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#46

 修道院跡地を包み込む「白き軍勢(雪)」は日増しにその勢いを増し、我が陣の主力防衛兵器『KOTATSU』は、もはや一日たりとも電源(恩寵の熱石)を落とせぬ事態となっていた。


 本日の午後も、作業場の居間では私とジジ、そして遊びに来たクレアがこたつに下半身を埋め、盤石の陣形を組んでお茶を啜っていた。

 足元ではシロが大きな毛玉となって丸まっている。


「はあぁ……極楽だねぇ。外はあんなに寒いのに、ここに入ると全部どうでもよくな

 っちゃう……」


 クレアがみかんを頬張りながら、とろけた顔で呟く。


「いけませんよ、クレア。防衛拠点に身を置きつつも、常に外の戦況には目を光らせねば。……ところで、先日ジジが加わったことで我が薬師堂の生産力は向上いたしましたが、これ以上のむやみな陣容拡大(店舗の大型化)は、私の望む『静かな暮らし』から遠ざかってしまいます」


 私は湯呑みを両手で包み込みながら、静かに扇の代わりのみかんを置いた。


「そこで、です。手作りの温かみを保ちつつ、商いをより豊かに広げるための策を思案しておりました」


「えっ、ガラシャちゃん、何か新しいこと始めるの?」


 クレアが興味深そうに身を乗り出す。


「ええ。単独で領地を広げるのではなく、強固な同盟を結ぶのです。……クレア、そなたのパン屋と我が薬師堂で、互いの特産品を組み合わせた『冬の陣中見舞い(コラボ商品)』を展開いたしませんか?」


「ころ……こらぼ?」


 ジジがこたつから顔を半分だけ出して首を傾げる。


「『軍事同盟』や『共同作戦』を意味する戦術用語です。……クレア、この街の冬ならではの、民草が喜ぶ名物などはありませぬか?」


 私が尋ねると、クレアは「うーん」と少し考えてから、ぱぁっと顔を輝かせた。


「あるよ! この国ではね、冬のすっごく寒い日に『シュトーレン』っていう、ドライフルーツやナッツがいっぱい入った、長持ちする甘いパンを少しずつ切って食べる習慣があるの。あと、スパイスや果物を入れた温かい『ホットワイン』も人気かな」


(……長持ちする甘いパン。それはまさに、極上の『兵糧丸』に他なりませぬね)


 私は内心で深く頷いた。


「素晴らしい。ならば、我が陣からは、冬の寒さから身体を守る『生姜と薬草の特製温茶(ホットワイン風の薬膳茶)』と、乾燥を防ぐ『保湿クリーム』を提供いたしましょう。そちらの『シュトーレン』と詰め合わせて、ひとつの美しい箱に納めるのです」


「わあ、それすっごくいい! 美味しいパンと温かいお茶、それにガラシャちゃんの神コスメのセット! 絶対に女の子たちが喜ぶよ!」


 クレアが拍手をして喜ぶ。


「ええ。これぞ、細川陣営とクレア陣営による、鉄壁の軍事同盟の成立にございます。……ジジ、議事録メモを」


「は、はいっ!」


 ジジがこたつから這い出しそうになり、あまりの寒さに「ひゃうっ」と引っ込んで、こたつ板の上で必死に羽根ペンを走らせ始めた。


 * * *


 同盟が結ばれたその日から、私たちはこたつという名の本陣で、コラボ商品の詳細な『軍議(パッケージ開発)』をだらだらと……いえ、極めて真剣に進めていった。


「中身はこれで完璧として、問題は『売り文句キャッチコピー』ですね。民の心を一瞬で掌握する、鋭い言霊が必要です」


 私は腕を組み、深く目を閉じた。


「たとえば……『これぞ最強の陣中見舞い! 究極の兵糧パン傷薬クリームのセット! これさえあれば、戦場(職場)で凍えて倒れても即座に前線復帰できますね☆ 不沈艦っす!』……というのはいかがでしょう?」


