#49
昨日作り上げた琥珀色の「のど飴」を可愛らしい小袋にいくつも詰め込み、私とジジは修道院跡地を出発した。
昨日の狂乱を洗い流すかのように、聖都の空には澄み切った冬の青空が広がり、踏みしめる雪はキュッキュッと心地よい音を立てている。
「ガ、ガラシャ様、それにしてもすごい雪…っすね! これじゃあ森の魔物たちもお腹を空かせて、街の近くまで降りてきちゃうんじゃないですか?」
大きな籠を抱えたジジが、白い息を吐きながら言った。
すっかりこの異世界に順応した私は、ギルドの掲示板や冒険者たちの会話から得た知識を反芻しながら頷く。
(……ええ。冬の飢えは獣も魔物も同じ。クエストの難易度が上がる季節にございますね)
「だからこそ、城壁の守りを固める彼らへの『陣中見舞い』が必要なのです。防衛線が崩れれば、私たちの平穏な暮らしも脅かされますからね」
私たちが目指しているのは、大聖堂の東側にある『聖都防衛隊の詰所』であった。
アーサー殿は普段、私の前では不憫なツッコミ役に甘んじているが、彼の本来の役職は「聖騎士長」。聖都の治安と防衛を統括する、途方もなく偉い御仁である。
本来ならば、私のようなしがない一介の薬師が気安く声をかけて良い相手ではないのだ。
(……とはいえ、雪の中で上裸になっていた姿を思い出してしまうと、どうにも威厳を感じられないのが悩ましいところですが)
そんなことを考えながら歩いていると、やがて堅牢な石造りの詰所が見えてきた。
* * *
詰所の門をくぐると、中庭では銀の鎧を着た騎士たちが、重苦しい空気を漂わせていた。
「ゴホッ、ゲホッ……。駄目だ、今年の風邪はしぶとい……」
「剣を振る腕に力が入らん……。ポーションの備蓄も残り少ないというのに……」
彼らは完全に「冬将軍」のデバフを受け、士気が地の底まで落ち窪んでいた。まさに野戦病院の様相である。
私はスッと居住まいを正し、異世界の若者言葉と戦国マインドを融合させた「最高の営業スマイル」を顔に貼り付けた。
「お疲れ様っす! 防衛隊の皆様、マジで過酷な防衛戦、日々ご苦労様にございます!」
私が元気よく声をかけると、疲れ切った騎士たちが一斉にこちらを振り返った。
「ん? 修道院跡地の薬屋の嬢ちゃんじゃないか」
「おお、ガラシャ殿。わざわざ慰問に来てくれたのか」
「はいっ! ガラシャ様特製の『最強のど飴ポーション』のお届けっす!」
ジジが籠を開け、中から琥珀色に輝く小袋を取り出して見せた。
「今回は、発光も脱衣も爆発もしない、マジで安全な兵糧にございます。皆様のお喉の城壁を優しく修繕いたしますゆえ、どうぞお一つずつ陣に敷いて(舐めて)みてください☆」
騎士たちは私の独特な言葉遣いに一瞬戸惑ったようだが、差し出された飴を口に含んだ。
その瞬間、彼らの顔色に劇的な変化が訪れた。
「……おおっ!? 甘くて冷たい空気が、喉の奥の焼けるような痛みをスッと消していく!」
「なんだこれは……! 息をするのがこんなに楽になるなんて。ただの飴じゃない、一級品のポーションだ!」
「ふふっ。喜んでいただけてマジ光栄っす!」
私は胸元のロザリオにそっと手を添え、彼らの疲労が少しでも和らぐよう、ごく微かな祈り(恩寵)を紡いだ。
「――アヴェ・マリア、グラティア・プレナ、ドミヌス・テクム」
私の唇から、静かで透明なラテン語の祈りが零れ落ちた。
恩寵の光は可視化されない程度に抑えていたが、祈りの力は柔らかな波動となって広がり、騎士たちの強張った筋肉を解きほぐし、彼らを苦しめていた熱の毒気を浄化していった。
「こ、これは……なんという温かで、神聖な空気だ……」
