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祝福された異端の子  作者: しろうさぎ


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17/40

門が破れる日 ⑤


「少し、時間をもらえるか」


戦場の後始末が始まった頃、ロイドは騎士団長ヘーゼルに声をかけた。


ヘーゼルは負傷者の搬送状況を確認していたが、ロイドの表情を見ると手を止めた。


「構わない。何かあったのか?」


「内密に話したいことがある」


その言葉に、ヘーゼルの表情がわずかに引き締まった。


「分かった。場所を変えよう」


二人は騎士たちから離れた詰め所へ向かった。


室内に入り、扉を閉める。


ヘーゼルはロイドに向き直った。


「それで、何を見た?」


「森の高台に、ヘルビーストがいた」


ヘーゼルの目が細くなった。


「……ヘルビーストだと?」


「ああ。間違いない」


「こちらに向かっているのか?」


「いや。戦いを見ていただけだ。しばらく戦場を眺めた後、森の奥へ消えた。殺気も消えた」


ヘーゼルは腕を組み、しばらく考え込んだ。


「今回の魔物の群れと一緒に動いていた、ということか?」


「そこまでは分からない。ただ、あのタイミングで姿を見せたことが気になっている」


「偶然、近くにいただけという可能性もあるな」


「もちろんだ。だが、今回の襲撃そのものがおかしい」


ロイドは窓の外へ目を向けた。


「魔物の生息域に変化が起きた可能性は以前から考えられていた。だが、今回は群れの規模が大きすぎる。まるで、何かに追い立てられているようだった」


「……追い立てられている、か」


「魔物は、自分より圧倒的に強い存在から逃げることがある。すべての魔物がそうするわけじゃないが、少なくとも、強者を避けようとする習性はある」


「つまり、森の中にヘルビーストがいたことで、ほかの魔物が逃げ出した可能性があると?」


「そうだ。ヘルビーストが意図的に追い立てたのか、単にその存在から逃げた結果なのかは分からない。だが、今回のスタンピードに関係している可能性はある」


ヘーゼルは、ゆっくりとうなずいた。


「確かに、あれほどの群れが一斉に動いた理由としては考えられるな」


「それと、もう一つ気になることがある」


ロイドは視線を戻した。


「交易隊のことだ」


ヘーゼルの表情が変わった。


「今回、こちらへ来るはずだった交易隊が到着しなかった件か」


「ああ。交易隊が予定どおりに到着しなかった。魔の森で何かが起きているのだとすれば、今回の襲撃と無関係とは言い切れない」


「交易馬車には副団長のスレイとグレンの二人をつけている。護衛としては十分な戦力のはずだ。それでも戻らないとなると、道中で何かあった可能性は高いがあの2人なら壊滅というのは考えづらい」


「スレイとグレンか。確かにあの2人なら。ただし相手が悪ければ話は別だ。護衛が強ければ必ず無事に帰れる、というわけじゃない」


ヘーゼルは険しい表情で考え込んだ。


「交易路で魔物の動きが変わっている。交易隊が戻らない。そして、今回のスタンピードの最中にヘルビーストが現れた……」


「まだ、全部がつながっているとは限らない。だが、別々の出来事として片づけるには、気になる点が多い」


「同感だ」


ヘーゼルは短く答えた。


「交易隊の安否を確認する必要があるな。次の連絡を待つだけでは遅いかもしれない」


「ただ、森の中の状況が分からないまま、大人数を送り込むのは危険だ。今回の襲撃で、魔の森が以前より危険になっている可能性もある」


「まずは今回の被害状況と、これまでの交易路の記録を照らし合わせよう。騎士団でも情報を整理する」


「冒険者ギルド側で把握している情報も確認しておく」


二人はしばらく黙り込んだ。


今回のスタンピードが、単なる偶然ではないとすれば。


魔の森では、彼らの知らない何かが起きている。


やがて、ロイドが口を開いた。


「ヘーゼル。一つ、聞いておきたいことがある」


「何だ?」


「お前なら、ヘルビーストを倒せるか?」


ヘーゼルは、すぐには答えなかった。


ロイドの顔を見つめ、それから静かに息を吐く。


「騎士団長として戦うなら、無理だろうな」


「……そうか」


「騎士団が総力を挙げれば勝てる、という単純な相手ではない。被害が甚大になる事は容易に想定できる相手だ。守る存在が増える戦いは不利になる」


ヘーゼルはそこで言葉を切った。


「ただし、一対一で戦うという話なら……可能性がまったくないとは言い切れない」


ロイドは黙ってその言葉を聞いていた。


「もちろん、相手の状態や能力にもよる。実際に戦ったわけでもないのに、断言はできないがな」


「お前らしい答えだ」


「お前が聞いたんだろう」


ヘーゼルは、わずかに笑った。


ロイドも口元を緩めたが、すぐに表情を戻した。


「俺が見た限り、あいつは普通じゃない。8年前と同じく正面から戦うことになれば、相当な覚悟が必要になる」


「なら、今は戦わずに済む方法を考えるべきだな。あれが何を目的に動いているのかも分からないんだ」


「ああ。こちらから手を出す理由はない」


ヘーゼルは机に手を置いた。


「騎士団には警戒態勢を維持させる。今は負傷者の救助と、街の被害状況の確認を優先しよう。交易路については、状況が落ち着いてから改めて対応を考える」


「分かった。俺もギルドで情報を集めておく」


「頼む」


二人はそれ以上の話を切り上げ、詰め所を後にした。


ヘーゼルは騎士たちへの指示を出すため、戦場へと戻っていく。


その背中を見送りながら、ロイドは小さく息を吐いた。


「さすがの戦鬼か」


誰に聞かせるでもなく、つぶやく。


一対一なら可能性はある。


あれほどの存在を前にして、そう言い切れる者は多くない。


ロイドは、忌々しそうに森の奥へと視線を向けた。


そして彼もまた、救助と被害状況の確認に加わるために歩き出した。

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