門が破れる日 ④
グラウヴォルフを倒したロイドは、ラルフとリアを連れて避難所へ向かった。
街の中にも、魔獣の侵入による混乱が広がっていた。負傷者が運び込まれ、人々は不安そうな表情で外の様子をうかがっている。
避難所にたどり着くと、リアの父親であるトーマスが二人の姿を見つけた。
「リア!」
トーマスは駆け寄り、娘を強く抱きしめた。
「よかった……!」
「お父さん……!」
リアは父親の胸に顔を埋めた。
「ラルフ、リアを見つけてくれて本当にありがとう!」
トーマスはラルフに深く頭を下げた。
ラルフは返事をしようとしたが、声が出なかった。
張り詰めていた気持ちが、ようやく途切れたのだろう。
全身から力が抜け、視界がぐらりと揺れた。
「ラルフ!?」
倒れ込むラルフを、ロイドがとっさに支えた。
「おい、しっかりしろ!」
呼びかけても、ラルフから返事はなかった。
ロイドは近くにいた回復術師を呼び止め、ラルフを任せた。
「この子を頼む。無理をさせた。怪我の具合も確認してやってくれ」
回復術師がラルフを運んでいくのを見届けると、ロイドは立ち上がった。
リアが心配そうにラルフを見つめていたが、トーマスがそばについている。
「お父さんと一緒にいろ。もう大丈夫だ」
ロイドは再び門へと向かった。
◇
門の周辺では、騎士団が数十体もの魔獣を相手に戦闘を続けていた。
盾を構えた騎士たちが前列を固め、その後方から弓兵が矢を放つ。魔法を扱う者たちは、敵の動きを妨げながら前衛を援護していた。
魔獣の群れには、硬い外殻に覆われたものや、鋭い牙を持つ獣型のものも混じっている。
一体を倒しても、すぐに別の魔獣が押し寄せてくる。
騎士たちは互いの位置を確認しながら、隊列を崩さないよう必死に持ちこたえていた。
「盾を維持しろ! 後列、援護を続けろ!」
騎士団長ヘーゼルの指示が飛ぶ。
負傷した騎士は後方へ運ばれ、代わりの者が前列へ入る。誰もが疲労を抱えていたが、門を突破させるわけにはいかなかった。
ロイドが戦列に戻ると、ヘーゼルがこちらに気づいた。
「ロイド、街の中はどうだった?」
「冒険者ギルドが対応していた四体は、すでに討伐されています。最後の一体は俺が処理しました。これで街に侵入した魔獣は、すべて討伐済みです」
「そうか。これで街中の心配はなくなったな」
「ええ。あとは、こっちを片づけるだけです」
ヘーゼルはロイドの顔を見て、わずかに口元を緩めた。
「こっちはまだ終わっていない。手を貸してくれ」
「もちろんです」
二人の間に余計な言葉はなかった。
互いの実力を知り、戦場で何をすべきかも理解している。今は目の前の敵を退けることが先だった。
ロイドは剣を構え、前線へと踏み込んだ。
迫ってきた魔獣の爪を身をひねってかわし、その懐へ入り込む。すれ違いざまに剣を振るい、急所を切り裂いた。
一体が倒れる。
間を置かず、別の魔獣が横から襲いかかってきた。
ロイドは盾を構えた騎士の動きを利用するように位置を変え、魔獣の攻撃を誘導する。体勢を崩したところへ、迷いのない一撃を叩き込んだ。
無駄のない動きだった。
騎士たちが攻撃を受け止め、ロイドが隙を突く。ロイドが敵を引きつければ、別の騎士が側面から斬り込む。
長年の経験に裏打ちされた連携が、少しずつ魔獣の勢いを削いでいった。
「押し返せ! このまま門前から追い出すぞ!」
ヘーゼルの声に、騎士たちが応える。
一体、また一体と魔獣が倒れていく。
やがて群れの先頭が崩れ、後続の魔獣も足を止め始めた。
騎士たちはその隙を逃さなかった。
盾を押し出し、剣を振るい、魔獣の群れを門から遠ざけていく。
最後まで抵抗していた数体も討ち取られ、残った魔獣たちは森の方へと後退していった。
「敵の動きが鈍ったぞ!」
「このまま押し返せ!」
騎士たちの声が響く。
そして、ついに門の前から魔獣の姿が消えた。
「……やったのか?」
誰かが、信じられないといった様子でつぶやいた。
「魔獣が引いていくぞ!」
歓声が上がった。
疲れ切った騎士たちの顔に、安堵の色が広がる。肩を叩き合う者もいれば、その場に座り込む者もいた。
魔獣の群れは森へと退き、新たな敵が現れる気配もない。
ようやく、終わった。
誰もがそう感じ始めていた。
「……なんだ?」
ロイドの表情が変わった。
理由は分からない。
ただ、不意に背筋を冷たいものが走った。
戦場で幾度となく死線をくぐり抜けてきたロイドの本能が、何かを告げていた。
――危険だ。
先ほどまでの魔獣たちとは、明らかに違う。
姿も見えない。気配すら、はっきりとは捉えられない。
それなのに、全身が警鐘を鳴らしていた。
ロイドはゆっくりと顔を上げ、森の奥へと視線を向けた。
木々の向こう。
少し離れた高台に、一つの影があった。
こちらを見ている。
ただ、それだけだった。
しかし、ロイドは動けなかった。
目の前にいるわけでもない。襲いかかってきたわけでもない。
それなのに、相手がこちらへ向かってきた場合、自分たちがどうなるのか。
考えようとした瞬間、思考が止まった。
勝てる見込みが見えない。
そんな考えが、頭をよぎる。
「……ヘルビースト」
ロイドは、その名を低くつぶやいた。
なぜ、あいつがここにいる。
ヘルビーストはしばらく戦場を見つめていたが、やがて興味を失ったかのように身を翻した。
そして、木々の向こうへと姿を消した。
殺気が消える。
ロイドは、そこでようやく息を吐いた。
周囲では、騎士たちが安堵の声を上げている。誰も、先ほどまで何が起きていたのか気づいていない。
ロイドは森から目を離さなかった。
「ロイド?」
ヘーゼルが、少し離れたところから声をかけた。
ロイドはすぐには答えず、森の奥を見つめ続けた。
やがて、視線を戻す。
ヘーゼルはロイドの表情を見て、何かを察したように目を細めた。
「何か見たのか?」
「あとで話します。今は、まだ確かなことが言えない」
「分かった。なら、まずはこっちを片づけよう」
それ以上、ヘーゼルは追及しなかった。
二人は改めて周囲を確認する。
森から新たな魔獣が接近している様子はない。門の前にも、動く影は見当たらなかった。
ヘーゼルは騎士たちに指示を出した。
「負傷者の救助を優先しろ。門の警戒は続ける。森の様子も監視しておけ。まだ警戒を解くな!」
「はっ!」
騎士たちが動き始める。
戦場には、ようやく落ち着きを取り戻しつつある空気が流れていた。
今回のスタンピードは、ベネディクタの歴史において前例のない出来事だった。
その戦いを遠くから見つめていたヘルビースト。
ロイドには、あの存在が何を考えていたのか分からなかった。
この日の出来事は、まだ終わっていない。
そんな予感が、彼の胸に残っていた。