 私がドヤ顔で提案すると、クレアが持っていたみかんを力強く机に叩きつけた。


「却下!! ガラシャちゃん、なんでいっつもそんなに物騒なの!? 戦場で倒れる前提の商品なんて、誰も買いたくないよ!」


「おや、そうでしょうか。命のやり取りにおいて、復帰の早さは……」


「ダメ! もっと可愛く! 『冬の寒さもへっちゃら♪ 心も体もぽかぽかセット』とか、そういう平和なのでいいの!」


「……なるほど。いささか覇気には欠けますが、民草の安らぎを重んじるならば、それも一理ありますね」


 私はクレアの修正案を渋々受け入れた。

 私の完璧なギャル語と日ノ本のハイブリッド・キャッチコピーが採用されなかったのは残念だが、同盟国の意見を尊重するのも大名の度量というものである。


 ジジは横で「まじ、ふちんかん……前線復帰……」と、私のボツ案の方をなぜか一生懸命に羊皮紙に書き留めていた。


(ジジ、そちらは覚えなくてよろしいですよ)


 * * *


 数日後。

 修道院跡地の『グラティア薬師堂』と、大通りにあるクレアのパン屋の店頭に、可愛らしい木箱に入った『冬のぽかぽか陣中見舞いセット』が並べられた。


 クレアの家で丁寧に焼き上げられた、雪化粧のように粉砂糖がまぶされたシュトーレン。


 私が厳選した薬草と果実をブレンドした、血行を促進する特製温茶の茶葉。

 そして、冬の乾燥から肌(城壁)を守る、小さな保湿クリーム。

 木箱には、クレアのパン屋の麦の紋章と、我が家の桔梗の紋章が、仲良くリボンで結ばれている。


「いらっしゃいませー! ガラシャ様とクレアさんの、特製こらぼ商品です! マジで心も体もぽかぽかっすよー!」


 ジジが店頭で、私の教えた異世界語を駆使して元気よく声を張り上げている。


「あら、素敵なセットね。パン屋さんと薬屋さんの組み合わせなんて珍しいわ」

「このお茶、すごくいい香り。おばあちゃんへの贈り物に一ついただけるかしら」


 街の奥様方や、仕事帰りの冒険者たちが、次々と木箱を手に取っていく。

 大規模な店舗を構えたわけではない。派手な宣伝をしたわけでもない。


 ただ、互いの手作りの温かみと、冬を健やかに過ごしてほしいという『祈り』を込めた品が、人から人へと静かに伝わっていく。


「ふふっ。見事な連携コンビネーションにございましたね、クレア」


 私が様子を見に来たクレアに微笑みかけると、彼女も嬉しそうに頷いた。


「うん! 一緒に考えて作ったものが、こんなに喜んでもらえるなんて、本当に嬉しいね」


 戦国時代、同盟とは常に裏切りの恐怖と背中合わせであり、政略結婚や人質という冷たい鎖で繋がれたものであった。


 しかし、この異世界で結ばれた同盟は違う。

 互いを信頼し、共に豊かな暮らしを築くための、純粋で温かな絆。


「……ガラシャ様ぁ、今日の分の陣中見舞いセット、見事に完売(陣払い)しましたー!」


 ジジが鼻の頭を少し赤くしながら、誇らしげに報告に走ってくる。


「大儀でした、ジジ。クレアも、良き戦果にございましたね。さあ、本陣こたつへ撤退いたしましょう。本日はシュトーレンの切れ端で、勝利の茶会です」


「わぁい! 早くおこたに入ろー!」


 雪の舞う聖都の夕暮れ。

『グラティア薬師堂』の商いは、スローライフの穏やかな根底を崩すことなく、確かな絆と共に豊かに広がりを見せていた。


 冷たい冬将軍の猛攻も、今の私たちにとっては、こたつで分け合う甘いパンの美味しさを引き立てる、良きスパイスでしかないのかもしれない。

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