大事な明日
夕方、ラルフは自宅の中を片づけていた。
壁には農具が掛けられ、棚には母が使っていた薬草の瓶が並んでいる。
食卓の上には、父が使っていた小さな砥石が置かれていた。
何もかも、以前と同じ場所にある。
二人の姿だけがなかった。
ラルフは、壁の一角を見つめた。
父がいつも使っていた斧は、そこにはない。
仕事に出るとき、父は必ずその斧を持っていった。
柄は長年の使用で色が変わり、握る部分には何度も手入れを重ねた跡が残っていた。
刃には細かな傷があったが、父はいつも丁寧に磨いていた。
ラルフにとって、その斧はただの武器ではなかった。
父が毎日のように使っていたもの。
自分に斧の扱いを教えてくれたとき、実際に持たせてくれたもの。
いつか自分も父のようになりたいと、憧れた理由のひとつだった。
その斧は、今も父と一緒にあるはずだった。
ラルフは、壁から目を離した。
明日は、十一歳の誕生日だった。
ベネディクタでは、十一歳になると神殿で守護を授かる。
守護は、人それぞれ異なる。
剣士や斧使いのように戦いに向いたものもあれば、薬師や商人のように仕事に役立つものもある。
農業に適した守護を授かる者もいれば、どのような能力を持つのか、すぐには分からない守護を授かる者もいた。
守護が人生のすべてを決めるわけではない。
そう言われてはいたが、十一歳を迎える子供たちにとっては、大きな節目だった。
父も母も、ラルフの守護を楽しみにしていた。
どんな守護を授かるのか。
どんな道を選ぶのか。
いつか自分たちと一緒に依頼を受けられるようになるのか。
家族で食卓を囲みながら、何度もそんな話をした。
明日になれば、ラルフは神殿へ行く。
本来なら、両親と一緒に迎えるはずだった日だ。
ラルフは窓の外を見た。
夕暮れの空の下、台地の縁から魔の森を見下ろすことができた。
木々は黒い影となり、森の奥は暗闇に沈み始めている。
あの森のどこかに、父と母がいるのだろうか。
それとも、最後に確認していた街道の先にいるのだろうか。
分からない。
何も分からなかった。
ラルフは、拳を握った。
「……絶対に、見つけるから」
誰に聞かせるでもなく、そうつぶやいた。
両親がどこにいるのか、何が起きたのか。
今の自分には、調べるための力も、手掛かりもない。
そのために、まずは自分ができることをしなければならない。
明日、守護を授かる。
その守護がどのようなものなのかは、まだ分からない。
けれど、何かが変わるかもしれない。
ラルフは、そう信じることにした。
父と母が帰ってくる場所を、なくしてしまうわけにはいかない。
だから、自分はここで待つ。
動かぬ石のように時間だけが過ぎていった。




