#47
聖都サン・マリアンヌを包囲する雪の勢いは、日を追うごとに熾烈を極めていた。
しかし、今、我が陣を脅かしているのは降り積もる白雪だけではない。
街の女性たちや騎士たちの間で猛威を振るう「冬将軍の毒気」……すなわち、悪性の風邪にございます。
「ガラシャ様ぁ……。パン屋さんの職人さんも、大聖堂のシスターたちも、みんな熱でダウンしちゃってるみたいです……。マジでパンデミックっす……」
こたつから鼻だけを出して、ジジが弱々しく報告を上げる。
「……案じられませぬ。疫病は戦場において、数多の伏兵よりも恐ろしき敵。ここが踏ん張りどころにございます。我ら兵(仲間)の士気と体力を、強制的に再建せねばなりませぬ」
私は羽織を脱ぎ捨て、たすき掛けで腕を捲り上げた。
異世界に転生して以来、私は料理という名の「兵站術」を地道に磨いてきた。
今や、何でも鍋で煮込んで泥のような味にするだけの姫君ではありませぬ。
色彩豊かで、旬の滋味を活かした料理も習得しております。
「本日は、我が知識と技術のすべてを注ぎ込んだ『特製・薬膳鍋』を以て、冬将軍を迎え撃ちます!」
* * *
作業場の台所にて、私は巨大な鍋をかまどに据えた。
材料は、清流で獲れた脂の乗った川魚、森で採取した滋養強壮に効く「黄金の根」、そしてジジが魔法で温度管理してくれた極上の冬野菜。
「……ふむ。彩りも香りも、かつてないほどに見事でございますね。これだけでも十分な戦果が見込めましょう。……ですが」
私の脳裏に、かつて戦場を駆け巡っていた父・光秀の言葉が響く。
『玉よ、守りを固めるに「やりすぎ」ということはない。万全の上に万全を期してこそ、不落の城となるのだ』
「……左様、父上。ここは私の『祈り(恩寵)』を最大出力で注ぎ込み、一撃で病魔を殲滅するポーションへと昇華させねば」
私は胸元のロザリオを握りしめ、かつて本能寺の変の際に捧げたよりも深い集中で、ラテン語の祈りを紡いだ。
その瞬間、鍋の中から「ピカーーーッ!!」という、居間のこたつまで照らし出すほどの激しい閃光が溢れ出した。
「ひゃあぁっ!? お目々が、お目々がぁっ!」
ジジの悲鳴が聞こえるが、私は気にせず最後の一押しとして、秘蔵の薬草をドサリと投入した。
* * *
「……おい、ガラシャ。薪を届けに来たんだが……なんだ、この玄関から漏れている光は」
猛吹雪の中、霜で真っ白になった鎧を鳴らして、アーサー殿がやってきた。
「おお、アーサー殿。良き折に。……さあ、そこの『強制回復陣(食卓)』へ。冬将軍に蝕まれた貴方の体を、我が術で再構築いたします」
私は、妖しく暗緑色に発光しつつ、極上の出汁の香りを放つスープを椀に盛り、彼に差し出した。
「……これ、食い物か? それとも何かの魔道具か?」
「マジで神の恵みにございます。召し上がれ☆」
私がにっこりと(習得したての言葉を交えて)微笑むと、アーサー殿は覚悟を決めたようにスープを一口啜った。
「…………ッ!!?」
刹那、アーサー殿の全身が、ポーションを浴びた時のように眩しく発光した。
「な、なんだ!? 腹の底から、火山が噴火したような熱い力が……っ! 鼻詰まりも倦怠感も、一瞬で消え去ったぞ! だが……熱い! 体が燃えるように熱いぞ、ガラシャッ!!」
「あ、アーサー様!? お顔が真っ赤っす!」
ジジが驚き、クレアも「ガラシャちゃん、また変なもん入れたでしょ!」と叫ぶ。
「……ぐ、おおおおおっ!!」
耐えきれなくなったアーサー殿は、あろうことか皆の前で、重厚な銀の鎧をガシャンガシャンと脱ぎ捨て、その下の衣服までも引きちぎった。
露わになったのは、聖騎士として日々鍛え上げられた、鋼のような胸筋と腹筋。その上裸の体からは、サウナのように猛烈な湯気が立ち上っている。
「ぬ、温い! 雪が足りんッ!!」
「ひゃああああっ!? アーサー様のハダカァァ!!」
ジジとクレアが顔を真っ赤にして目を覆うが、アーサー殿はそのまま「うおおおっ!」と絶叫しながら、吹雪の吹き荒れる庭へと飛び出し、雪の中にダイブした。
「……ふむ。強制的な代謝の活性化。冬将軍を力技で押し返す、見事な反攻作戦にございますね」
私は優雅に扇を仰ぎ、シロと一緒に「いい食べっぷりでしたね」と頷き合った。
* * *
「……もう、心臓に悪いわよ。アーサー様、雪の中で冷やされてるけど大丈夫かな……」
クレアがぐったりとしながら、こたつに座り直した。
「ごめんなさいね、クレア。お口直しに、落ち着くハーブティーを淹れましょう。……ジジ、あちらの棚にある『魅惑の赤き葉』の瓶を取ってください」
「はいっ、了解っす!」
ジジが慌てて持ってきた葉を、私は丁寧に抽出してお茶を淹れた。
「さあ、これを飲んで、昂ぶった神経を鎮めなさい」
クレアは「ありがと……」と、その赤いお茶をゆっくりと飲み干した。
しかし、私は気づいていなかった。
ジジが持ってきたその葉は、私が昨日「媚薬(情熱を呼び覚ます薬)」の成分として研究用に仕分け、間違えて「温まる茶(火の葉)」の瓶の隣に置いていたものだったことに。
「……あれ? なんだか……。ガラシャちゃんが、いつも以上に……すごく可愛く見える……」
クレアの瞳が、トロンと潤みを帯び始めた。
「クレア? どうしたのですか?」
私が顔を覗き込むと、クレアは突然、私の隣にピタリと密着してきた。
「ねえ……ガラシャちゃん。いつも思うけど、肌がすっごく綺麗だよね。……ちょっと触ってもいい?」
「は、はい? 何を……っ!?」
クレアの細い指先が、私の頬から首筋へと、熱を帯びた動きで滑っていく。
普段の彼女からは想像もできない、積極的で色っぽい手つき。
「あは……いい匂い。ねえ、今日は帰さないよ……? ずっと、こうしてようよ……」
クレアは私の腰に腕を回し、私の胸元に顔を埋めて、すりすりと甘えるように体を押し付けてきた。
「えっ、あ、ちょ、クレア!? これはいかなる!? 距離が近すぎます!!」
「マジかわいい……。ガラシャちゃんの心臓の音、すっごく速いよ……? 照れてるの……?」
「て、照れてなど……! ジジ! 助けなさい! このクレアを鎮圧するのです!」
「ひええぇっ、クレアさんまで妖怪になっちゃったぁ! マジ無理っす、私には止められませーん!!」
ジジはこたつの端でガタガタと震えているだけで、全く役に立たない。
「あはは……。ねえ、もっとこっち見てよ……」
積極的な親友の攻勢(色仕掛け)に、私の顔も、真っ赤になる。
「う、ううう……主よ……これはいかなる試練でしょうか……っ」
庭では上裸の聖騎士が雪を蹴散らして走り回り、室内では色気全開の侍女(親友)に姫君が押し倒されかける。
冬の修道院跡地は、冬将軍を撃退した代償として、あらゆる意味で「熱すぎる」カオスな夜へと突入していくのであった。




