。足元にはマリーもいる。
「リア……」
「よかった。昨日からずっと眠ったままだったから、心配したんだよ」
「ごめん。リアは怪我してない?」
「うん。大丈夫。ラルフが助けてくれたから……ありがとう」
「……そっか。よかった」
リアの無事を確かめ、ラルフは安堵した。
けれど、すぐに昨日の戦いが脳裏によみがえる。
グラウヴォルフの突進。鋭い爪。弾き飛ばされた剣。
そして、自分を襲った恐怖。
ロイドが来なければ、二人とも死んでいた。
その事実は、今も重く胸に残っていた。
*
昼前、ラルフは訓練場を訪れた。
体力は戻りきっていない。無理をしないよう、木剣を手にゆっくりと構えた。
昨日の戦いを、もう一度頭の中で再現する。
グラウヴォルフが正面から迫ってくる。
――避けろ。
ラルフは横に踏み込み、剣を振るう。
だが、魔物は止まらない。
振り抜いた剣を戻すより早く、グラウヴォルフの前脚が迫ってくる。
――遅い!
今度は後ろへ下がる。距離を取ったつもりだった。
しかし、魔物は地面を蹴り、一気に間合いを詰めてくる。
「……っ!」
ラルフは思わず木剣を振り上げた。
間に合わない。
鋭い爪が眼前に迫る。
身体が凍りついた。
昨日と同じだ。
逃げなければ。剣を構えなければ。何かしなければ。
分かっているのに、身体が動かない。
ラルフは荒い息を吐きながら、木剣を下ろした。
「……これじゃ、駄目だ」
もう一度、最初からやり直す。
今度は突進を避けた直後、魔物が向きを変えるところまで想像した。
反応が遅れる。
なら、最初から次の動きを予測しておけばいい。
だが、どう予測すればいいのか分からない。
――足りない。
剣の技術も、身体の速さも、知識も。
何もかも足りない。
グラウヴォルフが迫ってくる光景を思い浮かべるたび、昨日の恐怖がよみがえる。
次は避けられないかもしれない。
次は剣を弾き飛ばされるどころか、そのまま喉を裂かれるかもしれない。
自分が死ぬだけなら、まだいい。
あのとき、自分が倒れれば、リアも殺されていた。
「……くそっ」
ラルフは木剣を握りしめた。
何度やり直しても、想像の中の自分はグラウヴォルフに追い詰められる。
勝てない。
今のままでは、また同じことになる。
「何をしている」
声に振り向くと、ロイドが立っていた。
「ロイドさん……」
「ずいぶん必死な顔だな」
「昨日の戦いを思い出していました。どう動けばよかったのか、何度も考えていたんです。でも……」
ラルフは言葉を探した。
「何度やっても、殺されます。避けても追いつかれるし、剣を振っても間に合わない。どうすればいいのか、分からなくて……」
ロイドはラルフの木剣に目を落とした。
「それでいい。自分に何ができないのか、分かったんだろう」
「……はい」
「お前が戦ったのは四つ足の魔物だ。人間とは動きが違う。脚や重心を見て、次の動きを読む。相手の特徴を知らなければ、対応もできない」
ラルフはうなずいた。
そして、少し迷ったあとに尋ねた。
「……もし、ロイドさんが僕の立場だったら、どうしましたか?」
ロイドはすぐには答えなかった。
しばらく虚空を見つめてから、静かに口を開いた。
「目の前で守るべき相手が襲われていたら、俺だって同じことをしただろうな」
ラルフは顔を上げた。
そのままラルフの眼を見つめてロイドは更に続けた。
「今回のスタンピードで、騎士のガレス、マティアス、オルドが命を落とした。冒険者のダンもだ」
ロイドの声がわずかに低くなる。
沈黙が場を包む。
「彼らも、誰かを守るために戦った。だが、生きて帰れなかった」
ラルフは何も言えなかった。
「三週間前のお前だったら、俺が到着するまでに、お前もリアも死んでいただろうな」
「……」
「三週間、訓練を続けたからこそ、お前は持ちこたえられた。お前の努力が、二人の命を救ったんだ」
ラルフは木剣を握り直した。
自分は何もできなかったと思っていた。けれど、積み重ねてきたものは確かにあった。
「……はい。もっと強くなります」
「そのためにも、まずは身体を治せ。万全になったら、また鍛えてやる」
「お願いします」
ラルフは深く頭を下げた。
昨日の恐怖を忘れるつもりはない。
何が足りなかったのか。どうすれば、次は生き残れるのか。
考え、学び、訓練を重ねる。
今度こそ、大切な人を守れるように。
ラルフは木剣を握り直し、もう一度、ゆっくりと構えた。
そのとき、慌ただしく訓練場にギルドの職員が現れた。
「ロイドさん、騎士団から至急報告があるそうです」
ロイドは職員へと視線を向けた。
ラルフは木剣を下ろし、その背中を見送った。




