剣を握る日々
ロイドに訓練を授けてもらう日々が始まった。
ロイドは強かった。
木剣を構えた瞬間、相手の動きが変わる。踏み込み、剣筋、間合い。そのどれもが正確で、ラルフが何をしようとしているのか、すべて見透かされているようだった。
「遅い。やり直せ」
「踏み込みが浅い」
「隙だらけだ。相手を見ろ」
ロイドの指摘は容赦がなかった。
ラルフがどれだけ必死に剣を振っても、ロイドには簡単に受け流され、反撃される。何度打ち込んでも、まともに一本取ることすらできなかった。
それでも、ラルフは剣を置かなかった。
朝は農作業を行い、家の裏手の森で薬草を採取する。エレナに薬草を買い取ってもらい、少しずつ金を貯める。空いた時間には、ロイドに教わった動きを繰り返し練習した。
「腕だけで振るな。斬る時には腹で斬れ。手先で振っても意味がない」
「はい!」
「自分の身体を使え。覚えろ」
ロイドの言葉を頭に刻み、何度も剣を振る。
最初は動きを真似るだけで精一杯だった。だが、毎日繰り返すうちに、少しずつ身体の使い方が分かってきた。
もちろん、ロイドとの差は大きい。打ち込めば受け流され、隙を見せれば反撃される。それでも、昨日できなかった動きが今日できるようになることもあった。
ラルフは焦らず、毎日の訓練を積み重ねた。
そうして十日が経った。
ラルフは薬草を採取して得た金を数え、ロイドに勧められたショートソードを購入した。
初めて自分の剣を手にした時、胸の奥がわずかに熱くなった。
両親を探すための一歩を、ようやく踏み出せた気がした。
それからも、ラルフは朝の仕事と薬草採取を続けた。空いた時間には自分の剣を手に取り、ロイドに教わった動きを繰り返す。
そして午後三時。ギルドの訓練場で、ラルフは木剣を構えたロイドと向かい合っていた。
「お前の強みは何だ」
「…分かりません」
「考えろ。お前は力で押し切れる体格じゃない。自分の強みを生かせ」
ロイドが木剣を構え直す。
「俊敏さだ。動きを止めるな。相手をよく見ろ。来い」
ラルフは地面を蹴った。
踏み込み、斬り込む。
だが、剣は簡単に弾かれた。
「浅い。もう一度だ」
再び打ち込む。
今度は剣を受け流され、体勢を崩された。
「隙だらけだ。相手を見ろ」
ラルフは歯を食いしばり、立ち上がった。
何度倒されても、何度弾き返されても、ロイドに向かっていく。
しかし、どれだけ繰り返しても、ロイドには届かなかった。
「来い」
ラルフが踏み込んだ、その瞬間だった。
ロイドの姿が動いた。
次の瞬間、ラルフの木剣は弾き飛ばされていた。
喉元に、木剣の切っ先が突きつけられる。
「動くな」
ロイドの目が、ラルフを射抜いた。
その眼差しには、普段の訓練では感じたことのない何かがあった。
身体が凍りつく。
息ができない。
目の前にいるのは、いつも剣を教えてくれるロイドのはずだった。それなのに、今はまるで別の人間に見えた。
ほんの少しでも動けば、殺される。
そう思った瞬間、ラルフの身体は完全に動かなくなっていた。
やがて、ロイドはゆっくりと木剣を下ろした。
「……今、何を思った?」
ラルフはすぐには答えられなかった。喉元に残る感覚が、まだ消えていない。
「……殺されると、思いました」
「その感覚を忘れるな」
ロイドは木剣を肩に担いだ。
「自分より強い相手と向かい合った時の感覚だ。お前がどれだけ鍛えようと、勝てない相手は必ずいる」
ラルフは黙って聞いていた。
「自分の力が通用しないと判断したなら逃げろ。判断が遅れれば死ぬ。相手の強さを見誤るな。勝てると思い込むな」
ロイドの声は厳しかった。
「魔の森でそんな間違いを犯せば、誰も助けてはくれない」