「ガラシャ殿……いや、ガラシャ様。貴女はもしや、女神様が我らのために遣わしてくださった『聖女様』なのでは……!」
騎士たちが感極まった顔で膝をつき、私に向かって祈りを捧げ始めた。
(……おや。ただの陣中見舞いと商いのつもりが、完全に民心を掌握してしまいましたね。まあ、良きことです)
私が内心でホクホクと戦果を確認していた、まさにその時である。
「お前たち、外で何を騒いで……」
詰所の奥から、眉間に深い皺を寄せたアーサー殿が姿を現した。
彼は私とジジの姿を視界に捉えた瞬間、全身の毛を逆立てるようにして「ヒッ」と短く息を呑み、凄まじい速度で後ずさった。
「ガ、ガラシャ殿!? ま、まさか、またあの光る闇鍋を持ってきたのか!? 昨夜の俺の屈辱を、詰所の部下たちの前でも再現させようというのかッ!?」
アーサー殿が壁に背を張り付け、剣の柄に手をかけて震えている。
「ご安心くださいませ、アーサー殿」
私は上品に扇で口元を隠し、コロコロと笑った。
「本日は、先日の見事な『雪中行軍』のお詫び……いえ、陣中見舞いに参りました。こちらののど飴は、副作用ゼロの安全な品にございます。お一ついかがですか?」
「誰が食うか! お前の『安全』ほど信用ならない言葉はこの世にない! 俺は騙されんぞ!」
アーサー殿が血走った目で叫ぶ。
しかし、その言葉に反応したのは私ではなく、すっかり私の恩寵(とのど飴)に魅了された騎士たちであった。
「聖騎士長ともあろうお方が、ガラシャ様に向かってなんという暴言を!」
「そうです! ガラシャ様はこの寒空の下、我らのために奇跡のポーションと祈りを与えてくださった、慈愛に満ちた聖女様ですよ!」
「雪の中で暴れ回っていたという隊長の奇行の噂……あれは風邪の熱で頭がおかしくなっていたのですね。可哀想に」
「ち、違う! 俺は頭はおかしくない! この娘が俺に得体の知れない劇薬を……ッ!」
「隊長、もう無理はなさらないでください。さあ、ガラシャ様のこの飴を舐めて、早く寝台へ……」
「やめろ! その琥珀色の塊を俺に近づけるなァァッ!」
騎士たちに羽交い締めにされながら、アーサー殿の悲痛な叫び声が冬の空に虚しく響き渡った。
* * *
「……見事な士気回復にございましたね」
詰所を後にした私は、満足げに頷いた。
「はいっ! ガラシャ様の作戦、マジで大成功っすね! 騎士のお兄さんたち、みんなすっごく元気になってました!」
ジジも空になった籠を揺らしながら、ニコニコと笑っている。
「ええ。アーサー殿の尊厳については、いささか取り返しのつかない打撃を与えてしまった気もいたしますが……まあ、あの元気な声を聞く限り、冬将軍は完全に撃退できたと見てよろしいでしょう」
かつて戦国の世では、他国の陣容を内部から崩すことも軍師の重要な役割であった。
聖都の防衛の要であるアーサー殿の威厳を削り、代わりに「聖女」という絶大な支持を得た私は、この異世界において、また一歩「最強の陣(安定したスローライフ)」の完成へと近づいたのである。
「さあ、ジジ。我が居城へ凱旋いたしますよ。シロがこたつで帰りを待っておりますからね」
「了解っす! 早く帰ってみかん食べるっす!」
雪の降りしきる聖都の街角。
私の「聖女」としての噂は、この日を境に騎士団の中から尾ひれを付けて街中へと広がり始め、アーサー殿の胃痛の種をさらに増やすことになるのだが……それはまた、別のお話である。
「ところでジジ?」
「はい! なんでしょう??」
「あなた、人格変わりましたか??」
「えっ! そ、そんなことないっすよ~」