ラルフは喉元を押さえた。
先ほどの恐怖が、まだ身体に残っている。
自分がどれほど必死に剣を振っても、ロイドにはまるで敵わなかった。あの一瞬、戦うという選択肢すら頭から消えていた。
「俺がお前より強いから、こうして訓練しているんだ」
ロイドはラルフを見据えた。
「自分より強い相手と向かい合い、自分の限界を知るためだ。怖いからと目を逸らすな。だが、勝てないと分かった時には退け。それも生き残るための判断だ」
「……はい」
「立て。もう一度だ」
ラルフは落とした木剣を拾い、構え直した。
「来い」
再び踏み込む。
剣が交わり、ラルフの木剣が弾かれた。
「遅い。もう一度」
ラルフは立ち上がった。
何度も、何度も。
日が傾くまで、訓練は続いた。
帰宅したラルフは、疲れた身体を引きずりながら剣の手入れをした。
腹で斬ること。
自分の俊敏さを生かすこと。
相手をよく見ること。
そして、自分より強い相手と向かい合った時の恐怖を忘れないこと。
教わったことを、一つずつ頭の中で繰り返す。
強くならなければならない。
両親を探すために。
ラルフは剣を置き、明日に備えてボロボロの身体を休めた。
明日もまた、剣を握る。
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ラルフの姿がギルドの扉の向こうに消えると、受付嬢がロイドのそばへ歩み寄った。
「ロイドさん、またラルフ君の訓練ですか?」
「ああ」
「ずいぶん厳しくしているようですけど……少し厳しすぎるんじゃありませんか?」
ロイドは、ラルフが去っていった扉を見つめたまま、しばらく黙っていた。
「……あいつの才能は本物だ」
「才能、ですか?」
「十一歳、そして訓練十日であの動きだ」
ロイドは腕を組んだ。
「剣を振ること自体は、練習すれば誰だってある程度できる。だが、剣はただ振ればいいってもんじゃない。太刀筋と斬る瞬間のタイミングをイメージすること。そして、振り終わった剣をきちんと制御すること。これが難しいんだ」
「そうなんですか?」
「身体感覚が鋭くなければできん。適切な角度で、適切な大きさの動作を、適切なタイミングで行う。頭で理解するだけじゃ駄目だ。身体がそれを覚えていなければならない」
ロイドは小さく息を吐いた。
「師匠の受け売りだがな。あいつは、そのセンスが抜群にいい」
「……私には、そこまで分かりませんでした」
「魔法職のお前には分からんだろうがな」
受付嬢は少しだけ頬を膨らませたが、すぐに表情を戻した。
「それほどの才能があるなら、将来が楽しみですね」
「三年も鍛えれば、あいつは父親を超えるかもしれない」
受付嬢は目を見開いた。
ベルクの実力を知る者なら、その言葉がどれほど大きな評価なのか分かる。
「お父さんを……超える?」
「ああ。だが、才能があることと、生き残れることは別だ」
ロイドの声が低くなる。
「今のまま魔の森に入れば、あいつは死ぬ。剣の腕が多少上がったところで、魔物の知識も、危険を察知する経験も、退くべき時を判断する力も足りていない」
ラルフは両親を探そうとしている。
いつか、自分の制止を振り切ってでも魔の森へ向かうかもしれない。
その時になってからでは遅い。
「だから鍛える。強くするためだけじゃない。生き残らせるためだ」
ロイドはそう言って、再び手元の仕事へと視線を戻した。
ベルク。
俺に教えられることは、このくらいだ。
だが、お前の息子は、俺やお前が想像し得ないところまで届くかもしれない。
……だから、今は許してくれ。
あいつを死なせないために、厳しく鍛えさせてもらう。




